スコットランド最古といわれる歴史がありながら、シングルモルトファンには無名だった蒸溜所。グレンタレットは2020年から完全に新しい一歩を踏み出している。

文:ベッキー・パスキン

 

18世紀以来の手づくりを受け継ぐ年間20万Lの小さな蒸溜所。このアイデンティティを守り続けるのも、新しいシングルモルトブランドであるグレンタレットの目標だ。マッカランから新しいウイスキーメーカーとして招聘されたボブ・ダルガーノは、まずブランドの中核となる4種類のコア商品を設定し、さらに2種類のスーパープレミアム商品も加えることにした。それぞれの商品が、蒸溜所固有の特徴をしっかりと表現できるような相互作用を狙っている。

ウォッシュのサンプリングで品質をチェック。マッカランのブレンダーを務めていたボブ・ダルガーノ(メイン写真)が、スピリッツの特性にあわせて樽熟成のバリエーションも構築する。

ブランドへの導入となる基本ボトルは、「グレンタレット トリプルウッド」だ。これはかつての蒸溜所のコア商品にも含まれていたボトルだが、フレーバー構成は以前とまったく異なったものになっているのだという。「これまでに発売された『トリプルウッド』とはまったく違うウイスキーです。以前よりもはるかにヘビーでリッチな酒質になっていますから」とダルガーノが説明する。

使用している熟成樽は、ヨーロピアンオークのシェリーバット、アメリカンオークのシェリーホグスヘッド、バーボンバレルという3種類。ウイスキーは、フルーティでキャラメルのようにねっとりしたショウガ系のスパイスを感じさせる。アルコール度数43%でボトリングされ、この商品のみチルフィルター(冷却濾過)を施しているのだという。

「これより高い度数でも試しましたが、43%のバランスが勝りました。かなりシャープでウッディなウイスキーなんです」とダルガーノは語る。

商品レンジの2番手は「グレンタレット 10年 ピートスモーク」だ。使用されているのは、グレンタレットのピーテッドモルト(エドリントン時代は「ルーアックモア」として知られていたタイプ) を蒸溜してリフィル樽で熟成した原酒である。そこにノンピートのグレンタレットをシェリー樽で熟成した原酒もヴァッティングしている。アルコール度数はパンチのある50%だ。

年間生産量が20万Lというスコットランドでは小型の蒸溜所だが増産の計画はない。手づくりの方針を維持しながら、ビジター体験に力を入れている。

「ピート香が主体のウイスキーとしては、やや異色な味わいでしょう。ヒースが燃えてくすぶっているような印象のスモーク香なので、その中から甘さも突き抜けてくるような印象です」とダルガーノは説明する。

「グレンタレット 12年」(アルコール度数46%)は、主にヨーロピアンオークのシェリー樽と他の酒精強化ワイン樽で熟成されている。「これは暖炉のそばでじっくり夜に楽しむウイスキーというより、むしろ午後遅くにぴったりのウイスキーです。温室の中で腰を下ろし、傍らにはクルミやレモンティーがあるようなイメージ。そんな多様なウイスキー体験を生み出してくれる味わいです」とダルガーノは言う。

そして「グレンタレット 15年」(アルコール度数55%)は、コアレンジの中でも特に繊細な味わいのウイスキー。熟成はリフィル樽が主体だが、一部にヨーロピアンオークのオロロソシェリー樽とアメリカンオークのペドロヒメネスシェリー樽を使用しているのだとダルガーノが明かす。

「はっきりとエレガントな味わいを意図したウイスキーです。現在も豊富に抱えているリフィル樽熟成の原酒が、このウイスキーのボトリングを可能にしました。原酒の特性にあらがわず、その魅力を自然に引き出しました」

 

ラリックの真骨頂を示したデキャンタ入り商品

 

商品レンジの頂点にあるのは、極めて希少な長期熟成原酒を使用した「グレンタレット 25年」と「グレンタレット 30年」だ。ボトリングのアルコール度数は、それぞれ45%と45.7%(カスクストレングス)。25年ものが204本(980英ポンド)、30年ものが750本(1,600英ポンド)という数量限定商品でもある。どちらもファミリー企業であるラリック社がデザインした正方形のデキャンタに入れられている。デキャンタのデザインには、18世紀に創設された当時の蒸溜所オーナーだったとされる「オクタータのマリー準男爵」の家紋もあしらわれている。

ここまで紹介しておいて言うのもなんだが、グレンタレットブランドの商品は全体的に品薄である。それはボブ・ダルガーノ率いる蒸溜所チームの保有株式が総体的に少ないことも原因のひとつなのだという。だがグレンタレットの商品群は年を追うごとに進化する。原酒のストック状況によって、フレーバーのプロフィールも変化するためだ。マネージング・ディレクターのジョン・ローリーが語る。

アールヌーボーの旗手、ルネ・ラリックが創業したラリック社がグレンタレットの親会社だ。同社が手掛けるクリスタル製のデキャンタがシングルモルトブランドのシンボルとなる。

「シングルモルトスコッチウイスキーの素晴らしいところは、原酒を構成する熟成樽がひとつひとつ異なること。この事実をなぜ隠す必要があるのでしょうか。そのまま違いを楽しめばいいのに、なぜわざわざ前回と同じ味わいにしようと細工をしなければならないのでしょう?」

他のウイスキーメーカーは、シングルモルト商品の味わいを一定に保つために多大な努力を費やしている。だがグレンタレットは、そんな慣習にも挑もうとしているのだ。ローリーがその真意を語る。

「手づくりへのこだわりによって少量しか生産できないため、グレンタレットは必然的に希少性の高いブランドになります。その希少性ゆえに、市場価格も高く設定できるでしょう。グレンタレットをラグジュアリーなシングルモルトとして再出発させる際、この希少性を軸にした条件によってウイスキー市場に確固たる地位を築こうという目的意識をいつも持っていました」

とはいえ発売から数ヶ月で全商品が売り切れるコレクターアイテムにはなりたくない。買ってすぐに転売されるようなウイスキーにならないよう、実際に味わってもらえる方法をローリーは思案している。

「グレンタレットのボトルは、結婚式や足業などの特別な節目のために取っておいてほしい。そのようにして、買った人が飲んで楽しめるようなポジショニングを模索しています」

クリフにあるグレンタレット蒸溜所は、総額1200万英ポンドを投じた大改修工事も実行中だ。この工事が終了すれば、階下にテイスティングバー、ラリックブティック、パティスリー、カフェ、そして本格的なレストランも新設される。レストランは少なくともミシュラン1つ星を狙っているようだ。新しいビジターセンターは今年の暮れにオープンする予定。かつてのフェイマスグラウス・エクスペリエンスとはまったく異なる空間に生まれ変わる予定だ。

2世紀以上の歴史がある蒸溜所なのに、世界のウイスキーファンにはあまり知られていないグレンタレット。新しいアイデンティティを確立させるプロセスは、新しいオーナーたちにとって心を踊らせるほど刺激的な仕事に違いない。ローリーが説明する。

「グレンタレットは、まだ自分探しをしている若者のようなもの。一角の人物になろうと、野心を燃やしている最中です。あたたかな心を持ち、期待を裏切らず、気さくで誠実な人物。そんな誰もが話しかけたくなるようなキャラクターをブランドとして目指しています。このような理想を一朝一夕で成し遂げようなどと思うほど傲慢ではありません。まずはしっかりと名前を憶えてもらえるように、業界内のポジションを確立するのが目標。まだまだ長い道のりが待っていると自覚していますよ」