伝統の復活には、必要な手続きがある。スコットランド政府の遺跡保護機関と協力しながら、フェリントッシュの再興は実現に向かっている。

文:ピーター・ランスコム

 

歴史上の存在だったフェリントッシュ蒸溜所が、ここへ来て復活に向けて動き出している。蒸溜所の建設計画を主導しているのは、数々のウイスキー関連投資で知られる弁護士のジェフリー・ヘンプヒルだ。ヘンプヒルがかつて取締役を務めた飲料大手C&Cグループは、シードル「ブルマーズ」、ラガービール「テネンツ」、酒販代理店マシュー・クラーク・ブランズの親会社である。

また「フェリントッシュ」の名称使用権を所有するトワイズデン・ムーアも、ムルヒャイヒ農場の土地を所有するダルゲッティ社と共に計画に参加している。ダルゲッティ社は蒸溜所建設のための土地を貸与し、ムルヒャイヒ農場に蒸溜所を建設する計画を発表した。蒸溜所の建設が完了した後も、周辺で羊の放牧を継続するというのがダルゲッティ社側の条件である。

蒸溜所施設の建築設計は、すでにスコットランドの蒸溜所を数多く手掛けてきたオーガニック・アーキテクツが担当する。同社が設計した蒸溜所には、西海岸のアードナムルッカンとノックニーアン、アウター・ヘブリディーズ諸島のベンベキュラ、ボーダーズ地方のモファットなどがある。

オーガニック・アーキテクツは、有名な灯台建築を蒸溜室に改築したベンベキュラ蒸溜所や、アイルランドのゴールウェイで製粉工場を改築したアハスクラ蒸溜所などの印象的なデザインで広く知られている。だが今回のフェリントッシュでは、まったく異なるアイデアを採用する予定なのだという。

フェリントッシュオーガニック・アーキテクツによる蒸溜所の完成予想イメージ。オート・ハウス様式の煙突を掲げたモルトハウスが特徴的だ。メイン写真も完成予想イメージ。

その建築設計は「クラッヘン」と呼ばれる集落の概念を中心に展開される。クラッヘンとは、かつてスコットランド北部全域で一般的だった氏族中心の集落だ。

クラッヘンの伝統が解体されたのは、18〜19世紀の頃だ。当時のハイランド地方の土地所有者が、羊の放牧地を確保するために住民を強制追放したことがあった。この大規模な移住によって、伝統的なクラッへンの村社会は崩壊を余儀なくされたのである。当時の様子が今でもよくわかるクラッヘンの遺構は、インヴァレリー近くのオーキンドレインにある農村歴史博物館で展示物のひとつとして保存されている。

オーガニック・アーキテクツが設計した新しいフェリントッシュ蒸溜所は、 2 つの中庭を取り囲むように建物を集結させた配置になっている。これはかつてクラッヘンの住民たちが、家畜の囲いの近くに住んでいた集落の構造を模したものだ。

この建築群のなかには、英国特有の「オースト・ハウス」も含まれている。これは大麦を発芽させて製麦するための乾燥炉を内蔵した建物で、フロアモルティング用の空間から高い煙突が上に伸びている。スコッチウイスキーらしい蒸溜所の建築といえばチャールズ・ドイグが設計したパゴダが有名だが、オースト・ハウスはドイグのパゴダ以前に麦芽製造で広く採用されていた建築スタイルなのだ。

蒸溜棟からは、周囲の美しい景観が見渡せる。北にはクロマーティ湾の海とその先の大地が見え、南にはかつての蒸溜所の遺構がある。

そして蒸溜棟の設計には、直火式蒸溜器も組み込まれている。歴史的な大麦品種を復活させ、18世紀に愛されたスピリッツの個性を再現しようとしている証しだ。蒸溜所のコンサルタントを務め、10年以上にわたってフェリントッシュのブランド復活に取り組んできたガレス・ロバーツが説明する。

「これは単なる蒸溜所の建設ではありません。失われたウイスキーの産地を復活させるという大きな出来事なのです。ハイランド地方の強制移住で人々が追い出されたときも、フェリントッシュの蒸溜所で働いていた職人たちは貴重な人材として扱われていました。他の人たちがスコットランドから新大陸へと移り住む中で、蒸溜所の人たちはハイランドの他の蒸溜所で仕事を見つけたり、スコットランド中部へ移り住んでローランド地方の蒸溜所で働くようになったのです」
 

