グレンタレットの新たな野心【前半/全2回】
文:ミリー・ミリケン
ボブ・ダルガーノが、スペイサイドのマッカランで過ごした歳月は30年。ちょうど私が生きてきた時間と同じくらいだ。誰のキャリアであっても、勤続30年はひとつの大きな到達点と見ていいだろう。そんなダルガーノは、2019年を境にしてグレンタレットのヘッドブレンダーに転身した。エドリントンから蒸溜所を買収した高級ガラスメーカーのラリックが、すぐにダルガーノを指名したのである。
グレンタレット蒸溜所の歴史は、1763年にまで遡ることができる。旧名のタロット蒸溜所が、マリー家に買収されたという記録が残されているのだ。この記録こそ、グレンタレットが現在も稼働しているスコットランド最古の蒸溜所とされる所以でもある。1814年にはトーマス・マキニーサに買収されてホッシュ蒸溜所と改名され、さらに1890年になるとウイスキー商人の兄弟であるデービッド・ミッチェルとウィリアム・ミッチェルが購入して息子たちに相続した。
だが1923年になって、グレンタレット蒸溜所でのスピリッツ生産は休止されてしまう。噂によると、休止された時点で96,000ガロンものウイスキーがまだ貯蔵庫で熟成中だった。それからほぼ100年が経った今、グレンタレットは再び驚くべき変革の時を迎えている。
そんな歴史ある蒸溜所の責任者となったボブ・ダルガーノが、まず最初に着手したかったことは何だったのだろうか。
「まずは一歩下がって、全体を把握しようと考えました。貯蔵庫にある原酒をチェックすることから始めましたよ」
ダルガーノはそう答える。ウイスキーづくりでは、それこそ長年の経験がある。最初の目標は、ニューメイクスピリッツを基軸にして商品レンジを設定すること。そして熟成年数に応じたラインナップを構想し、最終的にはラリックのデキャンタに相応しい高品質なウイスキーをつくろうと心に決めていた。
「どんな樽材で熟成しても、グレンタレットらしさが表現できるようなラインナップを考えていたんです」
コレクター垂涎のトリニティ・シリーズ
そのような構想から生まれてきたのが、グレンタレット・バイ・ラリックのトリニティ・シリーズだ。これは、蒸溜所やオーナーが保有していた原酒から生み出される3部作の限定エディション。1万英ポンド(約150万円)を払ってプログラムに参加する気があれば、コレクター向けの原酒をテイスティングして自分用に保有できる。
トリニティ・シリーズの第1号は「プロブナンス」だった。1987年に蒸溜された樽3本分の原酒からなる33年熟成のシングルモルト。2020年12月に320本限定でボトリングされた。ウイスキーを入れる容器は、クリエイティブディレクターのマーク・ラミノーがデザインしたラリック製のクリスタルデキャンタである。
ボブ・ダルガーノによるテイスティングノートを見ると、「ショウガ、ブランデー漬けのシェリー、ジューシーなサルタナを思わせる豊かな香味。やがてシナモンスティック、デーツ、かすかなオーク香、青リンゴの印象」とある。1763年以来、グレンタレットを支えてきた大麦品種を称えるウイスキーである。
この「プロブナンス」は、ウイスキーやガラス製品の伝統に密接な関係のある3人の重要人物にオマージュを捧げている。その1人目は、エリザベス・フィリップス。グレンタレットの前身であるホッシュミル蒸溜所のオーナーだ。「女性ディスティラーの先駆者という、偉大な功績を忘れずにいたいと思います」とボブ・ダルガーノは語る。2人目はジェームズ・ファーリー。30年の休業期間を経て、1957年に蒸溜所を再稼働させた人物だ。そして3人目は、ラリックの創設者であるルネ・ラリックである。
「3つの樽によって、3人の伝説を表現するのが目的でした。忘れ去られていた時代と功績に光を当て、ウイスキーを通してその物語を伝えるのです」
(つづく)