進化するワイン樽熟成【第1回/全3回】
文:クリストファー・コーツ
世界的な感染症の拡大によって、外国旅行は停滞を余儀なくされた。でもこうなる直前に、運良く空港の免税店でウイスキーコーナーに立ち寄れた人なら、きっとグレンフィディックが大々的に売り出していた特別ボトルに気づいたことだろう。ワイン生産地の最高位「グランクリュ」を名乗る23年熟成の高級品だ。
熟成の一部を「フレンチ・キュベー・カスク」なるワイン樽に委ねたことから、このウイスキーは「グランクリュ」を名乗っている。これをきっかけに、グレンフィディックは新しい「グラン」コレクションを創始。ラム樽で熟成した 「グランレゼルバ 21年」と、やはり20年以上の熟成年数を誇る第3のウイスキー(2020年末または2021年初頭に発売予定)も加わり、格別な熟成感を謳う注目のシリーズになる予定だ。
この「グラン」シリーズは、グレンフィディックのコアレンジ(12年、15年、18年)とは一線を画したアピローチだ。さらには、グレンフィディックの「エクスペリメンタル」シリーズ(プロジェクトXX、IPAエクスペリメント、ウィンターストーム)ともまた異なる路線となる。
スコッチウイスキーのメーカーの多くが、近年になってプレミアム商品にフランスのワインやコニャックの用語を使うようになった。目ざといウイスキーファンの諸氏ならば、そんな傾向にもすでに気づいていることだろう。これはグランシャンパーニュのコニャック樽でフィニッシュした「シーバスリーガルXV」が発売された頃から顕著になり、現在も続いているトレンドだ。
このようなブランディングの狙いは、ウイスキーを「特別な日」に飲むお酒として認識してもらうことにある。今までなら、特別な日にはウイスキー以外のドリンクを飲むのが習わしだった。そのひとつが「ハイエナジー」と呼ばれたナイトクラブで楽しまれていたコニャックであり、「シーバスリーガルXV」という商品企画の背後にはこのようなニーズへの関心がある。しかし今回の「グレンフィディック グランクリュ」は、もっと広範な「お祝い」に向けた消費機会が想定されているようだ。
実際のところ、このような戦略は過去の歴史における成功例を踏襲したものである。かつてシェリーが、英国とアイルランドで屈指の人気を誇るお酒だったことと、同じ世紀にシェリー樽で熟成したスコッチウイスキーとアイリッシュウイスキーが増えたことには深い相関がある。もちろんシェリーの輸送に樽が用いられていたという物流上の事情もある。それでもなじみのあるフレーバーを、これまでになかった形でウイスキーに取り入れる戦略の有効性は語られるべきだろう。既存のコニャックファンが、スコッチウイスキーの魅力に関心を持つかどうかは今後のお楽しみだ。
意外なほど長いワイン樽熟成の歴史
目的はそれぞれ異なるにせよ、過去20年間で発売されたワイン樽フィニッシュのスコッチウイスキーは、特別エディションや1回限りのリリースだったこともあれば、新しい主力商品だったこともある。商品名にワインの産地やブドウ品種の名前を謳うことで、競合他社と一線を画する独自性が訴えるられるようなアプローチも浸透してきた。
これをマーケティング主導の流行だと冷ややかに見る向きもあるが、酒精強化ワインであれ、通常のワインであれ、スコッチウイスキーやアイリッシュウイスキーをワイン樽で熟成すること自体には長い歴史がある。バーボン樽が広く普及するようになった20世紀半ばまでは、そのようなワイン樽による熟成が主体だったからだ。だから私たちは、単にかつての伝統的な熟成法に回帰しているともいえるのである。
今日のワイン樽(ここではシェリー、ポート、マデイラなどの酒精強化ワインではない普通のワインを意味する)は、ワイナリーから直接仕入れるのが普通だが、独立系の樽工房を通して購入することもある。多くは酒精強化ではない通常のワインの熟成に使われていたもので、熟成期間はおおむね5年以内。これは5年を過ぎると、樽からワインに引き出されるタンニンやアロマが減ってくるからだ。
望ましい効果が得られない樽は不要になる。ウイスキー蒸溜所が購入する樽は、ワインメーカーの好みやスタイルによって異なってくる。ウイスキーブランドによって購入するワイン樽は異なるが、ウイスキーブランドが樽材の種類や出自まで表示するのは稀だ。フレンチオークが多いものの、アメリカンオークや、東欧産のオークである可能性もあるだろう。
オークの種別や産地について語られることは少ない反面、その樽で熟成したワインの種類やスタイルはウイスキーの特性に影響を与える要因として重視されている。例えば南仏産のソーテルヌなどのように、甘口だがさっぱりとした飲み口のデザートワインを貯蔵していた樽でフィニッシュしたウイスキー(「タリバーディン 225」や「アラン ソーテルヌカスクフィニッシュ」など)には、一般的にソーテルヌのような香味が加わることになる。つまりハチミツ、柑橘の酸味、メロン、核果などを思わせる風味だ。
このような樽には、ワインに含まれていた糖分が残っている。だから甘口のワイン樽なら、希釈された糖分も引き出される。その糖分量は、同じウイスキーをバーボン樽やドライなワイン樽で熟成したときよりも数値で検知できるほど多い。このような希釈された糖分は、もちろん最終製品であるウイスキーの風味に多大な影響を与える。
同じことはワインの糖分だけでなく酸味にもいえる。ワインに含まれる糖分や酸味の度合いに関わらず、短期間のフィニッシュではワイン自体の特性が樽からスピリッツへともたらされる。一方、数年にわたるような長めのフィニッシュ(二次熟成などと呼ばれることもある)では、ワインよりも樽材であるオークの特性がはるかに明確に表現される。
つまりウイスキーメーカーがワイン樽を使用するときには、いくつものアプローチが選択肢として存在することになる。ワインの影響が欲しいのか、オーク樽の影響が欲しいのか、その両方をバランスよく受け取りたいのか。熟成やブレンディングは、狙いを絞りながら計画される。
多様なワイン樽熟成の使途とユニークな特性は、ホワイト&マッカイ傘下にある3つのシングルモルトブランドすべてに活かされている。5種類のワイン樽で熟成した原酒のアッサンブラージュから生まれた「ダルモア カンテサンス」。赤ワイン樽フィニッシュの「ジュラ18年」と、「タムナヴーリン テンプラニーリョカスクエディション」。いずれもマスターブレンダーのリチャード・パターソンによるワイン樽熟成への偏愛を象徴したウイスキーだ。
ワイン商でもあったマーク・レイニアがディレクターを務めていた時代のブルイックラディも、このようなワイン樽熟成によって再稼働後の名声を築いていた。ワイン業界との強力なコネクションによって、アイラ異端児としての急成長を促したのは間違いないだろう。
もっと最近の話をすれば、スペイサイドのグレンマレイ蒸溜所は、親会社がフランスで所有するたくさんのワイナリーから樽を集めてスピリッツで満たし、さまざまなウイスキーの可能性を開拓してきた。カベルネソーヴィニヨン樽やシャルドネ樽でフィニッシュしたウイスキーは、すでに前途有望な成果を生み出している。
甘口のワインでも、ドライなワインでも、どんな産地のオーク材で作ったワイン樽でもいい。ワイン樽を熟成に使用するウイスキー蒸溜所は、みなワイン由来の明確な特性を得ようとしている。通常の熟成では得られな風味の追加が何よりの目的なのだ。