スコットランドの農家が始めた新しい製麦【前半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
ウイスキーブームの広がりによって、消費者はウイスキー製造のさまざまな側面について知識を深めてきた。原料である大麦の生産地や採水地が注目され、樽の木材や来歴にも関心が集まるようになった。その流れで、必然的に大麦モルトのプロフィールもウイスキーの香味要素としてしばしば話題に上っている。
スコッチウイスキーの蒸溜所では、ベアード社、クリスプ社、シンプソンズ・モルト社などの大手製麦業者から大麦モルトを仕入れるのが一般的だ。このような大手製麦業者は大規模な設備が整っていて、安定した供給が保証される。
その一方で、ウイスキー蒸溜所がフロアモルティングなどの製麦設備によって自力で大麦モルトを作っているケースもある。必要量のすべてではなくても、かなりの割合を自社内で製麦する蒸溜所も少なくない。
この2つの選択肢のちょうど間に、クラフト製麦業社というニッチな道がある。舞台となるのは、ウイスキーの王国とも呼ばれるファイフの中心部、オークタームマクティ近郊の農場だ。
クラフティ・モルトスターズ社を経営するダン・ミルンとアリソン・ミルン夫妻は、2人とも6代続く農家の出身だ。 アリソンはスターリング近郊で生まれ、ダンは1934年から家族で農場を経営している。 ダンの父親のノーマンも農業経営で重要な役割を果たしてきた。
デンパーストンとデュラメインズの農場で、ミルン夫妻は750エーカー(303ヘクタール)の土地を耕作し、肉牛を飼育している。 ダンはずっと農業に携わってきたが、アリソンは大学でビジネスと心理学を学び、スコットランド全国農業者組合に就職した。商務および運営部門のディレクターとして10年間働いた後に退職した。そんなアリソンが、製麦を始めたきっかけについて説明してくれた。
「ダンと私は、農場経営に付加価値をつける方法を模索していました。 さまざまな選択肢を検討した結果、製麦が浮上したんです。自分たちで栽培している大麦が、モルトにして販売できる品質であることは知っていたので、ウイスキーの原料に使用できる余地があると思いました」
しかし小規模な製麦業社が国内で成功した前例もないし、そんな新しい事業が成功できる保証もない。どんな結果になるのかは、まるでわからなかったとアリソンは言う。
「農場を運営しながら製麦も手がけるスタイルに、潜在的なニーズがたくさんあると気づきました。子供たちの将来も考えて、収益性の高い持続可能な農業ビジネスを立ち上げたいという希望もありました。当時の英国には、ビールメーカーやスピリッツメーカーに農場ベースの製麦所が大麦モルトを供給しているケースはありません。でもアメリカではクラフト製麦が盛んになっていたので、私たちにもできるのではないかと考えて始めたんです」
知識も資金もない状態から新規事業をスタート
製麦に必要な設備を整えるため、ミルン夫妻はエディンバラのヘリオットワット大学国際醸造蒸溜センターとも連携した。
「このプロジェクトを成功させるためには、多額の投資が必要だとわかりました」
アリソンがそう振り返るように、必要な製麦用の設備一式を導入するには75万ポンド(約1億4千万円)もかかるという見積もりが出た。投資をためらって、プロジェクト自体が18か月も足踏みをすることになる。だがこの流れで、手頃な価格で製麦機を販売しているイタリアのザニン社に白羽の矢が立った。アリソンが、設備導入の経緯を説明する。
「私たちは、バッチあたり4トンの設備を選びました。これを10トンにすることもできたのですが、財政的なリスクを取りたくありませんでした。その時点で顧客になりそうなメーカーからの引き合いはあったのですが、売上はまだ保証されていません。でもスコットランド政府からの資金援助はとても助かりました」
製麦に関する正式な教育や研修は受けていない。知識がほぼゼロからのスタートだったとアリソンは言う。
「ウイスキーコンサルタントのヴィック・キャメロンさんに来てもらい、設備が整ったところで3週間一緒に働いてもらいました。 夫には農業の知識があったので、キャメロンさんの説明が直感的に理解できたようです。温度や湿度の管理もすぐに会得していました」
大麦に含まれるデンプン質は、糖分に変えることでアルコール発酵が可能になる。このデンプン質の糖化には、麦芽を作る工程が必要だ。まず大麦を水に浸すことで種の成長を開始させ、次いで発芽が起こる。その発芽の途中で水分を減らしながら生育を調整し、最後には窯の熱で火入れをして風味を閉じ込める。
クラフティ・モルトスターズ社では、ドラム式の製麦を採用している。アリソンは、この設備で栽培から製麦までを手がける喜びについて語る。
「すべての大麦を栽培し、乾燥させ、貯蔵します。成熟度の高い大麦を選んで使えるのは贅沢なことです。収穫を終えてから、春になるまで製麦のタイミングを待ちます。これは熟成された大麦の方が製麦で扱いやすいからです。 購入した設備には選麦と等級付けの機能も付いています。発芽から火入れがひとつの容器でできるので、浸麦以降の工程は自動化されています」
(つづく)