樽熟成の工程にひねりを加えることで、熟成の質や時間を効率化できるのか。ウイスキーの熟成にまつわる未知の可能性を探る2回シリーズ。

文:マーク・ジェニングス

 

ウイスキーの熟成は科学であり、人類が何世紀もの時間をかけて継承してきた芸術だ。自然の作用をじっくりと待つ忍耐深さの賜物でもあり、スピリッツと樽材が相互に作用する分子レベルのプロセスと見ることもできる。

ウイスキーは、伝統的にオーク樽で数年以上熟成される。その間にゆっくりと化学変化が起こり、スピリッツに深みや複雑さが備わってくる。この効果のことを総称して、私たちは「熟成」と呼んでいる。

このプロセスはウイスキーというドリンクの本質に関わるものだ。そのため「ウイスキーの熟成は時間だけがもたらす」と考える蒸溜所は多い。その時間を端折ってはいけないという伝統重視の立場は根強くある。

スウェーデンのアジテーター蒸溜所でヘッドディスティラーを務めるオスカー・ブルーノ。樽熟成以前のすべての工程も、熟成によって香味を完成させるための前準備だと考えている。メイン写真はアジテーター蒸溜所のポットスチル。

しかしウイスキー産業が世界に拡大し、消費者の需要が増加する中で、一部の蒸溜所が熟成プロセスに工夫を試みるようになった。何らかの方法で熟成を加速したり、熟成の効果を洗練させたりする方法の模索だ。これらの革新的な熟成技術は、ウイスキー業界の専門家と消費者の双方から大きな議論を巻き起こしている。

ウイスキーメーカー各社は、独自にウイスキー製造の科学と技術を改善しながら限界を押し広げている。そんななかで、ウイスキー業界は必然的な疑問に直面する。もっとも時間がかかるウイスキーの熟成工程を、その本質を損なうことなく改善することは可能なのか。

スウェーデンのアジテーター蒸溜所は、ウイスキー製造の革新をリードする存在だ。ウイスキーの個性を決定する熟成と蒸溜の役割について、長年の通説を覆すような実験を続けている。

アジテーターが特に真剣に取り組んでいるアプローチは「真空蒸溜」だ。通常の大気圧で行われる従来方式の蒸溜とは異なり、真空蒸溜ではスピリッツの沸点が下がる。これでさらなる蒸溜の制御が可能になり、高熱蒸溜では失われてしまう繊細な香りの成分を保つことができるというのがアジテーターの主張だ。

温度と気圧を慎重に管理し、真空蒸溜によってスピリッツをクリーンな酒質にできる。そのクリーンな酒質によって、樽熟成の期間が短縮できることになる。そんなアジテーター蒸溜所の主張をいったん信じるとしても、すぐに別の疑問が浮かんでくる。不要な化合物を首尾よく早期に除去できたら、樽内でウイスキーの香味が均衡点に達するまでにどれくらい時間が短縮できるのだろうか。

ウイスキーの熟成において最も見落とされがちなのは、スピリッツが樽入れされる前までの工程だ。アジテーターでは、発酵が単なる製造工程の一部分ではなく、ウイスキーの個性を形作る機会と捉えている。発酵によって生じた複雑な風味の要素が、熟成によって時間をかけながら育っていくという考え方だ。

アジテーターのヘッドディスティラーを務めるオスカー・ブルーノは、次のように説明している。

「発酵期間を長くすることで、最初から飲みやすいウォッシュができます。発酵の段階は、最終的な香味を構築する上で非常に重要です」

発酵時間を延長することで、アジテーターはよりフルーティーでフローラルなエステル系の香味を引き出している。その結果として、樽熟成が長期に及ばなくても香味の複雑さが得られやすくなるのだ。
 

スコッチの規制に縛られない熟成方法の開拓

 
スコッチウイスキーにまつわる規制は、スコッチならではの一貫性を確保するためにある。その一方で、その規制の細部にはかなり具体的な制限も示されている。ウイスキー専門家のビリー・アボットは次のように分析している。

「スコッチウイスキーの規制やスコッチウイスキー協会による定義の解釈は、多くの人が考えるよりも広い範囲に及びます。その厳格さは、おおむねちょうど良いレベルではないかと個人的に思っています。確かにシードル樽は使用不可なのにテキーラ樽が使用できるなど、ちょっと恣意的な感じがする部分もあります。でもほとんどの規制は合理的で、スコッチウイスキーの香味構成を合理的な範囲内に保つことに貢献しています」

アジテーターはスウェーデンの蒸溜所なので、このようなスコッチ特有の制約には縛られずに操業できる。このような蒸溜所は、伝統的なオーク材以外の樽材を自由に試す余地もある。だがそのような自由を結実させるには、革新を推し進めながらも既存のウイスキーらしいアイデンティティとバランスを取らなければならない。

アジテーター蒸溜所では、熟成を効率化させるために長めの発酵時間を採用する。樽入れの度数を落とすことで、口当たりや熟成効果に良い影響があることも発見している。

このような規制環境の違いは、アジテーターが既存の概念を超えて挑戦できるように後押ししてくれたのだとブルーノは説明する。

「最初はもっぱらオーク樽での熟成から始めました。なぜならオーク樽がもっともよく知られた樽だからです。でもスウェーデンは欧州連合(EU)に属しているので、従うべきはEUのウイスキー製造法です。これはスコットランドの規制とは大きく異なるので、そこに独自の特徴を出せる余地もありました。オーク材以外で、最も一般的な樽材といえば栗材でした。栗材で熟成したスピリッツは色味が強く、タンニンが多く、面白いドライフルーツのようなニュアンスがあります。でも組み上げた樽が漏れやすいという欠点もわかったので、現在は主に後熟に使用しています」

このように柔軟な規制環境を活かし、アジテーターは伝統的な熟成方法の境界を押し広げて独自のスタイルを開発している。一連の実験によって、樽材の種類が風味の形成に重要な役割を果たすことが示唆されてきた。

アジテーターは、熟成時の重要な要素である「樽入れ時の度数」についても伝統から逸脱したアプローチを採用している。スコッチウイスキーでは、伝統的に63.5% 以上のアルコール度数でスピリッツを樽に充填する。だがブルーノのチームは、別のアプローチも採用することにした。

「スコットランドでは常に63.5% 程度のアルコール度数で充填されますが、その理由についてはっきりとしたことはわかっていません。理由を尋ねると、『使用済みの樽が取引しやすくなるから』といった経済合理性にまつわる答えが返ってきます。でも品質に関する答えはまったくないのです。研究結果によると、やや低めの度数(50~55%)で樽入れしたほうが、ウイスキーの口当たりが滑らかになって、風味を豊かにする成分がより短時間で抽出できることもわかりました」

低めの度数で樽入れをしたアジテーターは、樽から水溶性成分とエタノール溶解性成分を効果的に抽出できるようになった。これによって、口当たりがまろやかで複雑な香味をスピリッツに短期間で付与できるのだという。ウイスキーをボトリングする際には、希釈に必要な水の量も少なくて済む。そして熟成したスピリッツの強度も保たれるのだ。

精緻な樽材の取り扱いに、戦略的な樽入れ度数を組み合わせることが、アジテーターのウイスキーづくりの哲学に寄与している。生産の各段階を最適化して、何十年という長期熟成なしでも完全に熟成したウイスキーを生産することこそが目的だからだ。
(つづく)