グレンキンチー蒸溜所のビジター体験【後半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
グレンキンチー蒸溜所を訪ねると、まず屋外からジョニーウォーカーとのつながりが印象付けられる。エントランス前では、創業者ジョニー・ウォーカーと忠実な猟犬の彫像が訪問者を出迎える。彫像の表面は地元の動植物をモチーフにしたデザインで、グレンキンチーの香味特性を主張しているようでもある。
蒸溜所が所在するイーストロージアンは、「スコットランドの庭園」と異名される美しい地域だ。庭園といえば、駐車場から蒸溜所のエントランスまで歩いてくる途中で、まず来場者を出迎えてくれるのも美しい庭である。
この庭は、かつてローンボウリング用だった芝生を独創的に造園し、さまざまな果樹や地元の定番植物を植えて、年中いつでも四季が感じられるようにした。ミツバチの巣箱を3つ用意して、そこから採れるハチミツが蒸溜所内で作るカクテルにも使用される。
訪問者が最初に入る建物は、 庭のエリアに面した赤レンガの旧貯蔵庫だ。2階層の建物には新しく大きな窓が取り付けられ、レセプションとショップのエリアを備えている。
かつてグレンキンチー蒸溜所が併設していたモルトウイスキー製造博物館では、古い小型の農家式スチルが来場者の人気の的だった。このスチルが、現在はツアーの起点となるエリアでも主役級のポジションで展示されている。スチルの周囲には、生花やゴールドにペインティングされたジョニーウォーカーのマスコット「ストライディングマン」も置かれている。
フレーバー・ジャーニー・ツアーへ
ウイスキーファン以外の人でも楽しめる「フレーバー・ジャーニー・ツアー」には、五感を刺激する体験がいっぱいだ。その始まりは「ストーリー・ルーム」。趣向を凝らしたインタラクティブな展示や、鐘形ガラスで蓋をされたさまざまな香りが観客の興味をそそる。グレンキンチー特有のスタイルである花、草刈り、シリアルといったアロマを感じ、人々の会話が弾んでくる場所である。
以前のグレンキンチー蒸溜所を訪ねたことがある人なら、古い農場式のスチルが捨てられずに残っていることを喜ばしく思うだろう。さらに嬉しいのは、見事なまでに精細なミニチュアの蒸溜所模型が展示されていることだ。
この模型は1925年の大英帝国博覧会用に製作されたもので、新しいビジターセンターでも主要な展示物となっている。その隣には、キルマーノックにあった古いジョニーウォーカーのストランドストリート貯蔵庫の模型もあり、蒸溜所の模型と同様に素晴らしい出来栄えだ。
次に来場者が移動する先は、かつてモルティング(製麦)がおこなわれていた場所だ。ここではウイスキーのフレーバーづくりが解説されている。ハスク、グリッツ、フラワー(どれも粉砕された麦芽)の実物を展示している蒸溜所は多いが、グレンキンチーはさらに工夫を凝らしている。生育中の本物の大麦を展示し、ミル(粉砕機)やキルン(窯)の模型も見せることで、観客の想像力をかきたてている。
そしてツアーは、ウイスキーづくりの工程に従ってさまざまなエリアを通っていく。その過程で出会うのは、現代的なセミラウター式のマッシュタン(糖化槽)、6槽あるウォッシュバック(発酵槽)、そしてスター的存在であるグレンキンチーのスチル(蒸溜器)2基だ。
このうちウォッシュスチル(初溜器)は、容量30,963L。タマネギ型でネックの下にくびれがある。スコットランドで2番目に大きなスチルであり、これよりも大容量なのはアイラのブナハーブン蒸溜所にあるスチルだけなのだという。
蒸溜所長のラムゼイ・ボースウィックが説明する。
「発酵の時間の長さは中ぐらいで、かなり豊かなフレーバーが得られます。そして銅との接触は少ないのがグレンキンチーの特徴。2基あるスチルはどちらも容量が大きくて、肩幅やネックも広く造られています。さらにラインアームは下向きなので、実に幅広いフレーバーのプロフィールが得られるのです」
あらゆる要素が、少しずつ感じられるスピリッツ。それがグレンキンチーの特徴だとボースウィックは言う。
