ケンタッキーバーボンは大丈夫【前半/全2回】

ケンタッキー・バーボン・フェスティバルの開催にあわせて、米国のウイスキー業界を展望する2回シリーズ。若年世代のお酒離れや、関税戦争を生き延びる方策はあるのか。
文:マギー・キンバール
今年で第33回目となるケンタッキー・バーボン・フェスティバルが、9月5日から7日までケンタッキー州バーズタウンで開催された。今年はチケットが発売後ものの数分で完売し、完売に数週間かかった昨年の記録を大幅に短縮した。バーボン愛好家たちの熱気が、あらためて証明されたかたちだ。
ケンタッキー・バーボン・フェスティバル代表兼COOを務めるランディ・プラッシーは、開催前にイベントへの思いを述べていた。

「ケンタッキー・バーボン・フェスティバルは、全面的なリニューアルから5周年を迎えます。このイベントはワールドクラスの試飲体験と購入のチャンスが高く評価されており、バーズタウンは世界のバーボンファンにとって聖地のような存在になりました。イベントへの参加を毎年の巡礼のように考える来場者も多く、チケット購入者の85%はケンタッキー州外からの来場者です。イベント自体が、地域全体の重要な観光および経済の原動力となっています」
このフェスティバルでは、毎年のように新しい企画が来場者を魅了する。昨年は、蒸溜所がブースで消費者に直接ボトルを販売できるようになった。今年はその路線をさらに推し進め、フェスティバル参加者が購入したボトルを自宅に直接配送できるようになった。
ケンタッキー・バーボン・フェスティバル会長のコーデル・ローレンス(イースタン・ライト・ディスティリング共同創設者)は次のように述べている。
「フェアやフェスティバルでの販売が許可されたおかげで、今年からあらゆるブランドの商品が会場から直接配送できるようになりました。来場者が希望すれば、フェスティバル会場で購入したボトルを自宅に配送してもらえるのです。ケンタッキー州ルイビルに拠点を置くケンタッキー・バーボン・ダイレクト会社を通じて提供されるサービスです」
昨年の会場でも、バーボンを購入したいと思っていたのに断念する人がたくさんいた。手荷物や車の容量に制限があるため、購入を見送っていたケースも多かったのだとローレンスは語る。
「法で定められた購入量の範囲内であれば、 機内預けにしたくないうような珍しいボトルも確実に手に入れることができるようにしました。自宅まで配送できれば、とにかく購入者にとっても便利だろうということです」
さらに今年は、オリスの腕時計、ホテル宿泊、春と秋のイベント入場料などがセットになった新しいチケット「VIP オリス・プレジデント・クラブ」も登場して完売となっている。
業界の進化をフェスティバルが体現
ケンタッキー・バーボン・フェスティバルで展示される製品は、少なくとも一部がケンタッキー州で製造されている必要がある。メーカーズマーク、ジムビーム、フォアローゼズ、ヘブンヒルなどのケンタッキーバーボン生産者はおなじみだ。さらにはバザーズルースト、カーリー、OHイングラム、ウェンゼル、フレッシュバーボン、パースートスピリッツなどの自社でスピリッツを蒸溜しないブランドも参加している。
どんな種類のチケットでも、フェスティバル会場内のシガーラウンジは利用可能だ。さらにVIPチケットがあれば、VIPエリアも別途用意されている。従来のプログラムに加え、エンジェルズ・エンヴィのオーウェン・マーティン(マスターディスティラー)によるテイスティング、エロン・プレヴァン(タータン・ハウス)によるカクテル教室、S・C・ベイカー(エピファニー)によるカクテル教室、エクスチェンジ・パブのシェフ、ノーク・ブカユによるフィリピン料理とバーボンのペアリングなど、さまざまなイベントが予定されている。
バーボンの故郷であるケンタッキー州には、まだまだたくさんの希望がある。だがスピリッツ業界は、世界規模の大きな課題に直面している。その課題の多くが、ケンタッキーバーボンにも影響を与えている。
ケンタッキー州のバーボン産業は、現在も成長を続けている。しかし世界的な景気後退が、ケンタッキー州にも及んでいることを示す兆候もいくつか見受けられる。たとえばケンタッキー州最大規模の民営蒸溜所となる予定だったギャラード・カウンティ・ディスティリングは、220 万ドルの訴訟に巻き込まれて突然営業を停止した。
またブラウンフォーマンがグローバルな従業員の12%を削減する一環で、ブラウンフォーマン・クーパレッジを廃業した。ブレット蒸溜所やスティッツェル・ウェラー蒸溜所などを所有するディアジオは、スティッツェル・ウェラー蒸溜所内でのボトリング事業を終了し、レバノン蒸溜所の生産を一時停止している。
気候変動の影響も、ケンタッキーバーボンに及んでいる。今年初頭、ケンタッキー川沿いのフランクフォートにあるバッファロートレース蒸溜所とグレンズ・クリーク蒸溜所を含むケンタッキー州内の蒸溜所が記録的な水害に見舞われた。なおルイビルのダウンタウンにある蒸溜所は、オハイオ川沿いに設置された防水壁のおかげで被害を免れている。
そして今、世界中のアルコール飲料業界にとって最大の脅威といえば関税だ。先を見通せない関税政策の不確実性が、ケンタッキー州においても深刻な懸念と損害をもたらしている。ケンタッキー蒸溜所協会会長のエリック・グレゴリーは、次のように述べている。
「バーボンの売上は、もともと米国経済の未来を占う水晶玉のような存在でした。これから6年先、8年先、10年先のなどの市場状況や消費者動向を予測する専門家のように、ウイスキーの蒸溜所にいればだいたいの見通しはつくものだからです。でも今回ばかりは違います。アメリカンウイスキーにとって、長期的に公平な競争を約束された外国市場はどこなのでしょうか。気まぐれに関税の導入と停止が繰り返されたり、そこに報復関税も加わるとすべてが混乱します。一貫性のない環境では、企業が通常の事業を展開できなくなるでしょう」
グレゴリー会長は、バーボン業界が直面する他の課題についても言及している。それはライバルとなるTHC含有飲料、合法大麻、ビールなどの麦芽飲料と蒸溜酒の税率格差だ。また経済的困難のために飲酒をしない若年層のライフスタイルなども懸念材料だ。さらには糖尿病治療薬のGLP-1とアルコール飲料の併用が社会問題になっている。
このような要因に加え、コロナ禍で後退した飲酒の習慣がなかなか復活せず、アルコール飲料の消費習慣そのものが大きくリセットされたことも業界としては心配だ。その一方で、売上などの数値がコロナ禍以前と同等に戻ってきているのはいい兆候だ。グレゴリー会長は、現状認識を次のように語ってくれた。
「コロナ禍前のアルコール飲料メーカーは、毎年2桁の売上増加率を記録していました。でもあのような旧成長は、いずれ頭打ちになって落ち着く運命にもありました。さまざまなグラフやIWSRのデータを確認しましたが、コロナ禍の影響を除いて考えると、自然な成長曲線から遠くない適切な数値に戻りつつあります。バーボンの売上は2023年から2024年にかけて0.4%減少しましたが、全体から見れば小さな変動に過ぎません」
(つづく)