お気に入りのウイスキーグラスを見つけよう
ウイスキー専用グラスの歴史は、意外なほどにまだ浅い。だがグラスの形状によって、ウイスキーの体験は大きく左右される。科学的な研究を踏まえてデザインされた名品をタイプ別に解説。
文:グレッグ・ディロン
タンブラーにたっぷりのウイスキーを注ぎ、革張りのアームチェアーに腰掛ける。そしてグラスの重さを愛でながらウイスキーを味わうのが、ひと昔前のスタイルだった。だがウイスキー専用のグラスがデザインされるようになって、そんな伝統も一変してきた。ウイスキーの特徴を最大限に味わうため、科学的な研究を踏まえながら新しい形状が模索されてきたのである。
その結果、グラスの選択肢は増えて、ウイスキーファンが最適なグラスを見つけるのに苦労する状況でもある。ウイスキーの種類によっても、最適なグラスが異なってくる。それぞれの形状には固有の理由があり、香りや味わいを感じるための興味深い設計がなされているのである。
自分が使っているタンブラーとグレンケアンの違いを説明できるだろうか。テュアとコピータの違いや、ノーランとブレンダーズグラスの違いも知っておいて損はない。ここでは人気の高いウイスキーグラスの銘柄を手短にガイドする。それぞれの形状がもたらす風味への効果を知れば、ウイスキーの楽しみも倍増するだろう。
いつものタンブラー
重厚で大振りな形状が多く、壁面は直線的で、底から飲み口に向かって少し広がっている。がっしりと丈夫で、手に持つだけで頑張った1日のご褒美をもらっている気分になれる。肩肘張らないカジュアルさも魅力であり、グラスの中身についてあれこれ考えすぎる必要もない。
タンブラーは手軽にウイスキーを楽しめる超定番のグラスだ。惜しむらくは、グラスに鼻を突っ込んでもアロマをしっかりとグラス内に保持できる形状ではない。それでも扱いやすさ、親しみやすさ、手にする楽しさは依然として魅力である。
グレンケアン(Glencairn)
「公式ウイスキーグラス」を謳うグレンケアンは、世界でもっとも入手が容易なウイスキー専用グラスのひとつ。象徴的なデザインで、2006年に英国女王賞企業部門を受賞した。ウイスキーグラスとしては他ブランドよりも背が低く、ボリュームのある形状のため、持ったときにしっかりと手になじむ。球根状のボディはウイスキーのアロマをしっかりと閉じ込め、狭い飲み口に鼻を近づけると集中的な香りの分析ができる。グレンケアンのレイモンド・デイビッドソンは、このグラスの魅力を次のように説明している。
「ウイスキー専用と呼べるグラスは、かつて世界にひとつもありませんでした。スコットランドの技術革新の伝統に則り、グレンケアンのグラスはウイスキー業界を代表するイノベーターたちの知識と専門性をもとに製造されています。デザインのルーツは、世界のマスターブレンダーやウイスキー通の人々が使用していたノージンググラス。スタイリッシュでユニークな形状は細部にこだわり抜いており、シングルモルトウイスキーや長期熟成のブレンデッドウイスキーの喜びを増大させてくれます」
ブレンダーズグラス(Blender’s Glass)
ウイスキーグラス市場では比較的新参のモデルが「ブレンダーズグラス」。ウイスキー・エクスチェンジとアンガス・マクレイルドの共同開発によって、1920年代のデザインを復活させた素晴らしい見栄えのグラスだ。ウイスキーライターのアンガス・マクレイルドは、古代ウイスキーの専門家でもある。タマネギ型をしたブレンダーズグラスの利点について、マクレイルド自身が疑問に答えている。
「ブレンダーズグラスは、閉ざされたグラス内壁の面積を広くとっています。そのため細やかなアロマを高水準でとらえ、グラスの表面からアルコールと共に蒸発する香りを正確に表現できるのです。アロマのボリュームを効率的に上げるてくれるので、どんなウイスキーでも驚くような体験が待っています。カスクストレングスのウイスキーは強烈な印象をもたらしますが、それよりも低いアルコール度数のウイスキーや、繊細なタイプのウイスキーなら完璧にアロマを表現してくれるでしょう」
コピータ(Copita)
