モルトウイスキーが台頭するアメリカで、個性的な香味を生み出すモルトスターたち。製麦の最前線を追う2回シリーズ。

文:アンドリュー・フォークナー

 

大麦に水分を含ませて発芽させ、加熱によって大麦モルト(発芽大麦)という状態に固定する工程を製麦という。製麦業者のことを英語で「モルトスター」(maltster)と呼ぶが、この言葉を使うのは主にビール業界やウイスキー業界で働く人たちだ。英語でタイプするとオートコレクト機能が作動して「モンスター」(monster)に変換されるほど一般には通用していない。

そしてウイスキー業界の中でも、製麦業者が話題になることは多くなかった。あくまで蒸溜所の設備や樽熟成の方が重要で、製麦業者は縁の下の力持ちという認識である。だがウイスキーメーカー各社が香味要素として原料の大麦モルトの違いにこだわり始めると、製麦業者にもスポットライトが当たるようになってきた。

ウイスキーの特性を左右する存在として、相応の注目を浴びているのが比較的小規模な「クラフトモルトスター」と呼ばれる製麦業者だ。このムーブメントが、ずっとコーン原料のウイスキーが主流だった米国で起こっている現象も面白い。

ノースカロライナ州アッシュビルにあるリバーベンド・モルトハウスは、米国のクラフトモルトスターを代表する存在だ。共同設立者のブレント・マニング社長は、クラフトモルトスター組合という同業者団体の前会長でもある。

リバーベンド・モルトハウスの共同創業者で、同業組合の会長も務めたブレント・マニング。コッパーフォックス蒸溜所のリック・ワズマンドに押しかけて、フロアモルティングなどの技法を基礎から学んだ。メイン写真は、バージニア州でフロアモルティングを実践するコッパーフォックス蒸溜所。

「モルトづくりの素晴らしいところは、芸術と科学のダンスがあること。良い情報を発信し、人々の安全を守り、科学をベースにした健全な議論の流れを作りたいという願望から、同業者組合を創設しました」

マニングはそう語る。つい20年ほど前の2000年代初頭には、米国でも小規模な製麦業者は数えるほどだった。だが徐々に新しい製麦業者が各地に誕生し始め、技術面などでさまざまな情報を必要とするようになった。

ブレント・マニングとビジネスパートナーのブライアン・シンプソンが2011年にリバーベンド・モルトハウスをオープンした時も、同じように製麦のノウハウに関する情報に飢えていたのだという。

製麦の技術を学ぶため、マニングとシンプソンは先人にいきなり電話をかけた。その相手は、バージニア州にあるコッパーフォックス蒸溜所だ。創業者のリック・ワズマンドは、2005年から自分でつくるモルトウイスキー用に大麦のフロアモルティングを実践していた。マニングは当時を振り返る。

「映画の『ベスト・キッド』で空手の手ほどきを受けたダニエル少年みたいな気分でしたよ。いきなり訪ねて『どうしても製麦を学びたいんです。格好いいフロアモルティングモルトを教えてください』と訴えました」

そんなマニングたちが、まず命じられたのは庭の薪割りだった。いきなり斧を手渡されたのだという。

広葉樹の堅木を薪にして、薪ストーブの燃料にする。コッパーフォックスでは、この煙によって製麦を完了させる。翌日、2人は床に発芽した大麦を敷き詰めて、窯に薪をくべた。スコットランドでも珍しいフロアモルティングだ。

夜になると酒が振る舞われ、ワズマンドがウイスキーづくりについていろいろ教えてくれたのだとマニングが言う。

「ひと通り学んでコッパーフォックスを発つ日、師匠は僕らの肩を叩いて言ってくれました。『君たちなら、きっと上手くできるよ』って」

それでも黎明期には、暗中模索の日々が続いたのだとマニングは回想する。

「自分たちが何をやろうとしているのか、まったくわからないまま働いていました。具体的な計画をすり合わせるのに1年ほどかかったでしょうか。今では17人がリバーベンドで働いています。毎日65,000平方フィートの製麦室に入るとワクワクします。ここで年間500万ポンド(230万キロ)の大麦モルトを生産しているんだという実感。無計画な出発でしたが、それなりの形にはなりました」
 

