世界中で再び脚光を浴び始めているライウイスキー。その魅力を最大限に表現するため、メーカーはどのような工夫を凝らしているのだろうか。イアン・ウィズニウスキと識者たちの対話。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

ビッグで、リッチで、スパイシー。ライウイスキーの特徴を表現する一般的なキーワードだ。他の穀物原料との違いは、ライウイスキーの個性を打ち出すアイデンティティーになる。

その一方で、ライウイスキーには万能性に欠けるというイメージもある。オペラにおけるバス歌手のように、高音域を表現できない特殊なジャンルだと思われているのだ。

アドナムスのヘッドディスティラーを務めるジョン・マッカーシー氏。アドナムスはイングランドのサフォーク海岸にあるサウスワルドで革新的なビールやスピリッツを生産している。

だが実際には、ライウイスキーの味わいは幅広い。特有のスパイシーな風味と対象的な甘味、フルーツ香、土っぽい味わい、フローラルな印象などを複雑に表現することもできる。だがライの潜在力を最大限引き出すには、生産工程の細部を厳密に調整しなければならない。さもなければ、ウイスキーがひどい仕上がりになってしまう難しい原料なのである。

例えば糖化工程での水温も、ライ麦の特性にしっかりと合わせなければならない。温度が低い場合はうまく糖分を引き出せずに終わり、逆に高すぎると「ライボール」と呼ばれるゴルフボール大の塊が表面を覆う。その結果、液面だけで糖化がおこなわれる不完全な出来映えになる。

どちらの場合も加熱前のライ麦に含まれるデンプン質はうまく糖分に変換されず、生産効率や一貫性やアルコール収率などを損ねてしまう。結果的にスピリッツも望ましくない特性を備えることになるのだ。

またライは糖化時に粘り気のあるドロドロとした液体となるため、取り扱いが難しい側面もある。だが幸いなことに、そんなライ麦の難しさをサポートしてくれるのが大麦モルトだ。アドナムスのヘッドディスティラーを務めるジョン・マッカーシー氏が説明する。

「アドナムスのライウイスキーは、ライ麦75%と大麦モルト25%のマッシュからつくられます。 ここで大麦に含まれる酵素が、デンプン質を糖分に変える働きをしてくれるのです。また大麦のハスクは、ライ麦から生じる粘ついた液体をうまく濾過するフィルターベッドの役割も果たすので好都合です」
 
大麦モルトは同時に複数の役割を果たしてくれる便利な原料であり、好ましいフレーバーまで授けてくれる。ライウイスキーにコーンを加えるのも、同様にフレーバー構成に役立つからだ。ワイルドターキーのマスターディスティラー、エディー・ラッセル氏は語る。

「大麦モルトは、ライウイスキーにナッツやモルトの香味を加えてくれます。ライウイスキーにはコーンも加えますが、これはホワイトチョコレートやココアの風味を加えて、ライ特有のスパイスや黒コショウ風味にまろやかな印象をもたらしてくれます」

 

ライウイスキーと樽熟成

 

そしてもちろん、もうひとつの重要な風味要素といえば樽熟成だ。米国におけるライウイスキーの定義では、容量200Lのアメリカンオーク樽に2年間熟成しないと「ストレートライウイスキー」とは呼べない決まりになっている。テンプルトンライウイスキーでグローバルセールス部門のエグゼクティブバイスプレジデントを務めるシェイン・フィッツハリス氏が説明する。

「テンプルトンのスピリッツ構成は、リンゴ、洋ナシ、パイナップルなどのとてもフルーティーな香りを特徴としています。そして口に含むと、コショウやかすかなシナモンなどのスパイスを感じます。樽に入れて最初の3〜6ヶ月は、キャラメル、バニラ、焼いたオレンジなど、はっきりとわかる樽の影響が見られます。この影響が、力強くスパイシーなスピリッツの特性とぴったり合致して魅力が高まるのです」

