グレンドロナックとシェリー樽熟成の真髄
文:WMJ
シングルモルトウイスキーの真価は、複雑でバランスの取れた香味によって決まる。特にリッチで芳醇な香味をもたらすシェリー樽熟成は、古くからスコッチウイスキーづくりの伝統だった。だがそんな伝統に転機が訪れたのは1986年のこと。スペインの欧州共同体加盟にともなって、シェリーを樽に入れたまま輸出できなくなった。
慌てたのは、英国内でシェリー樽を調達していたスコッチウイスキー業界だ。多くの蒸溜所が高価なシェリー樽の入手を諦め、米国産のバーボン樽が熟成樽の主流になっていく。だがそんな時代の流れに抗い、あくまで高価なシェリー樽での熟成にこだわってきた蒸溜所がグレンドロナックだ。スペインに足繁く通ってシェリー生産者との関係を強化し、スピリッツと樽熟成をめぐる香味の研究を前進させた。
ほぼ同時期の1990年代から、シェリー樽熟成の科学を研究してきたのがレイチェル・バリー博士だ。エディンバラ大学で化学を修め、博士号を取得後にスコッチウイスキー研究所でキャリアをスタート。ブレンダーとなってからは、科学者らしい実験精神と緻密な考証でウイスキーの香味に革新をもたらした。現在はスコッチウイスキーを代表するマスターブレンダーの一人である。
ハイランドのシングルモルトを代表するグレンドロナック蒸溜所は、1826年にジェームズ・アラダイスが創業した。最高品質のシェリー樽熟成で知られ、芳醇でフルーティな甘味に定評がある。長い歴史を経て2016年にブラウンフォーマン傘下となり、2017年にはレイチェル・バリー博士をマスターブレンダーに迎えた。スコッチ界屈指の香味研究家が、伝統のシェリー樽熟成とどのように向かうのか。運命的な邂逅に、ウイスキーファンの注目が集まった。
近年のグレンドロナックは、高級路線をさらに推し進めている。他分野のラグジュアリーブランドと提携し、2021年には50年熟成の特別ボトルも発売。昨年2023年からは大規模な設備投資に乗り出し、伝統のウイスキーづくりを維持しながら生産量も増やしている。改修が完了する2026年は、ちょうど創設200周年という節目の年を迎える。
普段はエディンバラのオフィスを拠点に多忙な日々を送るレイチェル・バリー博士だが、このたびスケジュールの合間を縫って初めての来日を果たした。その目的は、マスターブレンダーみずからの言葉でグレンドロナックの魅力を伝えること。新しいデザインのボトルを手に、グレンドロナックの歴史を語り始めた。
「古城と谷が多いハイランドは、スコットランドでも最高級の大麦が生産される肥沃な大地。グレンドロナックの特徴は、香味豊かなハイランドらしいスピリッツとシェリー樽熟成のエレガンスに集約されます」
グレンドロナック蒸溜所は、約200年の伝統を忠実に受け継いで芳醇なスピリッツをつくっている。木製のウォッシュバック(発酵槽)に使用されているのは、スコットランド産のカラマツ材だ。ポットスチルはいわゆるバルジ型で、釜の上に設けたボイルボールが環流を促す。一部のラインアームには独特のエレガントなカーブがあり、この形状がサクソフォンを思い起こさせる。
「このカーブが蒸気と銅の接触を増やし、複雑でやわらかなスピリッツを生み出します。オレンジ、ベリー、チョコレート、革製品、タバコ、お茶などの複雑な香味を備えたハイランドらしいスピリッツが、スパニッシュオーク材と完璧なハーモニーを奏でるのです」
グレンドロナックの樽熟成が、すべてシェリー樽でおこなわれるのは有名だ。使用するシェリー樽には、ペドロヒメネスとオロロソの2種類がある。キング・オブ・シェリーと呼ばれるペドロヒメネスの樽を、スコッチ業界で特に多く所有しているのがグレンドロナックだ。
「ペドロヒメネスはリッチな深みがあり、フルボディでゴージャス。レーズン、ナツメ、チョコレートなどの香味が特徴です。一方のオロロソはフルーツ香と酸味の格調が高く、ドライなナッツ香や長いフィニッシュをもたらします。異なる樽原酒の特徴を組み合わせ、シンフォニーのような香味を組み上げています」
新しいボトルデザインのグレンドロナックをテイスティング
原酒それぞれの個性を生かして、最高のバランスを見出すのがブレンダーの妙技だ。銘柄ことにさまざまな個性を表現するが、それでもすべてのグレンドロナックに共通する4つのフレーバー特性があるのだとバリー博士は説明する。
その筆頭は「フルーティ」だ。黒っぽい果皮のベリーや、オレンジなどのフルーツ香が夏の恵みを感じさせる。そして2つ目は「エレガント」。洗練されたスパイス、ダークチョコレート、焙煎したコーヒー豆、高級ワインのようなトップノートがある。さらに3つ目は「リッチな力強さ」。タバコや革製品を思わせるアーシーな感触で、ハイランドらしいスピリッツの力強さが出ている。最後の要素は「フルボディ」。フルーツの砂糖煮やレーズンを思わせる濃厚な果実感が、ゴージャスなタンニンでなめらかに舌を包み込む。