「全体として穏やかな特性のスピリッツで、突出した要素はありません。グレンキンチーの特徴は、周囲の環境を映しているともいえます。穏やかで、花々のフローラルな香りがあり、草木の青々とした印象が豊か。飲む人が自然体で楽しめる香味です」
グレンキンチー蒸溜所のコンデンサーは、昔ながらの蛇管式である。生産は自動化されておらず、1週間に5日間稼働している(稼働日は24時間操業)。レシーバーストレングスは70%で、樽入れ時の度数は63.5%。最大年間生産量は純アルコール換算で175万リットルだ。
魅惑のサンプリングと限定品販売
蒸溜棟を出た来場者は、このたび新設された熟成用のエリアへと導かれる。ここではバーボン樽、オーロピアンオーク樽、再活性樽、カリラ樽、キャメロンブリッジ樽などで熟成中の原酒がノージングできる。カリラ樽にはピート香があり、キャメロンブリッジ樽からはジョニーウォーカーゴールドラベルリザーブに使用されるグレーンウイスキーの要素が感じ取れるはずだ。
素晴らしい設備のテイスティングルームでは、ジョニーウォーカーゴールドラベルとグレンキンチーのシングルモルト商品(2種類)を基本にしたサンプリングセッションがおこなわれ、ウイスキーカクテルも1杯付いている。
その後、来場者は隣接したバー&ラウンジエリアで思い思いの時間を過ごす。ここからは蒸溜所の前に広がる庭を見下ろし、ウイスキー、カクテル、コーヒー、各種スナック、地元産の食材を使った料理などが有料で楽しめる。
階下のショップスペースでは、幅広いブランドグッズやギフト向けのアイテムが販売されている。そしてもちろん、グレンキンチーのシングルモルトとジョニーウォーカーのラインナップも魅力的だ。
グレンキンチーの定番となる主要商品は、2007年に発売された「グレンキンチー 12年」と「グレンキンチー ディスティラーズエディション」(アモンティリャードのシェリー樽でフィニッシュ)。だが蒸溜所には、さらにたくさんの希少な数量限定品や蒸溜所限定品が用意されている。
このような限定品の一例が、2019年に発売された「グレンキンチー・タトゥー」だ。入手できるのは、蒸溜所とエディンバラにある「ロイヤル・エディンバラ・ミリタリー・タトゥー・ショップ」のみ。年数表示はなく、アメリカンバーボン樽と再活性樽で熟成されている。
その他にも蒸溜所限定の16年熟成ボトルはアメリカンバーボン樽とチャーを施したオーク樽で熟成されている。さらに2016年にディアジオのスペシャルリリースプログラムで発売された24年熟成ボトルもある。自分だけのボトルにウイスキーを瓶詰めできるお楽しみも、蒸溜所以外では体験できないものだ。
この「フレーバー・ジャーニー・ツアー」の他にも、筋金入りのウイスキーファンを対象にした「ビハインド・ザ・シーンズ・ツアー」」とテイスティングのメニューも開催されている。また「ウェアハウス&カスク・ツアー」では、樽から直接取り出した4種類の原酒をサンプリング可能。「フラワーズ&カクテル・クラス」では、ウイスキーの香りを活かしたカクテル作りが体験できる。
グレンキンチー蒸溜所は、公共交通機関で簡単に行ける観光客向けのルートからはだいぶ外れている。だがエディンバラの中心部とグレンキンチーを結ぶシャトルバスが運行されるようになったのも嬉しい変化だ。シャトルバスはオンラインと蒸溜所で予約できる。
スタンダードな「フレーバー・ジャーニー・ツアー」の所要時間は1時間半で、料金は大人1人13ポンド(約2,000円)。ディアジオの狙いである「ウイスキーファン以外」の消費者層にも向けたツアーとして、この時間や価格設定が理想的であるか否かは議論が分かれるところかもしれない。
いずれにしても、BRCイマジネーションアーツ社が手掛けたグレンキンチーの大改修工事は大成功だったといえるだろう。スコッチウイスキー業界でも屈指の魅力的なビジターセンターのひとつとして、今後もウイスキー観光の重要な選択肢にのぼる存在となるはずだ。