同業者組合でノウハウを共有

 
マニングが設立にも関わったクラフトモルトスター組合は、年間を通じてセミナーやワークショップを開催している。目的は製麦の技術、科学、ビジネスについて情報を共有すること。現在の会員数は、米国28州および世界15カ国の約500社にも及ぶ。

今年の2月には、カリフォルニア大学デービス校で「モルトコン2024」というイベントが開催された。イベントには11カ国から150人以上が参加。ほぼ全員が、下はジーンズにスニーカー、上はパーカーかチェック柄のシャツを着てトラッカーキャップをかぶっていた。学術シンポジウムというよりは、ブルーグラスのフェスティバルのような雰囲気だったという。

だがフェスティバルの主役はバンジョーではなく、製麦にまつわる実践的な知識だ。特に注目を集めたのは化学分析のグラフ。特定の農場で、特定の土壌で、特定の気候帯で栽培した特定品種の穀物が、それぞれ異なる時間の長さで水に浸漬し、特定の強度で焙煎したらどうなるのか。そんな実験の結果が次々に発表された。

このような情報共有は参加者すべての役に立ち、ノウハウを独占しようというエゴは感じられない。米国コロラド州デンバーにあるレオポルド・ブラザーズで、製麦部長を務めるダニー・ベクトルドは次のように語ってくれた。

コロラド州デンバーのレオポルド・ブラザーズで、製麦部長を務めるダニー・ベクトルド。もともとビール造りが盛んなコロラド州は、アメリカンモルトウイスキーの重要な生産地になりつつある。

「製麦業者のコミュニティは本当に素晴らしく、とても親切で寛大です。秘密を隠したりしないで、いつでも誰かが助けてくれるし、結束の固い仲間意識があります。こういう業界で仕事ができるのは嬉しいですね」

モルトコンのイベントが終了すると、マニングは米国クラフトスピリッツ会議が開催されるコロラド州デンバーに向かった。この会議ではダニー・ベクトルドとトッド・レオポルドが登壇し、レオポルドがつくっているバーボン用にトウモロコシを発芽させようという最新の実験について発表した。

この2人のモルトスターたちは、それぞれトウモロコシを使った技術に磨きをかけている。そのアプローチは、ある面で完全に真逆でもあると発言していた。ベクトルドは、マニングにレオポルド・ブラザーズの製麦作業を個人的に案内したそうだ。

穀物の選択、浸麦の時間と温度、水素イオン濃度(pH)、発芽時間、窯入れ時間など、製麦工程には複雑な変数がある。製麦業者が風味に影響を与える方法もさまざまだ。なかでも、ウイスキーの味に最も顕著な影響をもたらすのは火入れ(ロースト)であろう。

「製麦の目的は、穀物の構造を変えること」と定義しているのは、モンタナ州立大学の大麦麦芽および醸造品質研究所で所長を務めるハンナ・ターナー・ウルマンだ。

火入れによって、モルトの風味は増す。その一方で多くの酵素を分解し、デンプンの変換を妨げる可能性がある。特殊な麦芽(スペシャルティモルト)は、ほんの少量だけでも風味に顕著な影響を与える。

組合のクラフトモルトスター認定プログラムによると、製麦品目の10%以上をスペシャルティモルトが占める生産者だけがクラフト認定される。わずか10%で資格があるのだから、スペシャルティモルトはそれだけ風味に強く寄与できるのである。

シングルモルトの原料は大麦モルトだが、その内訳の3分の2以上は一般的にベースモルトと呼ばれるものだ。ベースモルトは糖に変換されるデンプンを含みながら、同時にデンプンを糖に変換する酵素も供給する。このベースモルトはアルコール発酵を司る酵母の餌となるが、スペシャルティモルトと異なる風味をもたらしたりはしない。ブレント・マニングはこの原料の差配について説明する。

「私たちには目標があります。それは一定の改善によって、一定レベルの酵素を得ること。製麦業者としては、この微調整を通してさまざまな風味プロファイルを開発します。軽やかなビスケット香をはじめ、深みのある黒っぽい果皮のフルーツ、キャラメルやコーヒーなどの風味を生み出せます。これらの風味は、アメリカンシングルモルトをはじめとするすべてのウイスキーに貢献できるものです」
(つづく)