銅のはたらきと銅器職人
モルトウイスキーの蒸溜所に欠かせない設備といえば、銅製のポットスチルやコンデンサー。それを供給するのは専門の銅器職人たちだ。銅に関する基礎知識をおさらいしてみよう。
文:イアン・ウィズニウスキ
モルトウイスキーの個性や品質に、大きな影響を与える最重要設備といえばポットスチルだ。その材料は決まって銅板である。銅は打ち延ばしがしやすいため、技術さえあればポットスチルのように独特な形状も加工できる。さらに熱伝導性が極めて高いため、スチルがすぐに加熱できてエネルギーコストが安く済むという利点もある。
ニューメイクスピリッツに対する銅の影響は重大だ。そのひとつが、硫黄化合物の含有率を下げるという効果である。
蒸溜中、アルコール分を含んだ液体が加熱されて気化し始める。この蒸気はスチルのネックを通ってコンデンサーにたどり着き、そこで再びアルコールを含んだ液体に戻る。この過程で、銅は硫黄化合物を蒸気から吸収するのである。硫黄化合物はゴムや肉を思わせる植物性のにおいを含み、ほんのわずかの量が存在するだけなのに主張が強いため他の風味の特徴を覆い隠してしまう。つまりこの硫黄化合物の含有率を下げることは、結果的にエステル(フルーティーさ)、甘味、穀物香などのより軽快な風味の特徴を引き出すことにもつながるのである。
優れた銅器職人を育成する
そんな便利な銅を、ウイスキーづくりに最適のスチルに加工するのが銅器職人の仕事である。その役割は幅広い。ポットスチル、コンデンサー、スピリットセイフ(検度器)を製作し、設置し、メンテナンスし、交換するのもすべて彼らの仕事だ。
施設内に銅器工房を持っている蒸溜所といえばバルヴェニーである。常駐銅器職人のデニス・マクベインが2008年に勤続50年を達成し、現在も顧問として蒸溜所のサポートを続けている。また、ディアジオが保有するアバクロンビー銅器工房も有名だ。1790年から操業を続け、現在43人の銅器職人を抱える工房がディアジオ傘下の28のモルトウイスキー蒸溜所を支えている。さらにはフォーサイスのように独立したウイスキー専門の銅器工房もある。フォーサイスは15人の銅器職人が各蒸溜所の設備をフルスペックで提供し、設置からメンテナンスまでを請け負っている。同社代表のリチャード・フォーサイス氏が、その人材育成の方法について教えてくれた。
「特別な職人芸なので、地元の労働市場を探しても銅器職人は見つかりません。ゼロから技能を身につけてもらうしかないのです。当社では年に3人の訓練生を採用して、5年間の見習い期間を設けています。職人候補生は、まず技術を学ぶ意欲を示さなければいけません。そしてかなりの肉体労働なので、健康であることも必要です」
アバクロンビーで運用管理をしているチャールズ・キング氏も、人材育成の重要性について語っている。
「手仕事が大好きで、この仕事に大きな誇りを持ってくれる人々を探しています。ここ8〜10年は銅器職人とエンジニアの見習いを毎年採用しています」
見習いの初年度には、継続教育(FE)カレッジのエンジニアリング課程での学習も含まれている。エンジニアリング、冶金、溶接などの基礎を学び、健康や安全に関する知識も習得するのだとリチャード・フォーサイス氏が言う。
「その後の数年間は、熟練した職人のそばで働きながらワークショップのスタイルで学びます。見習い職人たちはハンマーで銅を成型し、溶接する方法を学びます。さらにはポットスチルやコンデンサーの造り方も習得します。図面を引くところから始まって、必要に応じてウォータージェットカッターで銅を切断する工程もあります」
この見習い期間が終了したからといって、修行明けの一人前になれるというわけでは決してないとチャールズ・キング氏は釘を刺す。
「正しい技法を習得するまで、そこから少なくとも5年はかかります。ほとんどの仕事がチーム単位でおこなわれ、熟練工のそばで技術をおぼえていきます。例えばポットスチルの交換や、スチルの部品の交換などもこのような仕事の一部です」
大きなメンテナンスは夏の閑散期に
銅器職人が忙しくなるのは、ウイスキー業界で「静かな季節」と呼ばれる閑散期だ。蒸溜所の多くは生産を一時中止して、メンテナンスをおこなう。この静かな季節は数週間しか続かないので、ここで大掛かりなメンテナンスをすべておこなう必要がある。交換が必要な機器や部品がないか、蒸溜所内の設備はいつも注意深く監視されている。
ポットスチルの厚みをモニタリングするのも大切だ。何年も使用するうちに、銅壁の厚みが減ってくるからである。蒸溜の工程は、徐々に銅を侵食する。ある一定の厚みがなくなったら、交換が必要になる。厚みの測定には、ここ20年ほど超音波プローブが使用されている。それ以前は、ハンマーで叩いた音から厚みを把握していた。ベルのようにきれいに鳴れば万事良好。ゴツンと鈍い音がしたらそろそろ取り替え時というサインだったらしい。大きなメンテナンスの進め方を、チャールズ・キング氏が説明してくれる。
「少なくとも1年以上前から多くの事前計画を進めておきます。夏の交換に向けて、機器の部品やスチルは前年の12月から製作を開始します。蒸溜所と綿密に連絡を取り合いながら、閑散期でのメンテナンスを用意するのです」
ひとたび閑散期が始まると、銅器職人は工房を抜け出して、蒸溜所での作業が 中心になるのだとリチャード・フォーサイス氏が説明する。
「ポットスチルをひとつ造って設置するのに、だいたい4人がかりで6週間かかります。このうち2週間は現地の蒸溜所での作業になります。小さいポットスチルなら完成済みのものを蒸溜所に移送できますが、やや大型のものになると輸送がしやすいようにポットをいくつかに分けて蒸溜所に運び、ヘッドやネックを現場で溶接していくんです」
熟練したスキルの他に体力的な強さも求められる銅器職人だが、だからといってキャリアの長さに限界が生じるわけでもない。チャールズ・キング氏は証言する。
「健康と安全のための規則が、銅器職人たちの就業年を伸ばすことに役立ってきました。熟練すればするほど、知識を後進の職人たちに伝える時間も長くなります。当社の職人のひとりは43年間銅器を造り続けて、最近60歳で引退しましたよ」
生涯をかけて銅のメンテナンスをおこなう職人たちも、立派なウイスキーメーカーの一員である。