ウイスキーづくりの芸術とスモークの科学。デザイン主導の新しいビジターセンター。暗黒時代を乗り越えて復活したポートエレン蒸溜所は、新しいアイラの象徴として旅人を迎えている。

文:ジョエル・ハリソン

 

世界恐慌、禁酒法、世界大戦という混乱の時代に、1930年から1967年までの長い閉鎖期間を経験したポートエレン蒸溜所。だが生産を再開してすぐに、1970年代から80年代にかけてさらなるウイスキー不況がやってくる。ポートエレンは1983年に再び閉鎖され、この時は蒸溜器も撤去された。現在のポートエレン蒸溜所でシニアグローバルブランドアンバサダーを務めるユアン・ガンが、蒸溜器の行方について次のように語っている。

「インドの蒸溜所に売却されたことまではわかっていますが、オリジナルのスチルが今どこにあるのかは不明です。有名なスピリッツセーフは関税局の博物館に移され、その後オークションにかけられました。このスピリッツセーフも、今となっては所在が知れません」

新しいポートエレン蒸溜所で、実験的な香味の追求を打ち出しているマスターブレンダーのアイメ・モリソン。目指すのは、科学に基づいたスモーキーフレーバーのアップデートだ。

こうしてポートエレン蒸溜所の状態は 「モスボールド(休業中) 」から 「ロスト(廃業) 」へ完全に移行。敷地にはポートエレン製麦所だけが生き残った。製麦所は、アイラ島の各蒸溜所が必要とする大麦モルトの一部を供給する契約を結んでいたので存続できたのである。

そして時は過ぎて2017年10月。ポートエレンのオーナーであるディアジオは、アイラ島でほとんど伝説化していたポートエレン蒸溜所の再興計画を明らかにした(同時期にハイランド北部にあったブローラ蒸溜所の再興も発表)。復活までの道のりは長かったが、2024年3月にようやく稼働を再開。蒸溜器からスピリッツが流れ出し、沖合の船では港の向こうにある蒸溜所の明かりが見えた。

ポートエレン蒸溜所の復興計画に則って、2組の銅製ポットスチルが設置された。そのうち1組は不死鳥の如く甦った経緯へのリスペクトを込めて「フェニックススチル」と名付けられている。これは失われていたオリジナルのポットスチルを忠実に再現した設計だ。もう1組は実験的な小型のスチルで、ディスティラーがさまざまな条件で蒸溜工程に調整や改良が加えられるように設計されている。

このスチルについて、説明してくれたのは蒸溜所長のアリ・マクドナルド。海を隔てたスコットランド本土のロッホギルヘッド町出身だ。

「これらの実験的なスチルは、リベットではなくボルトで固定されている部分があります。蒸溜工程を変えてさまざまにスピリッツのスタイルを試してみるために、スチルの一部を取り外して異なる形やサイズに変えることもできるのです」

ポートエレンの実験的なスチルには、古い伝統を受け継ぐユニークな10分割式のスピリッツセーフが取り付けられている。見た目は電話交換機のようでもあるが、この容器によって蒸溜時のスピリッツを細かく分割し、ヘッドとテールを取り除いたハートの部分をより細かく正確に切り離すことができる。

これは画期的なスピリッツの実験設備であり、スモーキーなスコッチウイスキーの香味についてさまざまな条件から分析する助けになる。より深い理解と知識を得た上で、さまざまなタイプのスモーキーなウイスキーを開発し、香味のタペストリーとも呼べる多彩な原酒をつくり分けるのもポートエレンの狙いだ。

このプログラムは、ポートエレンのマスターブレンダーを務めるアイメ・モリソンの指導のもとに考案された。この蒸溜所では、ウイスキーづくりの芸術性を理解する鍵として、何よりも科学的な知見が重視されているのだ。
 

モダンな日本風のビジター体験

 
発酵室には、オレゴンパイン材のウォッシュバックが6槽設置されている。フェニックススチルでの生産は、7.5トンのマッシュがワンバッチとなる。実験用のスチルにはさまざまなバッチサイズが使用されているが、発酵時間はどちらも98〜130時間とかなり長めだ。

最先端の蒸溜所と並んで、ポートエレンにはモダニズムを体現したようなビジターセンターもある。スカンジナビア風のすっきりとしたラインに、日本的なデザイン美学が融合した雰囲気だ。そこに温かみのある心地よいスコットランドのテイストが盛り込まれているが、あえてタータンチェックやツイードの伝統を主張せず、在部まで考え抜かれたデザインがブランドの決意を伝える。

ポートエレン史上最高酒齢の2本組セット「ジェミニ」は274セットの限定発売。ポートエレンの歴史を振り返りながら、未来への意欲も感じさせるリリースだ。

蒸溜所ツアーは90分200英ポンドからで、要望に応じたオーダーメイドのツアーも実施可能だ。毎月第1土曜日には、地元の島民が無料で見学できる。かつてのキルンはテイスティングルームに改装され、ウイスキーの風味についてもっと知りたいゲストたちが豊かな時間を過ごす。テイスティングルームは、サンプルのウイスキーが入った夥しい数のボトルで飾られている。ディアジオのモルト蒸溜所とグレーン蒸溜所を網羅し、その巨大なポートフォリオを誇るような空間だ。

極めてミニマルなデザインの空間で、熟成したウイスキーのボトルが背後から照らされる。その美しい琥珀色の透過光が、ビジターの安らぎを誘うのだ。

ポートエレンのリニューアルオープンという歴史的な事業を記念して、ディアジオはポートエレン史上最高酒齢の2本組セット「ジェミニ」を発売した。どちらのボトルにも1978年に蒸留された酒齢44年のウイスキー。どちらもヨーロピアンオーク樽で熟成されたウイスキーが入っている。

「ジェミニ・オリジナル」(アルコール度数54.9%)は、ウィリアムズ&ハンバート・ウォルナット・ブラウンのシェリー樽で熟成したもの。もうひとつの「ジェミニ・レムナント」(アルコール度数53.6%)は、オロロソシェリー樽で熟成されている。この特別な商品は274セット限定で、価格はペアで45,000英ポンドである。

アイラ島を訪れる観光客は、フェリーでポートエレンから到着することが多い。ポートエレンは、アイラ島に2つあるフェリー乗り場のひとつだ。

本土からのフェリーは、アイラ島の南海岸に回り込んで進む。キルダルトン地区の沖合を航行するとき、乗客は有名な蒸溜所が誇らしげにペイントした巨大なブランド名を海上から眺めることになる。

貯蔵庫の白い漆喰壁に描かれた「ラフロイグ」「ラガヴーリン」「アードベッグ」などの文字。この眺めの中に、ようやく伝説の「ポートエレン」も復帰した。ウイスキーの聖地アイラは、未来に向けてますます魅力を増している。