プロがウイスキーの審査をおこなう際に使用するグラスで、リチャード・パターソンのお気に入りグラスでもある。コピータはもともとスペインで生まれたチューリップ型のグラスで、シェリーの香りを楽しむために使用されてきた。18世紀以前には港のドックで船荷のワインをチェックするのに使用していたことから、ワイン商が「ドックグラス」と呼びならわしていたこともある。現在もシェリーのノージンググラスとして使用され続けているが、ウイスキー業界のブレンダーやディスティラーたちが愛用するようになった。
コピータのサイズと形状は、ウイスキーをグラスの壁で回すことによってアルコールを揮発させ、アロマを立たせるのに適している。コピータを使用する際の注意点は、ウイスキーをグラスに注いでからしばらくそのままにしておくこと。可能であれば上から蓋をしてもいいだろう。アロマと酸素が混ざり合ってウイスキーに働きかけ、フレーバー体験を増幅させるからである。
テュア(Túath)
ウイスキーグラスの世界では、最近登場したばかりのニューフェイス。テュアはアイリッシュウイスキーを楽しむことに特化したグラスである。手で持ったときのアンカーのような感触や、グラスを回して少量を口に含んだり、アルコールを揮発させたときでも目当てのアロマがしっかりとグラスの中に留まるのが魅力だ。テュアのコマーシャルディレクターを務めるロザーナ・ゴズウェルが次のように説明している。
「ウイスキーのノージングやテイスティングは、それだけの用途で済むものではありません。そこでテュアは、グラスの形状から科学的にウイスキー体験を増大させ、手で持った感触がいつも心地よい製品を技術面から追求しました。社交の場面にも相応しいデザインで、さまざまな用途にも耐える飲みやすさも実現しています。テュアのグラスを持っている人たちが、満ち足りた様子でドリンクを楽しんでいる姿を見るのは私たちの励みです。ベース部分の独特なデザインは、アイルランドの景勝地スケリッグ・マイケルをイメージしたもの。美しいウイスキーには、美しいグラスが必要です」
ニート(NEAT)
以前よりNEATのグラスには賛否両論があった。だが実際のところ、非常に面白い効果を提供するグラスであることは確かである。グラスは2つのエリアに分けられており、下の部分は幅広のボウル状に膨らみ、さらに飲み口でも大きく広がっている。この形状によって、NEATのグラスはアルコールの揮発を促しながら外へと逃し、カスクストレングスのような高アルコール濃度のウイスキーでも繊細な嗅覚を圧倒しないように配慮されているのだ。
NEATの利点は焼け付くようなアルコールの感触を取り除くことだが、ある種のフレーバー要素も一緒に取り逃がしてしまう可能性があることに留意が必要である。だが試行錯誤を重ねることで、このグラスにぴったりのウイスキーが予測できるようになるだろう。
パーフェクトウイスキーグラス(Perfect Whisky Glass)
キャビネットで幅を利かせる大型グラスとは趣向が違う。アーバンバー社製のパーフェクトウイスキーグラスは、ささやかな名品である。手に持ちやすく、ウイスキーフェスティバルの会場などで持ち歩くのにぴったりだ。小さな定番と呼ぶべき傑作で、大切なウイスキーを室温に保ちながらゆっくりと味わうのに最適。どんなウイスキーにも合う「パーフェクト」な逸品でもある。アーバンバー社がその魅力をみずから解説している。
「丸いボウル状のボディがスピリッツをグラス内で回せるスペースを提供し、飲み口に向かって狭まった縁がアロマを直接鼻腔に誘導します。コピータと同様の形状が分厚いガラスの台に乗っていることで、手で持った感触も心地よく仕上がっています」
大切なのは、ウイスキーの感じ方が人それぞれに異なるということ。誰かの真似をするだけでなく、自分の感覚を大切にしてお好みのグラスを選ぶのがおすすめだ。業界のプロフェッショナルのように、同じウイスキーを複数のグラスで味わってみるのもいいだろう。濃密な印象を残すグラスや、細かいニュアンスがわかるグラスなど、それぞれの違いを見極めて自分のお気に入りを見つけよう。