グレンタレットの再出発【前半/全2回】
文:ベッキー・パスキン
グレンタレットには、現存でスコットランド最古の蒸溜所といわれるほどの歴史がある。だがシングルモルトウイスキーのグレンタレットを酒屋の棚で見かけることはほとんどない。
パースシャーのクリフ郊外にあるグレンタレット蒸溜所には、2世紀以上もの長い歴史がある。だがこの魅力的な蒸溜所で生産されるウイスキーは、もっぱらブレンディング用として使用されてきた。
もっとも2015年には、熟成年数を記さないノンエイジステートメントのシングルモルトウイスキーがひっそりと発売された。また独立系ボトラーが数量限定でグレンタレットの商品をリリースすることもある。だが長年にわたって、グレンタレットの名はフェイマスグラウスのブレンドに使用する唯一のモルトウイスキーとして知られてきた。
グレンタレットが正式に蒸溜酒の製造免許を取得してから、今年で202年が経つ。そんな長い歴史を経て、この歴史ある蒸溜所はついに新しい一歩を踏み出そうとしている。かつて発売された商品の再発といった小さな話ではない。他に類を見ない高級シングルモルトウイスキーとして、まったく新しいグレンタレットが船出をするのだ。
スコッチ最古ともいわれる250年以上の歴史
グレンタレット蒸溜所の関係者によると、1763年の賃貸契約書に「サロット蒸溜所」の記載がある。これがグレンタレットが初期に使用していた旧名であると考えられ、その賃貸契約書には「数年にわたって賃貸料が未納」と記載されているので、この土地に蒸溜所が建てられたのは1763年よりも前である可能性がある。
世紀をまたいで1818年、当時はホッシュ蒸溜所と呼ばれたグレンタレット蒸溜所が初めて酒造免許を取得する。蒸溜所長はジョン・ドラモンドだった。
1887年には、ビクトリア朝時代の著名なウイスキーライター、アルフレッド・バーナードが蒸溜所を訪問している。「新しい流行はまったく取り入れておらず、設備も旧式のものを使っている。容器類にはすべて古風な装飾が施されている」との記述が残っている。
20世紀に入り、スコッチ ウイスキー業界が不況に見舞われた1923年に休業を余儀なくされた。だが戦後の1957年にジェームズ・フェアリーがグレンタレット蒸溜所を購入。蒸溜設備を新しく設置し、30年ぶりに蒸溜所が稼働する。
グレンタレットは1980年にビジターセンターを開設しているが、スコットランドではグレンフィディックに次いで2番めのビジターセンターであった。
1990年にハイランド・ディスティラーズ(現エドリントン傘下)が蒸溜所を買収。2002年にはエドリントンが220万英ポンドを投じ、グレンタレット蒸留所内に「フェイマスグラウス・エクスペリエンス」を建設した。2014年には、ケンブリッジ公ウィリアム王子とケンブリッジ公爵夫人キャサリンの訪問を受けている。
ラリックグループによる買収で新時代へ
そして2019年3月に大きな変化が起こる。それまでエドリントンの傘下だったグレンタレットが、ラリックグループ主導のジョイントベンチャーによって買収されたのだ。ラリックグループは、精巧なクリスタル製のデキャンタやグラスで知られるフランスのライフスタイル企業だ。
ラリックグループは、早速マッカランでブレンダーを務めていたボブ・ダルガーノを新しいウイスキーメーカーに招聘。シングルモルトブランドとしてのグレンタレットを再出発させる計画が動き出した。そして戦略コンサルタントには、同じくマッカランでクリエイティブディレクターを務めていたケン・グリアーを呼び寄せた。そして2020年から高級シングルモルトブランド「グレンタレット」の販売を開始しているのである。
ボブ・ダルガーノは、 蒸溜所購入に際して株式も取得している。この経営上の発言権を駆使しながら、グレンタレットの新しいアイデンティティを確立させるために忙しく働いてきた。グレンタレットのニューメイクスピリッツは、フルーティでモルト香が強く、オイリーな酒質が特徴である。このユニークなスピリッツこそが、新しいシングルモルトブランドを普及させる基盤になるとボブ・ダルガーノは語る。
「グレンタレットの酒質はユニークで、他のどんな蒸溜所とも異なります。このようなスピリッツの特性をしっかり訴えながら、新しい商品レンジを構築している最中です」
グレンタレットは、手作業で運営されるスコットランド最小規模の蒸溜所だ。生産量は年間20万Lで、いまだに大麦原料を手作業で糖化(マッシング)しているスコットランド唯一の蒸溜所だ。昔ながらの伝統的なウイスキーづくりを実践していることも、蒸溜所のアイデンティティの基盤となっている。この特徴はしばらく継続していく予定なのだとマネージング・ディレクターのジョン・ローリーは語る。
「生産設備は自動化しない予定です。大量生産へ舵を切るつもりもありません。手作業で時間内にできるだけの量を、シンプルな昔ながらの方式で蒸溜していくだけです。古い手法はあえて変更せず、それを維持することで特徴を出したいというのが現在のオーナー陣の考え方なのです」
(つづく)