コロラドから始まるアメリカンウイスキーの新時代【後半/全2回】

文:ライザ・ワイスタック
ローズ・ウイスキー・ハウスを訪問した際、もっとも興味を惹かれたのは実験的な熟成プロジェクト用のエリアだった。
キュラソー樽で熟成中のウィートウイスキー、コニャック樽とソーテルヌ樽で熟成中のバーボン、レアード社のアップルブランデー樽で熟成中のライウイスキー。このレアード社はニュージャージー州で9代にわたってアップルジャック蒸溜所を経営している。
このように実験的な熟成は、どのような基準で決められているのだろうか。創業者のアル・ローズがそんな疑問に答えて言う。
「ベースとなるウイスキーから、それぞれの樽がどんな特徴を引き出してくれるのかを考えています。そこに特定の樽がどんな風味を付与するのか仮説を立てるのです」
レアードのアップルブランデー樽は、フォー・グレイン・バーボンにもともと含まれているリンゴの香りを強調する。ソーテルヌ樽は、ウィートウイスキーに備わっている自然なオレンジ香を引き出す。その効果は顕著で、ストレートで飲んでもカクテルのような印象があるほどだ。アルは実際に「チェリーを加えてオンザロックで飲むだけでいいんです。自分でもそうしていますよ」と言う。
「カベルネ・ソーヴィニヨン樽など、さらに強い風味をもたらす樽も使用しています。このような樽を使用する場合は、フレンチオーク材に含まれる豊かなタンニンを加えようという意図があります」
樽材の効果をしっかりと表現するには、少なくとも1〜2年は熟成させる必要があるのだとアルは主張する。
「熟成やフィニッシュの期間を延ばすことで、スピリッツとの一体感が高まった味わいになります。熟成期間の初期でさまざまな香味要素が短期間で引き出されますが、その後は香味の繊細な統合をチェックしながら完成を待ちます」
アルが「ザ・チャーチ(教会)」と呼ぶテイスティングルームは、2024年12月にオープンした「ウイスキー・サンクチュアリ」の一部だ。これは2階建てのブルータリズム建築で、4,000平方フィート(約370平米)の広さがある。
ローズ・ウイスキー・ハウスはここをテイスティングルームだと位置づけているが、実際には個性的な部屋が連なった構造になっており、それぞれの部屋で没入型の体験を提供している。建物の2階部分にあるバーは、ゴシック様式の骨組みにモダンで華やかな雰囲気を備えている。
バーの薄暗い照明の下では、ダークウッドのテクスチャーがドラマチックに照らし出され、打ちっぱなしのコンクリートやステンドグラスが印象的だ。スリムな馬蹄形のバーカウンターでは、幅広いカクテルが楽しめる。ウイスキーサワーやオールドファッションドなどのクラシックなカクテルから、「ピーチとバジルのウイスキースマッシュ」といった意外なアレンジのレシピまでが豊富に用意されている。もちろん個々のウイスキーのテイスティングも可能だ。
だが蒸溜所でもっとも目を奪われるのは、バーに隣接するラウンジかもしれない。洗練されたアップタウンスタイルの内装に、温かい木造キャビンのような居心地の良さが絶妙に調和している。壁にはヴィンテージ・ウエスタンをテーマにした現代アート作品が展示され、広大な窓からは西側の山々が望める。コロラドらしい自然の壮大さを広角で取り込み、アルが理想とするウイスキーの世界に寄り添わせたような空間だ。この「ザ・チャーチ」は、2011年にオープンしたオリジナルの蒸溜所の拡張施設である。
かつてのアルは、マンハッタンでエネルギー業界の調査アナリストとして働いていた。過酷な競争社会に疲弊していたアルだが、ウイスキーへの情熱は年を経るごとに高まっていた。ウイスキーのコレクションにも没頭し、結局は金融業界でのキャリアを棒に振ることになった。
だがそれは、アルに「情熱を追え」と告げる天の采配だったのかもしれない。幸運なことに、アルは会社からデンバーへの転勤を告げられてウォール街を後にする。地理的にも、感情的にも、アルはすっかりかつての自分を抜け出すことができたのだ。
アルが見つけた蒸溜所のスペースは、かつてポルノビデオの発送に使われていた倉庫だった。最初にアルがこの話をしてくれたとき、私は「ポーン」(ポルノの意味)と「コーン」を聞き間違えていた。コーンの倉庫なら理にかなっているからだ。アルは今でも前の住人あてに間違えて送られてくる荷物をときどき受け取っているのだという。
豊かな水源地への恩返し
蒸溜所の主力製品は、伝統の穀物へのこだわりを体現したものだ。ローズ・ウイスキー・ハウスのウイスキーは、アルが「4種類のマザー・グレーン」と呼ぶ穀物を原料としている。すなわちコーン、大麦、ライ麦、小麦だ。
スタンダード品である「フォーグレーン・ストレートバーボン」と「ストレートライ」に加え、「カスクストレングス」と「ボンデッド」も販売している。このうち「カスクストレングス」は、2024 年のワールド・ウイスキー・アワードで「ワールドベスト・スモールバッチバーボン」を受賞した。ちなみに同年のワールド・ウイスキー・アワードでは、コロラド州の蒸溜所7軒がワールドベストを受賞している。
だが目下のところ、アルがもっとも力を入れているのは「ヘッドウォーター・シリーズ」なのだという。アルはこのシリーズを通して、環境問題の解決を目指している。これはアルのアクティビストとしての真骨頂と言ってもいいだろう。
コロラド州の水路には、他州と異なる独特な問題がある。空から降ってくる雨水でさえ、降った場所によって所有権が決まるのがコロラドだ。水脈がある土地のほとんどは、取水権と共に売却されるのだとアルは説明する。
「アメリカの西側にはありがちなのですが、取水権はここでも複雑です。そしてあらゆる水源が脅威にさらされています」
ヘッドウォーター・シリーズは、数量限定で毎年リリースされる。それぞれの商品は、州内の川へのトリビュートというコンセプトになっている。テーマとなる川は、いずれも干ばつが深刻化している川だ。ヘッドウォーター。リリースの売上の一部(10%)は、関連する非営利団体に寄付される。
このシリーズの第2弾にあたる「リオグランデ・ライ」は、今年5月に発売された。サンルイスバレーで栽培された伝統品種100%のライ麦を原料とし、ボトリング時の度数調整にはリオグランデの浄水を使用している。
シリーズの第1弾は、2024年6月に発売された「コロラドリバー・フォーグレーン・ストレートバーボン」だった。このバーボンは、ロッキーマウンテン国立公園のすぐ外で採取したコロラド川の浄水で度数調整したものだ。
アルの「大地から受け取ったら、大地にお返しをする」という理念は、ウイスキーのラベルにもあしらわれた結び目のマークに象徴されている。これは「無限大」(∞)の図案をさらに複雑化したデザインだ。
「無限大のイメージは、芸術性と技術の継続的な向上を意味するもの。私たちが信じることを継続することで、少しずつ良くなっていきます。そして時間への敬意と尊重を片時も忘れることはありません。ウイスキーづくりには時間がかかるもの。近道はできませんから」