急成長の時代が一段落し、成熟した消費者層が高品質のウイスキーを求めている。新規参入もまだまだ増えるバーボン業界が、目前の難題を力強く克服する道筋とは?

文:マギー・キンバール

これからの関税がもたらしそうな最大の懸念は、ケンタッキー州の樽在庫が歴史的な水準に達している点だ。輸出市場が不安定な状態が続けば、一部の生産者にとってウイスキーの過剰在庫が問題となる可能性がある。

それでもひとたび貿易戦争が落ち着けば、世界中の消費者に人気のあるケンタッキーバーボンのブランド力によって再び大きな注目が集まる可能性もあるとエリック・グレゴリー(ケンタッキー蒸溜所協会会長)は言う。

「ケンタッキー州のウイスキー業界は、過去最大量のウイスキー在庫を保有しています。2023年の在庫データによると総在庫は1520万バレルで、そのうち約1400万バレルがバーボンです(2024年のデータは今秋に判明する予定)。スコッチウイスキーの在庫が2200万バレルであることを考えれば、これは驚くべき数字です。バーボンがスコッチにこれほど在庫量で迫ったのは、もう何世代も前のことです」

このような成長は、バーボン業界が取り組んできた数十年来の成果でもあるとグレゴリー会長は言う。各社がNAFTAなどの自由貿易協定を活用して消費者の関心を高め、ビジター観光や生産能力拡大を支援するインフラ整備に投資を続けてきたからだ。

「大手蒸溜所が軒並み生産量を増強したのも、バーボンの世界的な成長を見越したものでした。EU、カナダ、メキシコなどとの自由貿易協定が1990年代に締結されたことで、ようやくアメリカンウイスキーとスコッチウイスキーの競争条件が平等になりました。米国外への輸出が急増し、各社は海外でのマーケティングとブランド構築に未曾有のペースで投資できるようになったのです」

ケンタッキー・バーボン・トレイルには、毎年新しい見どころが追加されている。キャッスル&キー502(ルイビル)もそのひとつ。

グレゴリー会長によると、特に2009年から2017年はウイスキーの輸出量が100~150%のペースで増加していたのだという。

「これは前例のない成長でした。でも2018年から2023年を見ると、私たちはその勢いを完全に失い、輸出は20%も減少しています。まさに貨物列車に急ブレーキがかかったような状況でしょうか。成長が飛躍的に進むべき時期に、年間数億ドルの輸出を失っているのです」

それでもケンタッキー・バーボン・トレイルの訪問者数は、昨年だけで270万人にのぼる。これは2023年の250万人から着実に成長した結果だ。ケンタッキー州では各社が優れたアトラクションでビジターの誘致を競い合っており、バーボン観光の分野も引き続き成長している。

ケンタッキー・バーボン・トレイルの新メンバーには、オックスモア・バーボン・カンパニー(ルイビル)、チキン・コック・サーカ・1856(バーズタウン)、RD1のビジター・エクスペリエンス(レキシントン)、バザーズ・ルース(ルイビル)、バーズタウン・バーボン・カンパニーのテイスティングルーム(ルイビル)、ビスポークン・スピリッツ・ラウンジ(レキシントン)、ウイスキー・シーフ蒸溜所(フランクフォート)とテイスティングルーム(ルイビル)、ウェンゼル蒸溜所(コヴィントン)、キャッスル&キー502(ルイビル)、グリーンリバーのテイスティングルーム(ルイビル)など枚挙にいとまがない。現在ケンタッキー州には107箇所のビジター向け施設があるが、20年前はわずか7箇所であったとグレゴリー会長は語る。

「バーボン観光の分野は、依然として堅調です。特にケンタッキー州の立場から見ると、ここはアメリカンウイスキーの心臓部です。ジェームズ・ビーム大佐の足跡をたどり、数百年にわたって営業を続ける蒸溜所を見学できる場所はここにしかないのですから。ビジターの需要は、これからも常に存在し続けるでしょう。ここ3〜4 年、特にコロナ禍以降は、本物志向の若い世代の観光客が増加しています」

ケンタッキー州内には、新しい見どころも増えている。パースート・スピリッツは、最近ルイビルのメインストリートに「ニート・バーボン・バー」をオープンし、ボトルショップはバーズタウンに 2 号店をオープンした。コヴィントンズ・リバイバルも、ケンタッキー州エリザベスタウンに 2 号店を出したばかりだ。世界中からウイスキーファンが訪れるルイビルのシルバー・ダラーは、新しいオーナーのもとでメニューを一新してリニューアルオープンした。

また多くのウイスキー愛好家にとって興味深い出来事といえば、ルイビル都市圏でシガーバーの営業が許可されたことだ。新しい法案が可決されたことで、ルイビルではウイスキーとシガーを一緒に楽しむことができる。
 

業界全体で新しい未来へ

 
ケンタッキーにある多くの蒸溜所が、今年それぞれの重要なマイルストーンを達成している。ブレット蒸溜所は、自社で蒸溜したバーボンを瓶詰めした初の「ボトルド・イン・ボンド」バーボンを発売し、ボトリング中心のブランドから自社蒸溜ブランドへの転換を強く印象付けた(同ブランドのアメリカンシングルモルトとライは他所で調達されている)。ディアジオのリードウイスキーブレンダーを務めるデリシア・ジェームズは次のように述べた。

「ブレット・ディスティリング・カンパニーで製造された最初のバーボンを発表できることは誇らしい成果です。ブランドのこだわりであるライ比率の高いマッシュビルと、ボトルド・イン・ボンドの基準に基づく 7 年間の熟成が特徴です。シェルビービルで私たちが追求する最高のものを体現し、自信を持って提供できる豊かで複雑な味わいのウイスキーです。バランスの取れた職人技を味わってください」

