ハイランドの中心地から、島嶼部のアイランズへ。それぞれの土地で、ユニークな伝統を生かしたウイスキーづくりが始まっている。

文:ガヴィン・スミス

 

インヴァネスから東に43kmほど進むと、そこはスペイサイドとの境界だ。すぐ手前にあるダンフェイル蒸溜所は、2023年9月に操業を開始したばかり。ダンフェイルのウイスキーづくりは、「未来への回帰(バック・トゥ・ザ・フューチャー)」を目指したアプローチだ。

そのモットーは「過去の伝統を受け継ぎ、明日のウイスキーを形づくる」。過去の伝統とは、すなわち蒸溜所内でのフロアモルティング、144時間にも及ぶ極めて長時間の発酵、直火式ポットスチルの使用などを意味する。

近代化を逆行するかのように、フロアモルティングなどの手作業を重視するテート蒸溜所を運営するダンフェイル蒸溜所。新参ながら、そこにはハイランドの伝統への回帰がある。メイン写真もダンフェイル蒸溜所の外観。

ダンフェイル蒸溜所は原料にピーテッド麦芽とノンピーテッド麦芽の両方を使用し、年間約10万リットルのスピリッツを生産している。ウイスキー製造およびアウトリーチ担当部長のマット・マッケイがその実態について説明してくれた。

「ダンフェイルのスピリッツは、伝統的な製造方法でつくられています。エキゾチックなトロピカルフルーツの香味とフルボディでリッチな口当たりを併せ持ち、驚くほど深みのあるフルーティな味わいです。際立った甘い果実味とベルベットのような舌触りが組み合わさり、刻々と変化する香味が体験できます。このような特徴をベースにして、さまざまなタイプのシングルモルトウイスキーをつくろうと頑張っています」

ダンフェイル蒸溜所と同様に、伝統的な手法でウイスキーをつくっているのがドーノック蒸溜所だ。フィル・トンプソンとサイモン・トンプソンの兄弟は、一族で経営するドーノックキャッスルホテルの裏手にある小さな元消防署の建物で2016年にスピリッツの蒸溜を始めた。

ドーノックは伝統的な大麦品種をフロアモルティングで製麦し、ビール酵母を使用して7〜10日間という長時間の発酵を実践する。蒸溜も弱火でたっぷりと時間をかける。今年は旧ガス工場の建物を利用して、さらに大規模な新しい蒸溜施設の建設に着手する予定だ。

西ハイランド地方の蒸溜所といえば、以前はオーバンとベン・ネヴィスしかなかった。だが今ではアードナムルッカンとナクニーンが参入して、ウイスキー業界を活性化させている。

そして本稿執筆時点では、アーガイルシャーのインヴェラレイ城に建設される蒸溜所の計画許可も審査中である。このハイランドで最新の蒸溜所は、総工費2500万ポンド(約47億円)を投じた大事業だ。運営主体はブレンデッドスコッチウイスキー「クランキャンベル」を所有するストック・スピリッツ・グループである。

ダンフェイルと同様に、伝統への回帰を志向するドーノック蒸溜所。徹底したクラフト精神で香味を追求している。

一方のハイランド東部では、フェッターケアン蒸溜所が200周年を祝っているところだ。スペイサイドでは、グレンリベット、マッカラン、カードゥと創業200年以上の蒸溜所が3軒もあるため、フェッターケアンのアニバーサリはやや影が薄い。それでもフェッターケアンは創業200周年記念コレクションをわずか10セット限定で販売する。ボトル1本の価格は100,000ポンド(約1,880万円)だ。

パースシャーには、アバフェルディ、ブレアソール、ディーンストン、エドラダワー(現在は見学不可)、タリバーディン、グレンタレットなどの蒸溜所が点在している。蒸溜所見学者のメッカとして知られてきたが、ここ数年で飛躍的にレベルアップしたのがグレンタレットだ。敷地内にミシュラン星付きレストランを擁するスコットランド唯一の蒸溜所であり、親会社のラリックがロンドン以外では英国で唯一のブティックも運営している。