イングランドのライウイスキーには、オーク樽の種類を定めた規定がない。だが熟成期間は最低3年というルールがある。ジョン・マッカーシー氏が熟成の実際を語る。

「アドナムスではフレンチオークの新樽を使っています。アメリカンオークからは得られない良質なスパイス風味を授けてくれるからです。このスパイスがニューメイクスピリッツのスパイス香と折り重なることで、スパイシーな特性が倍増することになります。フレンチオークから得られるスパイスは、バニラやベイキングスパイスの要素も網羅しています。アメリカンオークよりもバニラ香や甘味が繊細なので、北米産のライウイスキーとの違いを表現することもできるのです」

またイーストロンドンリカーカンパニーが2018年に発売したロンドンライウイスキーの第1号は、フレンチオーク新樽、バーボンバレル、 ペドロヒメネスのシェリー樽という3種類の樽を使用した熟成だった。同社のウイスキーディスティラー、アンディー・ムーニー氏が語る。

アービキー蒸溜所のマスターディスティラー、カースティー・ブラック氏。スコットランドでは珍しいライウイスキーを生産し、樽熟成にも力を入れている。メイン写真もアービキーのスチルハウス。

「このウイスキーには、まずニューメイクスピリッツの特性が表現されています。香りでいえばリンゴの砂糖煮、たっぷりのダークチョコレート、タヒニ(白ゴマペースト)、海塩など。グレーン由来のさわやかなショウガ、サルサパリラ、ビスケットなどの要素も感じられます。そこに樽由来のトフィー、タバコ、バニラ、熟れたチェリーなどの香りが加わり、バランスの良い甘味、フルーツ香、旨味などが整うのです。このような完成度は、単一の樽種だけで成し遂げられるものではありません」

スコットランドに目を向けると、アービキーのハイランドライウイスキーは2種類の樽で熟成されている。アービキーのマスターディスティラー、カースティー・ブラック氏は語る。

「チャーを施したアメリカンオーク樽、それにペドロヒメネスのシェリー樽を使用してます。ナツメヤシ、メープルシロップ、穏やかなオーク香などが、ライウイスキーの特性にバランスよく融合するからです」

ライウイスキーのバラエティーが広がるにつれて、これからさらに長期熟成の製品も増えてくるだろう。エディーラッセル氏が言う。

「熟成期間を伸ばすことで生じる懸念のひとつは、すでにドライなライウイスキーの味わいをオーク香が輪をかけてドライな印象にしてしまうことです。ワイルドターキーのライウイスキーは最高で11年熟成のものがありますが、あらゆる香味要素がスムーズでまろやかに仕上げられています。かすかなバニラやキャラメルの風味が舌の前方で感じられ、舌の中央付近では黒コショウの風味を感じます。このような香りが、他のライウイスキーのように過剰にならないように配慮しているのです」

 

ライウイスキーの現在

 

ライウイスキーの原料となるのは、冬ライ麦(秋に種を撒いて、翌年の夏に収穫する品種)だ。原料の来歴を気にするウイスキーファンが増えるなか、ライ麦の生産地を表示することが重要になってくる。例えばアービキーでは、蒸溜所所有の農場で栽培されたライ麦を使用している。

一方の米国では、ノースダコタ州とサウスダコタ州が主なライ麦の供給源である。だが歴史を遡ると、ウイスキー用のライ麦のルーツは別の場所にある。エディー・ラッセル氏が語る。

「ライウイスキーは、アメリカンウイスキーのオリジナルスタイルとして誕生しました。最初期に蒸溜されたのはメリーランド州とペンシルベニア州です。ライ麦もそれぞれ現地産のものが使用され、メーカーによっては少量のコーンを加えて甘味を増やすのが通例となりました。甘味とスパイスは良いコンビですからね」

このような伝統を考えると、ライウイスキーの隆盛はつい最近始まった新しい現象なのだという。シェイン・フィッツハリス氏が説明する。

「2009年以来、ライウイスキーは急激な販売増を記録し続けています。この原因となったのは、オールドファッションドやマンハッタンなどのクラシックカクテルが再び脚光を浴びたことです。このようなカクテルには、もともとライウイスキーが使用されていたのです。現在もカクテルはライウイスキー人気の中核にありますが、ここ数年はライウイスキーをストレート、水割り、オンザロックなどで楽しむ人も増えてきましたね」