このようなハウススタイルは、「グレンドロナック12年」ですべて表現されている。並外れた複雑さとバランスを備え、蒸溜所の個性をもれなく体現したウイスキーだ。グラスから立ち上がるアロマは、クリーミーなチョコレート、ベリー系の果実、天日干しのレーズンなどを感じさせる。口に含むとさらにリッチな印象で、オレンジやサルタナなどの果実感にあたたかなスパイスも加わる。
「しっかりとしたボディですが、滑らかな口当たりと甘いアロマでバランスを取っています。重すぎず、誰にでも飲みやすい懐の深さが特徴です。寒い季節には、手で温めながらゆっくり味わうのもいいでしょう。この華やかさは、ロブロイやハイボールなどのカクテルにアレンジしても実感できます」
バリー博士が勧めるナッツ入りのチョコレートとペアリングすると、風味がさらにリッチに感じられた。
「これぞフレーバーのクレッシェンド。クライマックスに向かって、高まっていく感じがありますね。グレンドロナックらしい香味の厚みを存分に感じられます」
次に味わうのは「グレンドロナック15年」だ。香りはマラスキーノチェリー、熟したブラックベリー、ダークチョコレートミントなど。口に含むとハチミツをかけたアンズ、熟したイチジク、ブラックチェリー、マスカットなどの風味がある。口当たりは絹のように滑らかで、長い余韻には紅茶のような深い充足を感じる。
「先ほどの12年は舌の中央に分厚い風味を感じましたが、この15年は舌の全域をくすぐるような感触があります。日本のみなさんの繊細な味覚で、この香味のすべてを感じていただきたいと思っていました。舌先から上方に抜けていくフィニッシュは本当に優雅です」
エレガントかつアーシーで、香味のダイナミクスが広い。贅沢な深みがフルボディに統合され、シェリー樽熟成の洗練が極まっている。度数は46%だが、刺々しさはない。バリー博士おすすめのペアリングは、トリュフとキノコのコロッケ。ウイスキーとキノコの旨みが、繊細な官能を高め合う。
「このグレンドロナック15年は、素晴らしいテクスチャーにも定評があります。私はよく食後に楽しみますが、実はオイリーな料理とも相性抜群なんです」
最後に味わうのは「グレンドロナック18年」。度数は15年と同じ46%だ。ドライフルーツ、マスコバド糖、ナッツ、オールスパイス、タバコなどの香りが立ち上がる。ベルベットのような舌触りで、極めて芳醇かつ濃厚な味わいだ。熟成期間を3年延ばしただけなく、原酒の構成も変えているのだとバリー博士は説明する。
「このウイスキーでは、オロロソシェリー樽に由来するディープな香味を重点的に引き出し、格調高く贅沢なウイスキーに仕上げています。口当たりは15年よりもさらにフルボディで、香味の輝きも増大させました。いつまでも続く余韻を存分にお楽しみください」
バリー博士のお勧めするペアリングは、ビーフやチーズなどの濃厚な味。フルフレーバーのコンビネーションが、香味の相互作用で壮大な多幸感をもたらす。
「個人的に大好きなボトルです。私にとってグレンドロナック12年は、仕事を終えてリラックスするためのデイリーウイスキー。そして15年は食後にゆったりと楽しみます。この18年はいつも特別な日のためにとってあります」
すべてのグレンドロナックに共通する「エレガンス」の正体はなんだろう。そんな漠然とした疑問に、バリー博士は科学者らしく「スパニッシュオークのシェリー樽」と即答する。タンニンが豊富で、やわらかなテクスチャーがあり、フレンチオークや北米産のホワイトオークとも異なった複雑さを加える。それがグレンドロナック固有の香味を完成させるのだ。
「バイオリンのようなトップノートから、地を這うようなコントラバスの低音まで、フルオーケストラのように豪華な香味を感じてください。シェリー樽熟成の研究を始めて33年になりますが、グレンドロナックのスピリッツとスパニッシュオークの相性は最大の発見のひとつです」
芸術家のようなインスピレーションだけでなく、品質を守るガーディアンとしての自覚も強いレイチェル・バリー博士。ニューメイクスピリッツはもれなくエディンバラのヘッドオフィスに届けられ、すべてのバッチをノージングして樽入れを許可する。その数は年間で樽5000本分にも及ぶという。
「ノージングは感覚が鋭敏な午前中に済ませます。微妙な変化も見逃せないので、普段から刺激の強いキムチやニンニクは滅多に食べません(笑)」
スコッチウイスキーのファーストレディが生み出すグレンドロナックの香味は、世紀を超えて受け継がれてきた伝統と英知の結晶だ。新しいデザインのグレンドロナックは、日本国内でも10月7日より販売される。
ブラウンフォーマン・ジャパンの公式ウェブサイトはこちらから。