軽やかに舞い上がるグレーン市場(上)
世界でも、日本でも、グレーンウイスキーが脚光を浴び始めている。「もうひとつのウイスキー」の歴史と未来を探る2回シリーズ。第1回は、グレーンウイスキーの基礎知識を学ぼう。
文:オールウィン・グウィルト
昨年より、世界中でグレーンウイスキーの魅力に気づいた消費者が増加している。その立役者は、英国サッカー界のレジェンド、デーヴィッド・ベッカムだ。まぶしい笑顔でディアジオのグレーンウイスキー「ヘイグクラブ」の広告塔となり、大きな議論を巻き起こすことになった。ディアジオでウイスキー宣伝部門を率いるニック・モーガンが語る。
「スコッチウイスキー業界で働いて25年になりますが、ヘイグクラブの発売以来、かつてなかったほどにウイスキーに関する議論や意見が巻き起こっています。ヘイグクラブがウイスキー部門にもたらしたエネルギーには計り知れないものがありました」今でも一部で「おじさんのお酒」というイメージを持たれているウイスキーの宣伝に、超有名人を抜擢したことで世界中の注目が集まった。しかもそれがシングルモルトやブレンデッドではなく、グレーンウイスキーであることが前代未聞なのである。
ウイスキーの世界において、グレーンウイスキーはベッカムよりも長い年月にわたって影の貢献者として活躍してきた。馬車馬のような働き手で、あらゆるブレンデッドウイスキーのベースとなり、重厚なモルトウイスキーを支える従兄弟のような存在だ。傑作ブレンドをつくり上げる際、多くのブレンダーが「キャンバス」と呼ぶ役割を果たしている。モルトウイスキーと組み合わせることで、「ティーチャーズ」「ジョニーウォーカー」「フェイマスグラウス」「バランタイン」などの有名なブレンデットウイスキーが生まれた。ブレンデットウイスキーは、世界のウイスキー消費の実に90%以上を占める。連続蒸溜機を使用し、英国では主に小麦を原料とするブレンデッドウイスキーは、ベッカム以前から世界的に愛されてきたウイスキー界のメインストリームなのである。
グレーンウイスキーの基礎知識
グレーンウイスキーは、1830年にイーニアス・コフィーが特許を取得したコラムスチルと呼ばれる連続式蒸溜機でつくられる。モルトウイスキーに用いられる銅製のポットスチルは1回ごとの蒸溜であるのに対し、コラムスチルはウォッシュがスチルを何度も通過して連続的に蒸溜されるのが特徴だ。
グレーンウイスキー用のスピリッツは、一般的にモルトウイスキーよりもかなり高い約92%程度のアルコール度数でスチルから取り出される。スピリッツはモルトウイスキーよりも風味が軽くエステル香が強い。
グレーンウイスキーはブレンデッドウイスキーの主原料であり、ボトル中の60~70%を占める。英国では、ほとんどのグレーンウイスキーが小麦を原料としているものの、北部ではトウモロコシが主流でフェイマスグラウスなどのブレンドに使用されている。
スコットランドには、キャメロンブリッジ蒸溜所、ガーヴァン蒸溜所、インヴァーゴードン蒸溜所、ノースブリティッシュ蒸溜所、ストラスクライド蒸溜所など多くのグレーンウイスキー蒸溜所がある。またロッホローモンド蒸溜所ではグレーンウイスキーとモルトウイスキー両方のスピリッツを生産している。
数あるグレーンウイスキーの蒸溜所でも、キャメロンブリッジ蒸溜所は最大の規模を誇り、年間1億500万Lの生産力を有する。モルトウイスキー最大の蒸溜所であるグレンフィディック蒸溜所やグレンリヴェット蒸溜所の生産力が約1,000万~1,200万L程度であることを考えると、その桁違いの規模がわかるだろう。エディンバラのノースブリティッシュ蒸溜所は比較的小規模なグレーン蒸溜所であるが、それでも毎時16万Lのウォッシュを蒸溜できる。
スコットランドではディアジオの「ヘイグクラブ」が話題となっているが、近年は日本でも優れたグレーンウイスキーが生まれた。ニッカ「カフェグレーン」、サントリー「知多」がシングルグレーンウイスキーに分類され、そのユニークで繊細な味わいは世界的に高く評価されている。(つづく)