今年になって新しいニュースを提供しているパースシャーの蒸溜所が、ストラスアーン蒸溜所だ。今年4月に初めて発売したウイスキーは好評を博している。蒸溜所のオーナーであるカーラ・レイン(ダグラスレイン&カンパニー社長)は次のように語っている。

「ストラスアーンは、ふくよかで包み込むような飲み応えがある力強い味わいです。その風味には本物の深みがあり、ドライフルーツや菓子パン用のスパイスを思わせる香味が突き抜けてきます」
 

いわゆるアイランズ地方の現状

 
本土を離れ、ハイランドの島々に飛ぼう。第1話で解説した通り、スコッチウイスキー協会の定義ではアイランズもハイランドに含まれる。この地域でのウイスキーづくりも、近年は劇的に変化している。

今年はシェトランド初のウイスキー蒸溜所であるラーウィック蒸溜所がラーウィックの町にオープンしたばかりだ。このベンチャープロジェクトのコンサルタントに起用されているのは、グレンフィディック蒸溜所長などを務めたイアン・ミラーである。

「スピリッツは、アメリカンオークとヨーロピアンオークの両方を使用しています。典型的なスペイサイドモルトに近いスタイルと言ってもいいでしょう。でもそこに少しひねりを加えているので、熟成を楽しみにお待ちください」

その南のオークニー諸島では、ハイランドパークとスキャパの老舗コンビがどっしりと構えている。そこに参入した新顔が、オークニー蒸溜所だ。このオークニー蒸溜所ではもともとジン「カーキュヴァー」を製造していたが、現在はシングルモルトウィスキーの蒸溜にも乗り出している。今後の蒸溜には、オークニーに残る伝統品種のベア大麦を使用するという。

アウター・ヘブリディーズ諸島のベンベキュラ島で創業したベンベキュラ蒸溜所。一度は廃れてしまった独特の製麦プロセスを復活させ、完全にユニークな「島酒」の個性を表現しようとしている。

オークニー島北部のサンデー島には、キンブランド・ウイスキー蒸溜所がある。ここでも同じベア大麦を使用し、二酸化炭素の排出を抑えた手法でシングルモルトを製造する予定だ。

西のアウター・ヘブリディーズ諸島にはベンベキュラ島がある。この島ではマクミラン一族が灯台を改装した蒸溜所を建設し、「ポットスチル付きの灯台」で今年6月からウイスキー製造を始めた。創業者のアンガス・マクミランは次のように語っている。

「大麦モルトの製麦は、19世紀までグレンオードやハイランドパークなどの蒸溜所でおこなわれていた古い手法を復活させています。ピート(泥炭)と刈り取ったヒースを敷き詰め、それを燃やした火で大麦モルトを燻すという方法です。今日のスコットランドでは廃れてしまった、完全にユニークな製麦技術の復活です」

同じベンベキュラ島では、ジョニー・イングルデューとケイト・イングルデューの夫妻が、ナントン競馬場にあるノース・ユイスト蒸溜所でウイスキーを生産している。場所はマクミラン一族の灯台蒸留所からもそんなに遠くない。

ベンベキュラ島の南へ向かうと、バラ島がある。この地で設立されたアイル・オブ・バラ・ディスティラーズは、ジン、ラム、ウイスキーを複合的に生産できる蒸溜所の建設を計画している。資金集めのために株主を募集しており、熱心なウイスキー愛好家なら1,000ポンド(約19万円)を払えばアイル・オブ・バラ蒸溜所でつくられる最初期のシングルモルト(ボトル1,174本限定)の1本が先行予約できる。ウイスキーができるのは2030年の予定だ。

ハイランドという地域カテゴリーには、確かにちょっと定義が曖昧な部分もある。だがはっきり言えるのは、この地域で驚くほど多様なタイプのウイスキーが生産されていること。新しいベンチャープロジェクトが、古くからの人気メーカーに加わってウイスキー業界を盛り上げている。

歴史あるハイランド地方は、依然としてスコットランドで最も活気のあるモルトウイスキーの生産地域である。