オークニー諸島の新時代【前半/全2回】

文:ガヴィン・スミス
オークニー諸島は、スコットランド本土の北に浮かぶ島々だ。ここでは1928年にストロムネス蒸溜所が閉鎖されて以来、ほぼ1世紀にわたって2軒のウイスキー蒸溜所が操業を続けてきた。しかしここ数年の変化で、ウイスキー蒸溜所の数は4軒に倍増した。訪れるウイスキーファンの見学先も2倍になり、オークニー産のウイスキーを味わえる機会も増えている。
歴史あるハイランドパーク蒸溜所(www.highlandparkwhisky.com)は1798年の創業で、スキャパ蒸溜所(www.scapawhisky.com)は1885年の創業だ。だが新しい2軒の蒸溜所は、つい最近になってウイスキーをつくり始めたばかりだ。
そのひとつであるオークニー蒸溜所(www.orkneydistilling.com)は、2016年に地元住民のスティーブン・ケンプとアリー・ケンプの夫妻によって設立された。オークニー諸島の中心地であるカークウォールの港湾地区に位置する。開業からもうすぐ10年になるが、ウイスキー用のスピリッツが初めて蒸溜されたのは2024年3月のこと。ちょうど同じ頃に、20kmほど離れた場所でディアネス蒸溜所(www.deernessdistillery.com)も初めてのウイスキー製造をスタートさせた。
ケンプ夫妻が最近までウイスキーをつくっていなかったのは、オークニー蒸溜所の主力製品がジンの「カーキュヴァー」だったからだ。それでもウイスキー製造に乗り出そうという意欲は早期から持っていたのだという。
そして長年の友人であるトニー・リーマン=クラークがオークニー蒸溜所の取締役に就任したことで、ウイスキー製造の夢が実現することになった。トニーはパースシャー州にあるストラスアーン蒸溜所の創設者でもある。
オークニー蒸溜所ははまずパイロット工場で試験的にシングルモルト原酒を蒸溜し、本格的なウイスキー製造に移行した。現在はマッシュタン1槽(容量0.5トン)、発酵槽4槽、そして長いネックと球根状のヘッドを備えたホーガ社製のアランビック蒸溜器3基(容量1,000リットル)を稼働させてウイスキーの原酒を生産している。軌道に乗せたトニーが経緯を振り返った。
「国際ウイスキーの日に蒸溜を開始できたのは、単なる偶然でした。でもオークニー蒸溜所は、あの日にオークニーで139年ぶりに誕生したシングルモルト蒸溜所になったんです。年間生産量は、約3万リットル。蒸溜器はすべて容量1000リットルですが、そのうち2基が初溜用で、残りの1基が再溜用です」
オークニーのテロワールを表現
オークニー蒸溜所で製造されるウイスキーのスタイルについて、トニーが詳細に説明してくれた。
「主要なハウススタイルは、ノンピートとライトリーピーテッドの2種類。オークニーらしい風味の構築は、まずマッシュタンの上にあるグリストケースから始まります。私は個人的に風味の豊かなビール用モルトの信奉者です。ノンピートのモルトは、マリスオッターとスコテッシュポットスチルモルトのブレンド。ライトリーピーテッドは、ヘビーピーテッドモルト、マリスオッター、スコテッシュポットスチルモルトをブレンドします。発酵は低温で時間をかけ、ゆっくり2回蒸溜することで甘味の強いフルボディのスピリッツが生まれます。フルボディながら、重すぎない口当たりも特徴です」
トニーの推定によると、最終的なウイスキーにおける香味要素の約40%がスピリッツ由来で、残りの約60%が樽由来になるそうだ。ビール用モルトの風味が豊かな分、通常よりスピリッツの個性が強く押し出されるのだという。
蒸溜所のチームは、ノンピートとライトリーピーテッドのマッシュビル2種類に対して、それぞれペドロヒメネスシェリー樽、オロロソシェリー樽、そしてさまざまな産地のオーク新樽(フランス産、スペイン産、アメリカ産、セルビア産など)も組み合わせて調和のゆくえを探求しているところだ。
トニーはこれまでも似たような設備でさまざまなスピリッツのスタイルを模索してきた。その過程で生まれた膨大なサンプルのライブラリがあり、その中には樽内で10年ほど熟成させたスピリッツもある。
「当てずっぽうで結果を推測しているわけもありません。むしろこれまでに培ってきた知識をさらに洗練させていく贅沢な実験だと思っています」
オークニー諸島の蒸溜所は、その大半がウイスキーの製造に地元産の原料を使用している。特にハイランドパークは、ホビスター・ムーアで採掘した地元産のピート風味が特徴だ。ホビスター・ムーアはヒースの花が咲く湿原で、このヒースが炭化したピートが独特な燻香をもたらす。このピートによって、ハイランドパークのシングルモルトは特徴ある芳わしいスモーキーな香味を獲得している。
オークニー諸島だけでなく、ヘブリディーズ諸島でもウイスキーづくりの採用されている伝統的な大麦品種が「ベア大麦」だ。ここオークニーで新しく設立された2軒の蒸溜所は、いずれもベア品種の使用を決めている。スキャパ蒸溜所もベア大麦のバッチからスピリッツを蒸溜しているが、親会社のシーバス・ブラザーズは、このバッチから単独の商品を発売する予定を明かしていない。
ベア大麦は、英国で栽培されてきた穀物でも特に古い伝統品種だ。多くの伝統品種がそうであるように、スピリッツの個性を高めてくれる利点がある。だが同時に数多くの欠点もあって、一般的な使途の栽培は衰退した。ハイランドパークが最後にベア大麦を使用したのは1926年という記録も残っている。
ベア大麦は1エーカー当たりの収量が低く、1トン当たりのスピリッツ生産量も少ない。収穫前に風で倒れやすく、またウイスキーの製造工程でも手がかかる。粘土が高いため、マッシュタンなどの容器類やバルブを詰まらせてしまう傾向があるのだ。
こうした欠点にもかかわらず、アイル・オブ・アランやブルックラディなどの蒸溜所でベア大麦の使用が継続されている。そしてベア大麦を原料とするウイスキーを発売するたび、その味わいが高く評価されているのだ。オークニー蒸溜所も、このベア大麦に注目しているのだとトニーは語る。
「ベア大麦でスピリッツを蒸溜する計画はずっと検討しています。これまで2年間にわたって、オークニーの製麦業者であるバロニー・ミル社と協議を重ねてきました。ただしベア大麦100%にはしません。過去の経験から、マッシュの10~20%をベア大麦にするとウイスキーに素晴らしいナッツ風味が加わることがわかっています。それ以上加えると、マッシュタンに詰まって糖化工程が困難になり、ウイスキーの風味も平板になるんです。これはあくまで私の見解なので、他のディスティラーやブリュワーには違う意見もあるでしょう。そのような意見の相違も、ウイスキーづくりの素晴らしいところです」
オークニー蒸溜所は、ラム酒の生産も計画している。ラム酒の熟成が軌道に乗った後は、モルト原料のニューメイクスピリッツをラム樽に詰める予定なのだとトニーは明かす。
「ラム樽はフィニッシュに使用するのではなく、最初からラム樽で熟成させるアプローチを検討しています」
(つづく)