ハイランド地方は、スコットランド最大のモルトウイスキー生産地。その定義や新しい動きを伝える3回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

ハイランドのシングルモルトといえば、アバフェルディ、グレンモーレンジィ、ダルモア、クライヌリッシュ、オールドプルトニー、オーバンなどのウイスキー銘柄が真っ先に思い浮かぶ人もいるだろう。

それではベンベキュラ、タリスカー、トラベイグ、シェトランドなどの銘柄はどうだろう。その銘柄はハイランドじゃないと指摘する人もいるかもしれない。だがスコッチウイスキー協会の定義によると、いずれもハイランド地方で生産されたウイスキーだ。

ハイランドの定義について、改めて協会に問い合わせてみると広報担当者はこう言った。

「ハイランド地方には、いわゆるアイランズ(島嶼部)も含まれます。そのため軽めのタイプから塩味の効いた沿岸部のウイスキーまで、風味と個性は極めて多岐にわたるのです。ハイランド地方には、あらゆる人の味覚に合うスコッチウイスキーが網羅されています」

ハイランド地方は、スコットランドのモルトウイスキー生産地として最大の面積をカバーする。いわゆるアイランズと呼ばれる地域を含まなくても、その地理的な広がりにおいて比肩する地方はない。

クライヌリッシュ蒸溜所の周囲には、美しい田園風景がどこまでも続く。メイン写真はブローラ蒸溜所。

ブリテン島本土で、西のクライド湾と東のフォース湾の間を結んだ線をハイランドラインと呼ぶ。その北側でキャンベルタウンとアイラ島を除くすべてのモルト蒸溜所が、ハイランド地方に属しているのだ。

モルトウイスキーの生産地は、東西南北に広く分布している。ハイランドの南端は、ハイランドラインにまたがるスターリングシャーのグレンゴイン蒸溜所だ。北端はシェトランド蒸溜所、西端はルイス島のアビンジャラク蒸溜所、東はアービキー蒸溜所ということになる。ハイランド地方には49軒のウイスキー蒸溜所があり、その数はスペイサイドに次いで多い。

だがその地域的な定義にはちょっとした異論も残る。アラン島北部のロックランザ蒸溜所がハイランドに分類されるのはわかる。だが同じ島の40km南にあるラグ蒸溜所はなぜローランドに分類されないのか。

島嶼部の蒸溜所関係者(匿名)は、こんなことを言っていた。

「マーケティングの観点からは、『アイランズ』という地域カテゴリーが有利に働くこともあります。島酒のように地域的な特徴を謳えることで、個性を主張できるからです。でもやはりこのアイランズというカテゴリーがちょっと合理性に欠ける部分もあるのは確かです」

ユナイテッド・ディスティラーズ&ヴィントナーズが、1988年に発表した「クラシック・モルツ・コレクション」を例にとってみよう。これは生産地ごとにボトル1種類を用意したコレクションで、ウイスキーを生産地で分類するきっかけにもなった。

前述の関係者は語る。

「たとえばアイランズやヘブリディーズ諸島という地域カテゴリーがあったとして、それがアイラと別の地域になるのは地理的に不自然です。そしてアイラは確立された地域ブランドですが、すべてのアイラモルトに共通のスタイルはありません。たとえばワイン産地としてのブルゴーニュのように、地理的な条件だけでなく使用できるブドウの品種や年間最大生産量などが細かく厳格に決められているわけでもないのです」
 

ハイランドかアイランズか

 
アイル・オブ・ハリス蒸溜所は、2015年からハリス島のターバートで操業している。今年はシングルモルト「ヒーラック」を発売して大きな賞賛を浴びた。アイル・オブ・ハリス蒸溜所のサイモン・アーレンジャー社長は、次のように語っている。

「かつては生産地の分類が、ウイスキーの風味の特徴をある程度反映していた時期もありました。今はまったく無関係とまでは言いませんが、つながりが希薄になっていると思います。でも島嶼部の蒸溜所をハイランド地方のカテゴリーに含めるのは、確かにちょっと違和感がありますよね」

つまりアーレンジャーは、あくまでヘブリディーズ諸島でつくられたウイスキーであることに誇りを抱いているのだ。

ウイスキーファン憧れのグレンモーレンジィ蒸溜所。歴史ある蒸溜所だけでなく、まったく新しい生産拠点もハイランドの各地に生まれている。

「アイル・オブ・ハリス蒸溜所は、ヘブリディーズ諸島のウイスキー蒸溜所という特徴を明確に打ち出しています。アイル・オブ・ラッセイ蒸溜所のビル・ドビーと協力して、ヘブリディーズ・ウイスキー・トレイルの設立にも尽力しました。アイラに比べるとかなり地味ですが、毎年9月には1週間のウイスキーフェスティバルが開催されます」

アイル・オブ・ハリスも、アイル・オブ・ラッセイも、共にヘブリディーズ諸島のウイスキーとして認識されることを切望しているのだとアーレンジャーは訴える。

「風景、人々、歴史、文化という点でも、ヘブリデイはとても魅力的な場所です。私はヘブリディーズ諸島が地理的な呼称として公式に認められることを望んでおり、スコッチウイスキー協会にも意見を申し入れているところです」

この点について、スコッチウイスキー協会の広報担当者は次のように答えている。

「シングルモルトスコッチウイスキーには、蒸溜された場所を示す産地名や地域名を添えて販売するのが古くからの慣例となっています。これらの産地名を保護しながら隆盛させるために、英国では『スコッチウイスキー法2009』が定められました。ここで定義されている伝統的な5大産地の地理的表示は、ハイランド、ローランド、スペイサイド、アイラ、キャンベルタウンです」

だが地理に詳しい人なら、すぐに矛盾を指摘できる。キャンベルタウン、スペイサイド、アイラは、そもそも地理的に全てハイランド地方に含まれているのだ。

「これらの地域の蒸溜所は、どちらの地域表記を使ってもいいことになっています。つまりアイラ島のウイスキーはハイランド産を歌ってもいいし、『アイラシングルモルトスコッチウイスキー』などとラベルに記してもいい。原酒がすべてその地域内で製造されたものなら、カテゴリー表記を補完するためにキャンベルタウン、スペイサイド、アイラの地名が使用できるというルールなのです」

さらにスコッチウイスキー協会の広報担当者は説明する。

「でもアイランズというウイスキーの産地名は違います。アイランズという分類は確かに一部で用いられていますが、そもそもスコットランドに『アイランズ』なる地域はありません。そのためカテゴリー表記を補完するための地域名として、『アイランズ』という言葉は使用できないことになっているのです」
(つづく)