プルトニー蒸溜所を訪ねて【前半/全2回】
文・ガヴィン・スミス
その昔、スコットランド北部がニシン漁の季節になると、ウィックの港は1,000艘もの漁船を迎え入れた。その賑わいぶりは、船のデッキ伝いに歩いて湾を横断できるほどであったという。大勢の船乗りと塩漬け作業の女性が町に溢れかえり、ときに羽目を外した大騒ぎが起こっていたことは想像に難くない。当時の資料によれば、1日あたり500ガロン(2,300L)ものウイスキーが消費されていたというから驚きだ。
かつて栄華を誇ったスコットランドの漁港の大半がそうであるように、現在はケースネス地方の港もかなり静かになった。停泊しているのは蟹やロブスターを獲る小さな漁船が中心で、他には再生エネルギー産業関連の輸送品が往来する程度である。
ウィック港は、スクラブスター港とともにスコットランド最北の郡における主要港だった。この地域はゲール人よりもバイキングの影響が色濃く残っている。漁業の中心地としてのウィックは、19世紀の初頭から隆盛が始まった。大量の船が停泊できる港を整備すると、英国漁業協会の出資によって居住区となる町も建設。漁協の会長を務めていた資産家ウィリアム・プルトニー卿にちなんで、町はプルトニータウンと名付けられた。
19世紀半ばには、造船技術と灯台建築で有名なスティーブンソン家がウィックの防波堤を建設した。だがこの防波堤は、2回の嵐で破壊されてしまう。防波堤建設プロジェクトを指揮したのはトーマス・スティーブンソン。彼の息子ロバート・ルイス・スティーブンソンは『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』などの傑作を著した作家である。ウィックの都市計画に関わっていたスティーブンソン家は、ウィックの町にも住んだ時期がある。だが作家にとってウィックの町はお気に入りと言い難かったらしく、エッセイ『技術者の教育』(1888年刊)のなかで「ウィックは男たちの町のなかでも特に不親切で荒っぽい町」と評している。
1826年、その荒っぽいプルトニータウンで、ジェームズ・ヘンダーソンが蒸溜所を建設した。ヘンダーソンは、それまでウィックから16マイルほど西にあるハルカーク近郊のステムスターでウイスキーをつくっていた人物である。1880年代半ばに書かれたアルフレッド・バーナードの著作にこんな記述がある。
「ヘンダーソン氏はほぼ30年にわたって内陸のほうに小さな蒸溜所をひとつ所有していたが、自分のつくるスピリッツの需要が増してきていることに気づいて、海に近い場所で蒸溜所を創設することに決めた。当時はこの地域から南へ人や物を送るのに、海路を使うしかなかったからである」
酔いどれの町に訪れた禁酒時代
ヘンダーソン家による経営が続いた後、プルトニーは1920年にダンディーのブレンデッドウイスキーメーカー「ジェームズ・ワトソン&カンパニー」によって買収された。その5年後、ワトソン社は大企業ディスティラーズ・カンパニーに吸収され、同社が1930年にプルトニーでの生産を終了してしまう。世界的な不況の波が押し寄せていただけでなく、プルトニーの町ではなんとアルコール飲料が全面的に禁止されてしまったのだ。
スコットランドにも、禁酒法時代は確かに存在した。というよりも、正確には自治都市のウィックが1925~1947年にアルコール禁止の「ドライ」な町になった。この禁酒法は、19世紀から20世紀にかけてウィックが酔いどれの町として悪名を轟かせた因果応報でもある。毎日500ガロン(2,300L)のウイスキーを飲み干す町が、万人に健全な環境とは言い難い。
そんなこともあって、プルトニーは1951年にバンフ在住の弁護士バーティーことロバート・カミングに買収されるまで沈黙を保っていた。そのわずか4年後、カナダの大手ウイスキーメーカーであるハイラム・ウォーカーが、カミングからプルトニー蒸溜所を買収する。戦争も終わって時代が変わり、ハイラム・ウォーカーはスコッチウイスキーの分野に大きく進出したいと考えたのである。
プルトニー蒸溜所は、1958~1959年に総合的な第1期再建計画を実施した。現在の外観がほぼ出来上がったのはこの時期である。1961年にアライド・ブルワリーズがプルトニーを購入し、同社がアライド・ドメクと社名を変えた後も操業を続ける。だが1995年に蒸溜所を手放して、インバーハウス・ディスティラーズ(現在はタイビバレッジ傘下)にシングルモルトブランドを売却した。このため現在のプルトニーは、いずれもスコットランドにあるスペイバーン、バルメナック、ノックデュー、バルブレアと同門の蒸溜所ということになる。
インバーハウスによる買収の2年後、12年熟成のオフィシャルボトル「オールドプルトニー」が発売された。受賞歴がもっとも多く、オールドプルトニーで最も有名な製品である。「海のモルト」と謳われたオールドプルトニーは、漁業で有名な本拠地ウィックの伝統をブランドイメージに取り入れている。オールドプルトニーの商品には塩気を感じさせる繊細な味わいがあり、それが海のイメージとしっかり関連付けられているのだ。
(つづく)