ボブ・ディランとの共同出資で設立されたヘブンズドア。プレジャーヴィルに新設された蒸溜所は、音楽とウイスキーの創造性を体現している。

文:文:ジョセフ・フェラン

 

ヘブンズドアの「リベレーション」は、豊かで複雑な味わいを持つウイスキーだ。原酒には通常のストレートバーボンウイスキーだけでなく、テネシー産の木炭(メープル材)でチャコールメロウイングを施したテネシーウイスキー風のストレートバーボン、さらには小麦を原料としたストレートライウイスキーをブレンドしている。さらにカリフォルニアのワイン用樽製造所でしっかりトーストしたアメリカンホワイトオーク樽による二次熟成もおこなっている。

ちなみにヘブンズドアのライウイスキー「リフュージュ」は、6年間熟成させた原酒をブレンドして熟成度を均一化し、アモンティリャードシェリー樽で6ヶ月以上の追熟を加えたものだ。

ウイスキーづくりにおいて、ヘブンズドアは独自のアプローチにこだわっている。この地域でウイスキー製造の先駆者たちが培ってきた歴史を学び、そこに微調整や改良を加えながら、少しだけ異なる方向へと進んでいくのだ。

そんな方針を如実に表した例が「リバイバル」である。これは誇り高きケンタッキーのブランドとしては珍しく、テネシーウイスキーの伝統製法を称えた商品だ。ブシャラ本人が「テネシーにおける長年の友人」と呼ぶウイスキー関係者との提携によって製造している。

妥協のない理想主義と、それを実現する独創性。マスターディスティラーのケン・ピアースは、表現者としてのディランをウイスキーに投影させる達人だ。メイン写真はケン・ピアース(左)と最高執行責任者(COO)を務めるアレックス・ムーア(右)。

このような方針について、ヘブンズドアの最高執行責任者(COO)を務めるアレックス・ムーアは次のように説明してくれた。

「ヘブンズドアの理念は、ディランの創造的な精神と音楽作品へのこだわりを体現しています。それはつ常に常識や限界を押し広げようとする意欲に他なりません。だからこそヘブンズドアの主力商品は多彩であり、さまざまな点で異色なのです」

例えば大半のウイスキーブランドは1種類のマッシュビルからウイスキーをつくって一貫性を保っているが、ヘブンズドアのケンタッキーストレートバーボン『アセンション』は、2種類のケンタッキーストレートウイスキーのマッシュビルを融合させているとムーアは語る。

「単独のマッシュでは決して実現できないような、なめらかで調和の取れた味わいを生み出すためです」

ヘブンズドアは、古い伝統と新しいアイデアををシームレスに融合させようとしている。ケンタッキー州プレジャーヴィルに新築する蒸溜所のアプローチを見れば、その哲学がはっきりと理解できる。起伏のある 67ヘクタールの丘陵地は、まさしく絵画のように美しい。

この敷地は、かつてケンタッキーの開拓に大きな役割を果たしたダニエル・ブーンの弟にあたるスクエア・ブーンが所有していた土地だ。約束の地と出会ったいきさつについて、ブシャラは次のように語った。

「ヘブンズドアのブランドを体験できるビジターセンターは、もともとテネシー州ナッシュビルに設立する予定だったんです。築160年にもなるナッシュビルの歴史的な教会を買い取り、ショールーム付きの蒸溜所やブランドセンターに改装するつもりでした。でもウイスキーのプロジェクトが進むにつれ、ケンタッキー州でも思いがけないチャンスがが生まれて戦略を再考することになりったんです」

プレジャーヴィルの敷地は、ウイスキーの聖地にふさわしい美観を提供する。だがそれだけではないとブシャラは言う。ここはアメリカ開拓時代の歴史が深く刻まれた場所で、ウイスキーづくりの物語とクラフトマンシップを大切にするブランドの姿勢にも共鳴する。

ヘブンズドアは単なる近代的な蒸溜所ではなく、ケンタッキー州における豊かなウイスキーの伝統を称える場所として世界に開かれていくのだ。

「敷地内には18世紀風の特注建造物があり、ヴァンドーム式蒸溜器、複数の蒸溜棟、渓谷を見渡すビジターセンターが設置されています。古い製粉所やモラビア風の納屋など、18世紀の建物を修復した施設も敷地内にあります。ケンタッキーの歴史を本質的に伝えてくれる場所なのです」

さらにブシャラ氏は、実際のウイスキーの香味に影響を及ぼすさまざまな特徴についても説明してくれた。

「ウイスキーづくりに重要なのは仕込み水。蒸溜所は2箇所ある地下水帯水層から、石灰岩でろ過された清らかな水を得ています。またこの地域は地元の農場にも近いため、地主たちとの戦略的な提携が可能です。マスターディスティラーのケン・ピアースが厳格なガイドラインを定め、最高品質の穀物を栽培することができています」
 

