ウイスキー業界にとって、フードペアリングは終わりなき挑戦だ。互いにメリットのある事業者と手を組み、斬新で魅力的なコラボの輪が広がっている。

文:ルーシー・ローズ

 

英国の首都ロンドンでは、新しい飲食店が雨後の筍のように次々とオープンしている。そのすべてを追いかけるのはほとんど不可能だが、「アクメ・ファイヤー・カルト」の登場には誰もが注目せざるを得なかった。そこは飲食業界で確固たる地位を築いた創業者たちが、叡智を結集させたレストランだからだ。英国で人気が高まりつつある屋外レストランの最新形態で、素晴らしいグリルと燻製の料理を呼び物にしている。

スカイ島のタリスカー蒸溜所と地元レストラン「スリーチムニーズ」のコラボレーションは、フードペアリングを基軸にしたコラボの成功例。蒸留所内でもレストランを営業し、ウイスキー観光の定番になっている(メイン写真)。

このグリルレストランに、ウイスキーのピート香を結びつけようと2023年から参入しているのがアードベッグだ。共同メニュー開発するだけではなく、アードベッグで初めてとなるバーベキューをヒントにしたウイスキーも商品化して踏み込んでいる。

限定発売の「アードベッグ ビザールバーベキュー」は、アードベッグ製造最高責任者のビル・ラムズデン博士とDJ BBQことクリスチャン・スティーブンソンによる大胆なコラボ。ダブルチャーを施したオーク樽、ペドロヒメネスシェリー樽、アードベッグバーベキュー樽という熟成樽の組み合わせで香味を仕上げている。甘みやピリリとした辛さもあり、風味豊かな燻製料理のバーベキューを想起させるウイスキーなのだ。

アードベッグを知るウイスキーファンなら、その味わいには当然のように濃厚な飲み応えを期待するだろう。アイラモルトならではのスモーキーなピート香を押し出しながら、火力を用いて風味を浸透させる。それはグリルと蒸溜の共通点でもある。

アクメ・ファイヤー・カルトのバーマネージャーを務めるジェイミー・バーターは、この限定品を「ハリッサ・ペニシリン」などの個性的なカクテルにも昇華させてコラボレーションの価値をさらに高めた。アードベッグカクテルとデザートは1ヶ月限定のスペシャルメニューとして提供され、ウイスキーを基調にしたレストランでのバーベキュー体験を格上げする。

フレーバーの探求において、グレンモーレンジィはあくなき実験精神に定評がある。最新のフレーバー探求を具現化した「グレンモーレンジィ アイスクリーム」の発表にあたっては、グラスゴーにある手づくりアイスクリームの人気店「ノウィタ」と提携した。

ノウィタのチームは、「グレンモーレンジィ アイスクリーム」が持つ濃厚なバニラの香りを称えるように、フレッシュバニラと桃のコンポートを全体に絡めた特製アイスクリームを開発。このウイスキーとアイスクリームを多くの人々に味わってもらうため、ノウィタとグレンモーレンジィは試食会を開催した。
 

コラボ相手が互いに新フレーバーを発売

 
コラボから生まれたウイスキーとアイスクリームは、どちらもディナーの後の贅沢な時間を象徴しながら互いの境界線を曖昧にする。グレンモーレンジィのマスターブレンダーを務めるジリアン・マクドナルドは、バーボン樽で熟成させたシングルモルトの他に、特別にトースト処理した高バニリン樽で熟成した原酒も融合して濃厚なバニラ香を引き出した。

熟した桃、バニラ、ココナッツの香りが波打つような味わいは、甘美なノウィタのアイスクリームに対するオマージュでもある。

ウイスキーとホスピタリティの世界には、洗練されたテイスティングメニューや複雑なペアリングの余地がまだまだある。最高のコラボレーションとは、消費者が楽しめる風味のシンプルさを融合させてくれる。このような機会を提供することで、ウイスキーとの出会いを躊躇していた層も最初の一歩を踏み出せるのである。魅力的で意外なブランド同士のコラボは、新たな愛好家を確実にウイスキーの世界へ導いている。

厳選したクラフトビールとウイスキーのセットで、宅飲み派の心をつかんだハートカット。ウイスキーファンでビールが嫌いな人はほとんどいない。

スカイ島、スペイサイド、ロンドンなどへ足を運べない人々のために、嬉しいコラボレーションによって英国中にさまざまな味覚体験を提供するブランドもある。その一例がハートカットだ。英国各地のビール醸造所と連携し、ビールとウイスキーのセットを「ハーフ&ハート」と称して宅配している。

宅飲みが中心のウイスキー愛好家との接点を見出したハートカットは、英国各地のビールの味わいを家庭に届けることで、絶妙なペアリングの強みを発揮したのである。これはカテゴリーを超えたコラボレーションの妙案であり、確実に関連性のあるドリンクの人気を活用したプロジェクトである。

大規模なコラボレーションができるのは、予算が潤沢なブランドに限られるようにも見えるかもしれない。だがフレキシブルな提携の方法を探ることで、蒸溜所のファンに特別な瞬間を提供できることもある。

もちろん、タリスカーとスリーチムニーズのような最高水準のクロスオーバーを目指してもいい。だが知恵を絞ったポップアップイベントや一夜限りの単発プロジェクトも、ブランドが注目を集めて他社との差別化を図る機会となり得る。

世界中の人々が、生活費の高騰から影響を受けている。そんな時期には、気軽に参加できる思慮深いイベントがありがたい。あらゆるウイスキー愛好家に、参加のチャンスを提供できる最適な手段はまだまだあるだろう。

西洋では、長年にわたってワインが食中酒としてダイニング体験を支配してきた。その一方で、スピリッツと料理のペアリングへの関心も、緩やかではあるが確実に普及している。独創的なカクテルのレシピによって確固たる地位を築いたウイスキーは、その影響力を料理の領域へと拡大しつつある。ワイン以外のドリンクと食事をペアリングしてみようと考える人々にとって、そこには無限の未開拓なエリアが広がっているのだ。

名高いシェフたちが、ウイスキーの個性を活用した料理に注目し始めてから数十年が経つ。ウイスキー愛好家もようやくこの旅に加わり、風味の実験を探求する時が熟したようだ。この探求は、ウイスキーとチョコレートのようなありきたりの組み合わせをはるかに超えたものだ。

ウイスキーブランドによるコラボレーションの可能性は無限であり、蒸溜所や飲食店にとっても豊かな探求領域である。今後どんな蒸溜所が新しいプロジェクトに参入するか、楽しみに注視していきたい。