歴史的な景観を守るための建設計画

 
蒸溜所へアクセスするための道路については、近隣住民を交えた協議会で強い反対意見が出たためルートを調整した。北にあるフェリントッシュ教会へと続く道路は、片道通行ではないものの対向車と譲り合わなければ進めないほどに道幅が狭い。当初はこの道路を蒸溜所へのアクセスに使用する計画だったが、南から農場を横切って走るルートに変更された。

蒸溜所の建設許可申請書は、今年2月にハイランド評議会に提出された。しかしスコットランド政府の遺跡保護機関であるヒストリック・エンバイロメント・スコットランド(HES) から反対意見が出たため、申請は数週間後に取り下げられた。反対の理由はクロマーティ湾の景観を損なうというものだったが、実際に提案されている蒸溜所の建設地は丘陵の窪地にある。

ムルヒャイヒ農場には、旧蒸溜所だけでなく、埋葬地の一種である石室遺跡や、おそらくは旧蒸溜所の労働者が住んでいたと思われる古い集落もある。いずれも「指定記念物」として国家が保護する遺構だ。ウイスキーマガジンが反対意見の真意を尋ねたところ、HESは次のように回答した。

オーガニック・アーキテクツによる設計は着実に進んでいるが、乗り越えるべきハードルはある。名門復活への期待は、かつてないほどに高まっている。

「HESのチームは、2023年2月から11月にかけて開発業者と申請前の協議を重ねてきました。その結果、蒸溜所の建築が2つの指定建造物の景観に重大な影響を与える可能性を指摘しました。その指定建造物とは、先史時代の石室墓と中世後期の集落です。同じ提案が提出された場合は、反対する可能性が高いと当時から伝えていました。しかし実際に提出された提案は原案から大きな変更がなかったため、2025年2月にあらためて反対を表明したものです。開発者が提案の修正を進めたい場合は、懸念事項についてさらに協議すべく私たちとの会合を提案しています」

ガレス・ロバーツとオーガニック・アーキテクツは、これまでも細かな調整が必要な他のプロジェクトでHESに協力してきた。ファイフのリンドーズアビー蒸溜所や、ケイスネスにあるキャッスルタウン製粉所の遺跡なども似た事例だ。

キャッスルタウン製粉所をスタナーギル・ウイスキーの本拠地に改装したプロジェクトは、マーティン・マレーとクレア・マレーの夫妻が主導した。マレー夫妻は、ダネット・ベイ・ディスティラーズのジン「ロックローズ」とウォッカ「ホーリーグラス」を生み出したことでも知られている。

ムルヒャイヒ農場で羊を飼育するモリス・ダルゲティの代理人は、HESとの協議を踏まえて1年以内に建築許可申請書を再提出する予定だ。

ムルヒャイヒ農場で進められれいるプロジェクトによって、フェリントッシュの名前と地域全体の物語は復活できるのだろうか。新しい蒸溜所が建設できれば、この地域の周辺に点在する素晴らしい蒸溜所たちとも連帯できるようになるだろう。

スコットランドで初めて地域住民たちの共同経営でウイスキーをつくるグレンウィヴィス蒸溜所は、クロマーティ湾を越えたディングウォールにある。またディアジオのグレンオード蒸溜所は南西に車で 20 分だ。ほぼ同じ距離を北東に向かえばダルモア蒸溜所があり、その道はバルブレア蒸溜所とグレンモーレンジィ蒸溜所にも続いている。

ムルヒャイヒ農場のモリス・ダルゲティは、数年前に最後の牛を売却して畜産業から手を引いた。まだこの地でで大麦を栽培したことはないが、ここで栽培される農作物の品質には自信を持っている。新しい蒸溜所のために、喜んで再び大麦の種を蒔こうと決めているようだ。

「開業の式典の日には、蒸溜所の周りで大麦の穂がそよ風に揺れているでしょう。そんな光景を今からありありと思い浮かべていますよ」