ビール業界が築いた製麦の伝統をアップデートし、新しい方法で香味を開拓する。モルトウイスキーの歴史は、アメリカで塗り替えられている。

文:アンドリュー・フォークナー

 

クラフトモルトスター組合の理事会メンバーでもあるジェイソン・パーカーは、シアトルのコッパーワークス・ディスティリング社の共同設立者だ。パーカーいわく、火入れ時間の違いがウイスキーの風味に現れるという。

「今リリースしている『49』と『50』は、どちらもまったく同じ品種の大麦を使用しています。ペールモルトとして火入れしたものと、ウィーンモルトとして火入れしたものでウイスキーをつくってみました。その結果、少し火入れするだけで、風味が豊かになることがわかったのです。これこそが、真のテロワールではないでしょうか」

トッド・レオポルドと弟のスコット・レオポルドは、2人でミシガン州に小さなビール醸造所とウイスキー蒸溜所を設立した。その頃は、まだカスタム製麦など存在していなかったとレオポルドは言う。

「あの1995年当時に、ウェイヤーマン(バルクのビールを醸造する大手メーカー)みたいな会社に電話で希望の麦芽タイプを伝えたりしたら、ほとんど笑い草になるほど酔狂な行動に見えたでしょう。麦芽のカスタマイズなんて、当時はまったく考えられませんでしたから」

ジェイソン・コーディは、大麦農家出身の製麦家。クアーズ向けの麦芽栽培が行き詰まり、クラフトビールのブームに乗ってクラフトモルティングを始めた。同業者組合の設立メンバーでもある。

レオポルド・ブラザーズ社は、やがて蒸溜所をコロラド州デンバーに移転して製麦所を建設した。デンバーでは良質な麦芽用大麦が手に入るので、それが移転先の決め手にもなったのだという。

コロラド州では、クラフト麦芽、クラフトスピリッツ、そしてアメリカンシングルモルトウイスキーの新しい流れが来ている。ブームが起こった原因のひとつには、デンバーのすぐ西に位置するゴールデンの町にクアーズのビール工場があるからだとレオポルドは言う。

「クアーズがなかったら、デンバーに移転していなかったでしょう。クアーズは1800年から製麦を手がけていて、大麦の品種改良にも取り組んできました。窒素の含有量を調整して、水をあまり使わなくて済むような改良に成功したんです。可能な限り最高品質の大麦から始めれば、お酒づくりはとても楽になります。あとは農家の努力を台無しにしないように注意すればいいのです」

そしてこの同じクアーズが、まったく別の理由でコロラド・モルティング・カンパニー設立の決定要因にもなった。

ジェイソン・コーディは、一族で大麦を栽培する農家だ。ジェイソンの曽祖父が1930年代に開拓した農場で、家族はクアーズ向けの麦芽用大麦を栽培してきた。だがクアーズとの契約が途絶えたことで、一家は何世代にもわたって育ってきた農場の売却を迫られていた。

売却の準備が整い、買い取りの申し出があって、売渡証が手元に届く。だがその時になって、ジェイソンの祖母は契約書への署名を拒否したのだという。

そしてコーディ家は、麦芽製造を始めようと考え始める。すでに大麦の栽培方法は熟知している。その付加価値を上げられるかもしれない事業が製麦だからだ。そして地元のビール醸造所各社に、ハガキで簡単な質問を送った。「地元に麦芽の供給元があるとしたら、購入を検討しますか?」という問いかけに、返事が続々と返ってきた。その内容を見て、家族みんなが驚いたとジェイソンは振り返る。

「ハガキを送ったビール醸造所のほとんどが『イエス』と答えてくれたんです。製麦に乗り出すべきだと思いました。当時はコロラド州でクラフトビールのムーブメントが高まりつつありました。そんな噂にも乗って、自分たちの強みを生かし、楽しみながら大麦に付加価値をつけていくチャンスだと本気で思ったのです」

ジェイソンの祖母であるフィリス・コーディは、貯蓄のすべてと1年分の収穫で最後の賭けに出た。コロラド・モルティング・カンパニーは500ガロン(1,893リットル)の酪農用タンクを穀物用の急勾配タンクに改造し、2008年から本格的に製麦を開始。事業は波に乗って、すぐに新しい追加のタンクが必要になった。
 

小規模だからこその実験環境

 
クラフトモルトスター組合の創設メンバーでもあるジェイソン・コーディは、業界イベントの「モルトコン2024」にも登壇した。その翌週にはACSAディスティラーズ・カンファレンス&トレードショーに参加し、コロラド・モルティング・カンパニーのブースで来場者の相手をしていた。

胸板の分厚いジェイソンは、気さくな農夫そのものといった人物だ。イベント会場でサンプルを配り、たくさんの人と握手をしてアメリカのシングルモルトコミュニティで友人を増やしている。クラフトモルトスターと大手製麦業者の違いについて、ジェイソンはこんなことを語ってくれた。

モンタナ州立大学で、ビールやウイスキーの原料となる大麦モルトについて研究するハンナ・ターナー・ウルマン。原料の香味に対する影響を精細に解き明かしている。

「クラフトモルトスターの方が、大手よりもずっと研究開発をする機会が多いと思います。さまざまな新しいアイデアで、新しい風味を生み出せます。一度に200トンもの大麦を製麦するわけではないし、小規模の実験的な製麦ができる柔軟性があるんです」

ジェイソン・パーカーいわく、大手製麦業者は小規模な農場と取引する物流体制を整えていない。大手業者の工場は、大農場から調達した巨大なバッチを扱うような体制に固定されているのだ。小規模な農家が育てた穀物は、大規模な製麦設備に見合った量を十分に供給できない。結局は異なる系統、農園、収穫年を混ぜ合わせた大きなバッチとして扱われることになるのである。

大麦に関する主要な大学研究では、さまざまな科学的事実も明らかになっている。土壌条件、農場の気候、穀物品種などの変数が、風味にどのような影響を与えるのかもわかってきた。地面の下で起こっていることは、地面の上で見えるものと同じくらいに影響力がある。モンタナ州立大学の大麦麦芽および醸造品質研究所で所長を務めるハンナ・ターナー・ウルマンは説明する。

「ワイン業界はテロワールを重視して、ブドウの品種や生育環境にこだわります。それに比べて、大麦はテロワールの探求が進んでいない状況もあります。だからこそ、私たちはテロワールをより深く理解したいと思っています。大麦にテロワールが重要なのかという質問には、自信を持ってイエスだと答えられるようになりました」

ジェイソン・パーカーによれば、クラフトモルトスターはテロワールの価値をしっかりと表現することで小規模農場を復活させている。

「ビールは新鮮さが要です。地元産のビールで、知り合いが造っているということが価値になります。ウイスキーはさらに地元密着の考え方が浸透しつつあります。農場ごとの原料の個性を生かし、やはり知り合いが手づくりしたウイスキーという価値が認められつつあるのです」