またニューリフ蒸溜所も主力製品を全米50州で販売できるようになり、自社蒸溜所だけで製造された初の10年熟成バーボンとライウイスキーを完成させた。このマイルストーン達成にあわせ、ニューリフのブライアン・スパンセ(マスターディスティラー)は次のように述べている。

「ニューリフの最初の10年間を直接的に反映した成果です。創設者のケン・ルイスが、2014年に決意した価値観がようやく具現化できました。独創性を重視し、品質を最優先する姿勢が、10年後の今ようやく成果として味わえます。私たちの理想と成長を証明する最初の10年熟成ウイスキーを味わっていただきたいと願っています」

おなじみメーカーズマークのロブ・サミュエルズ(8代目ウイスキーメーカー兼社長)が、新ブランドの「スターヒルファームズ・ウィートウイスキー」を発表。メイカーズマークは小麦を使用したマッシュビルが特徴で、バーボンの枠を越えた新境地を開拓している。

またウィレット蒸溜所のバーは2019年から開業していたが、今年になってジェームズ・ビアード賞のセミファイナリストに選出された。ウィレット蒸溜所のバーで総支配人兼ビバレッジディレクターを務めるアンディ・ポープは次のように述べている。

「ジェームズ・ビアード賞のセミファイナリストに選出されたことを大変光栄に思っています。当バーではウィレットの伝統を反映した体験をお客様に提供しており、親しみやすく行き届いたサービスでクラシックなカクテルや小皿料理をお楽しみいただけます。歴史を感じさせる雰囲気の中で、精巧に作り上げられたカクテルの魅力を感じてください」

メーカーズマークは、1953年の創業以来初めてとなる新しいウイスキーブランド「スターヒルファームズ・ウィートウイスキー」を発売した。メイカーズマークのロブ・サミュエルズ(8代目ウイスキーメーカー兼社長)は次のように述べている。

「常に高い目標を追求してきた創業者以来の哲学に導かれ、世界中のみなさまにスターヒルファームズウイスキーをお披露目します。メイカーズマーク蒸溜所で、大自然の風味の深さを解き放つべく10年続けてきた努力の成果です。スターヒルファームズウイスキーの発売で、当社のプラットフォームは拡大します。再生農業の推進を通して業界とお客さまの意識を変え、サステナブルな地球の未来に貢献できるでしょう」

またメーカーズマークは、最近の人事異動でブレイク・レイフィールド博士(マスターディスティラー)とベス・バックナー(リードブレンダー)を任命された。これまでメーカーズマークで働いてきたデニー・ポッターとジェーン・ボウイは、近くのワシントン郡にポッター・ジェーン蒸溜所を創設して新たなウイスキーづくりに乗り出している。

ケンタッキー州バーズタウンには、ヘブンヒル・スプリングス蒸溜所がオープンした。これはヘブンヒルがいわば故郷での蒸溜を約30年ぶりに再開させた画期的なニュースである。オリジナルの蒸溜所(1935年建設)は、1996年の火災で焼失していた。火災後のスピリッツ生産はルイビルのバーンハイム第2工場に移転され、現在も操業を続けている。ヘブンヒル・ブランズの共同社長であるアラン・ラッツは次のように述べている。

ヘブンヒル・スプリングス蒸溜所は、バーボン業界でもっともビッグなニュースのひとつ。火災で蒸溜所を消失したバーズタウンで、30年ぶりにウイスキーづくりを再開する。

「ヘブンヒルが故郷に帰還して、未来への大きな一歩を踏み出す瞬間です。ヘブンヒル・スプリングス蒸溜所は、バーズタウンへの深いルーツやアメリカンウイスキーへの長期にわたる献身を象徴する存在。次の90年間に向けて、さらに品質へのこだわりや誇りを伝えていく大規模な投資の産物です」

ヘブンヒル・スプリングス蒸溜所は、年間15万バレルの生産を見込んでいる。これによってヘブンヒル全体では年間45万バレル以上の生産能力となり、世界最大の独立系バーボンメーカーに躍り出る。

またヘブンヒルでは、ブランドアンバサダーを20年以上にわたって務めた「ウイスキー教授」ことバーニー・ルバーズが「ウイスキーアンバサダー・エメリタス」という新しい役職に就任した。またバーズタウンのヘブンヒル・バーボンヘリテージセンターは、ケンタッキー・バーボン・トレイルで初めてウイスキーとシガーのペアリング体験を提供する施設となった。

バーズタウン出身でジムビームの出身者でもあるマリーン・ホルムズ(テキサス州のミラム・アンド・グリーン所属)が、ウイスキー・マガジン・ホール・オブ・フェイムに選出されたことも誇らしいニュースだ。女性のディスティラーとしては、初めての選出となる快挙である。

またスピリッツ生産の成長を支える設備メーカーのヴェンドーム・コッパー・アンド・ブラス・ワークス(ルイビル)は、新しい鋼製タンク製造施設をオープンさせて蒸溜設備の需要増に対応している。

ケンタッキー蒸溜所協会会長のエリック・グレゴリーは、ケンタッキーバーボンの未来について次のように見解を述べた。

「過去200年に及ぶ歴史と伝統が、ケンタッキーを特別な場所にしています。アメリカンウイスキーを購入する際、多くの人々がラベルに聖なるケンタッキーの名前を探します。ここにはウイスキー業界に深く関与する主要機関も集中しています。だから禁酒法や不況の時代を生き延びたように、ケンタッキーバーボンは現在の困難も乗り越えてさらに強くなるでしょう。ケンタッキーの蒸溜所で生産されるウイスキーは、今も最高峰のひとつ。将来には楽観的です」