サステナブルなウイスキーの未来へ

 
新しい蒸溜所の開発における中心的な課題は、敷地の自然美を維持しながら、プロジェクトの全期間を通じて環境への影響を最小限に抑えることだった。ブシャラは当初からサステナビリティの推進に真剣で、建設中のあらゆる意思決定の指針となったと語る。

「蒸溜所の施設は敷地いっぱいに広がり、景観とシームレスに一体化するような設計です。貯蔵庫については、近隣にあった築200年のタバコ農場を再利用しました。貯蔵庫でさえも、地域の歴史を体現するものであってほしいという願いからです。それぞれの建造物は、あくまで周囲の環境を補完するような存在。変に目立ったり、押し付けがましいものであってはならないという配慮のもとに細部まで入念に設計しました」

ブシャラいわく、全体的な目標は土地のルーツに忠実な場所を作り上げること。つまり建築、生産工程、来訪者の体験など、あらゆる要素がこの地に根ざした歴史の自然な延長であると感じられるような場所を用意したかったのだ。この点については、マスターディスティラーのケン・ピアースがさらに詳しく説明してくれた。

ヘブンズドアには、さまざまなテーマを具現化した商品がある。まるで傑作アルバムに散りばめられた珠玉のディランソングのようだ。

「製造工程は、何よりも品質とサステナビリティに重点を置いています。当社の施設は、すでに米国環境保護庁(EPA)からエナジースター賞を受賞しました。100点満点中94点を獲得し、国内で最もサステナブルな蒸溜所のひとつとして認められています」

ウイスキーの品質は、スタッフの努力と的確な設備の管理があってこそのものである。そして原料の調達にも、サステナビリティへの配慮が注がれているとピアースは語る。

「非遺伝子組み換えの原材料だけを調達しています。原料の大半は、20kmほど離れた場所にある製粉所を通じて、地元の農家と契約する形です。熟成に使用する樽は、私たちの考え方に共感してくれる樽製造業者から調達しています。こだわりの仕様を実現するために時間と労力を費やすことになりますが、プレミアム価格に見合った価値があります」

ヘブンズドアは、ウイスキーづくりの舞台裏でも素晴らしい業績を成し遂げてきた。その努力の結晶を視覚的に表現したユニークな施設が、ルイビルにある築150年の教会を改装したレストラン兼ウイスキーバー「ザ・ラスト・リフュージュ」だ。ウイスキーこそが事業の中心だが、同時に地域の歴史を保存することもヘブンズドアのゆるぎない目標である。

レストラン「ザ・ラスト・リフュージュ」の中心にはバーがあり、壁のように聳え立るラックには1,500を超えるウイスキーブランドの商品がずらりと並んでいる。これはウイスキーづくりという究極の職人技に敬意を評し、そのこだわりを物理的に表現したオマージュだ。

小売スペースには、ディランのアルバムや書籍とともにヘブンズドアの製品も販売されている。ウイスキーファンも、音楽ファンも、ボブ・ディランがこれまでの歴史に刻んだ遺産をあらためて理解できるような場所だ。だがヘブンズドアの愛好家にとって最も魅力的なのは、歴史に彩られた限定品を手に入れるチャンスがあることだろう。

ヘブンズドアの最高執行責任者(COO)を務めるアレックス・ムーアは、ブランディングの狙いを次のように説明してくれた。

「ヘブンズドアは革新と進歩に専心しながら、同時に歴史と伝統にも敬意を払っています。ヘブンズドアのチームは地元産の穀物から直火加熱でスピリッツを蒸溜し、清冽な石灰岩質の仕込み水を使用し、1800年代と同様に手造りの樽で熟成しています。このポットスチルで蒸溜されたバーボンは、マスターディスティラーのケン・ピアースが厳正に熟成を管理しているところ。蒸溜所のギフトショップとザ・ラスト・リフュージのみで少量販売される予定です」

ボブ・ディランが「時代は変る」(The Times They Are a-Changin’ )と歌ったのは1964年のこと。あの頃に比べると、確かに時代は大きく変わった。だがヘブンズドアは、変わらなくてもいいことは変え過ぎないように努めている。常に片足を前に踏み出しながら、もう片方の足は過去にしっかりと根を下ろしているのだ。

それは過去を尊重しながら、未来を受け入れるという微妙なバランスである。ボブ・ディランの音楽もずっとそうだったように、ウイスキーやビジネスにまつわる意思決定のひとつひとつが未来と過去の架け橋となっている。