シェリー樽熟成の味わいで、ウイスキーファンに愛されるグレンドロナック。そのフルーツ香の秘密に迫る2回シリーズ。

文:ライザ・ワイスタック

 

グレンドロナックの駐車場に車を停めると、眼の前にはどこか懐かしい風景が広がっている。それはスコットランドのハイランド地方に滞在する人が、どこかで必ず目にするような風物詩の集合体だ。

かつて製麦に使われた古い納屋などの石造建築が、中庭を囲むようにして馬蹄形に配置されている。キルンの象徴でもあるパゴダ屋根のデザインが、他の建物にもあしらわれている。蒸溜棟は大きな窓にぐるりと囲まれた構造だ。

グレンドロナックといえば、芳醇なシェリー樽熟成の香り。その定評は、長い歴史の裏付けによって培われてきた。

これらの建築様式は、約2世紀前に建てられたハイランドの蒸溜所に多く見られる標準的なデザインである。そしてグレンドロナック蒸溜所も、多くの施設と同じく1960年代の拡張工事で模様替えをしている。

建物の第一印象は、ハイランドの標準を受け継ぐ蒸溜所。だが建築以外の要素に目を向けると、グレンドロナックはまるで標準的とはいえない。むしろ細部にわたって個性が際立っているのだ。

もっとも印象に残る建物は、蒸溜所よりも控えめな古い邸宅だ。蒸溜所を見下ろす丘の上のコテージが、訪れる人を何世紀も前の時代へと導いてくれる。

このコテージは1771年の建造で、「ボインズミル・ハウス」の名で知られている。こグレンドロナック蒸溜所を創業したジェームズ・アラダイスの邸宅だ。アラダイスが製粉所付き農場の跡地にグレンドロナック蒸溜所を創建したのは1826年のことである。

旧アラダイス邸は質素な外観だが、両翼を広げたようなジョージアン様式から裕福な地主一族としての生活が想像できる。この贅沢な雰囲気は、蒸溜所を改修した最近の工事でも大いに参考とされた。蒸溜所が200周年を迎える来年には、ゲストハウスとしてオープンする予定である。

蒸溜所名の「グレンドロナック」とは、ゲール語で「荊(いばら)の谷」を意味する。この荊は木苺のようなベリー系フルーツも意味するため、グレンドロナックのウイスキーに感じるジャムのような甘さをすぐに連想させる。

グレンドロナック蒸溜所のウイスキーを2017年3月から管轄しているのは、数々の受賞歴を誇るマスターブレンダーのレイチェル・バリーだ。バリーは同系列の蒸溜所であるベンリアックとグレングラッサも同時に監督している。

グレンドロナックのチームが維持している濃厚なベリー系フルーツの香りは、主にシェリー樽熟成からもたらされるものだ。だが蒸溜所に来ると、熟成樽がスピリッツに魔法をかける前から、敷地内に点在するベリーがウイスキーに浸透しているようなイメージさえ感じる。これがハイランドの魔法だ。
 

すべての設計がフルーツ香を醸成

 
グレンドロナック、ベンリアック、グレングラッサのグローバルブランドアンバサダーを務めるスチュワート・ブキャナンが蒸溜所を案内してくれた。

銅製の蓋がついたマッシュタンは、内蔵された鋤のような装置で撹拌する。これはバイキング時代から伝わる伝統的な機構で、同様のマッシュタンがスコットランドに12基以上あるとブキャナンは言う。

マッシュタンの下にあるのは銅製アンダーバックで、ブキャナンいわく従業員が毎日磨いているためピカピカだ。糖化が済んだ麦汁を排出し、ウォッシュバックに移送するまで貯蔵するための古い設備である。

蒸溜室に入るとブキャナンは言う。

原料や工程はもちろん、ポットスチルの形状がグレンドロナックの個性を形作る。サキソフォン型のネックは蒸溜所のシンボルだ。

「この階段を上るのが大好きなんです。ジャムのような香りがしませんか? ニューメイクに含まれる香りです。おそらく蒸溜器の形状がこのジャムのようなフルーツ香を生むのでしょう」

ブキャナンは初溜器について説明を始める。

「ウォッシュスチルの釜は、なで肩の形状です。ここで蒸溜液が還流し、釜の内部で蒸溜液が何度も落ちたり上がったりします。その気体と液体の動きが、ブラックベリー、クランベリー、レッドベリーなど秋のベリー類を思わせる香りにつながっているんです」

ブキャナンはサックスのような形状のネック部分を指差して言う。

「このサックス型のネックも重厚な香りを運んできます。ラインアームのカーブがタバコや土っぽい香りを維持し、またサンダルウッドのようなスパイスも表現するのです。このような香りが豊かなモルト香と調和し、さらには樽熟成で得られる香味とも一体化してウイスキーの個性が守られます」

グレンドロナックについて語る際に、業界関係者がよく口にする言葉は「ハーモニー」(調和)と「シナジー」(相乗効果)だ。グレンドロナックにとって、シェリー樽熟成はブランドの個性を打ち出すために不可欠な要素である。レイチェル・バリーが「生命線」と呼ぶ特性だ。

グレンドロナック蒸溜所は、創業して間もない頃からシェリー樽を熟成に使用してきた。おそらく創業者のジェームズ・アラダイスがシェリー酒を飲んでいた時代までさかのぼることができるだろう。現在は約5万本のシェリー樽原酒が熟成中であり、グレンドロナックのモルト原酒は約85%がファーストフィルのシェリー樽熟成だ。

グレンドロナック蒸溜所は、コアレンジである「グレンドロナック 12年」「グレンドロナック 15年「グレンドロナック 18年」でもシェリー樽熟成の伝統に忠実だ。だがモルト原酒の熟成方針は進化も遂げている。シェリー樽に関するポリシーは、以前よりも厳格だ。

現在のオーナーであるブラウンフォーマンは、シェリー樽の調達に多額の投資をおこなってきた。マスターブレンダーのレイチェル・バリーが、その経緯について説明してくれた。

「同じシェリー樽熟成でも、以前のモルト原酒管理はやや素朴でした。バッチごとに、かなりのばらつきがあったのです。でも今はもっと一貫性があり、香味も洗練されています」

そのような原酒のストックから、ブレンディングの妙技でウイスキーの香味を組み上げる。その楽しみについて、名匠レイチェル・バリーはしみじみと語る。

「まるでヴィンテージのバイクを磨き上げ、微調整を加えて、美しく素晴らしい品質に仕上げているような感覚でしょうか。あらゆる銘柄において、グレンドロナックらしさを表現するのに不可欠な要素がいくつかあります。それはさまざまな香味要素を融合させ、シェリー樽熟成のクライマックスに至った原酒のみを使用すること。そうすることで、過去最高の複雑さとバランスを手に入れるのです」

バリーいわく、グレンドロナックは数あるスコッチウイスキーの蒸溜所のなかでペドロヒメネス樽の購入量が第1位だ。熟成から生まれる甘いコクが、モルト原酒に含まれるのベリー系の香りを引き立てる。その一方で、オロロソ樽はドライな感触を授けてくれるのだとバリーは語る。

「個人的に、この2種類のシェリー樽の組み合わせが最高の繊細さをもたらしてくれると理解しています。リッチで、甘やかで、贅沢な境地です」
(つづく)