ロックランザ蒸溜所長のスチュワート・ボウマン氏が、東京有楽町の「キャンベルタウン・ロッホ」を初訪問。店主の中村信之氏と「アラン」について語り合った。

対談:スチュワート・ボウマン(ロックランザ蒸溜所)+ 中村信之(キャンベルタウン・ロッホ)
構成:WMJ
写真:高北謙一郎

 
 

中村信之
今日はお越しいただきありがとうございます。以前はこの店もブランデーやラムなどのスピリッツ全般を置いていたのですが、もともと50%以上を占めていたウイスキーが増え続けて専門店化しました。店が狭いという理由もありますが、モルトウイスキー自体に広い多様性があるのでこのスタイルに落ち着いています。

スチュワート・ボウマン
本当にユニークなお店ですね。ここに来店されるお客さまは「アラン」のウイスキーをご存じですか?

中村信之
もちろん、ほとんどのお客さまが知っています。このキャンベルタウン・ロッホを開店したのは1999年で、ちょうど同じ時期にアランが「ファーストリリース」(3年熟成)をリリースしました。当店にもそのストックが1本残っています。ロックランザ蒸溜所(旧アラン蒸溜所)は1995年の設立なので、同じような時代を生きてきたという実感があります。若いウイスキーが少ない時代だったので、3年熟成のアランを味わうのは貴重な体験でもありました。ピーテッドモルトならもっと早くリリースできそうなのに、ノンピートにこだわったのはなぜですか?

中村信之氏はホテルのバーで勤務後、1999年に東京でキャンベルタウン・ロッホを開店。当初はラムやブランデーも取り扱っていたが、やがて希少な銘柄が手頃に味わえるモルトファンの聖地となった。ハーフショットなどのサービスが、ウイスキー初心者にもおすすめだ。

スチュワート・ボウマン
蒸溜所を1995年に設立したハロルド・カリーが、ハイランドスタイルのウイスキーをつくろうと考えたからです。でもアイラ出身のジェームズ・マクタガートがマスターディスティラーになって、ピーテッドモルトの原酒もつくってみることにしたんです。その後、アラン島に第2の蒸溜所であるラグ蒸溜所が設立され、もっぱらピーテッドモルトを蒸溜するようになりました。ラグとの棲み分けを重視して、現在のロックランザでは再びノンピートに専念しています。

中村信之
実は2010年頃に、アイラフェスティバルのノージングコンテストに出場したことがあります。ちょうどその年からアイラ以外の「アイランズ」ウイスキーも対象になったのですが、そのなかに素晴らしい香りのウイスキーがありました。正解できませんでしたが、後からそれがアランであったと知って「こんなに見事に熟成していたのか」と驚いたんです。帰国して、すぐにプライベートボトルの手配をお願いしました。

スチュワート・ボウマン
創業から15年くらい経った頃ですね。まだ新参の蒸溜所でしたが、そのように評価していただいたのはとても光栄です。

中村信之
極めてコストパフォーマンスに優れたウイスキーという印象は、そのときから一貫して変わっていません。ピートやシェリーなどの極端な香味を取り入れず、常にバランスのよいウイスキーをつくり続けていらっしゃいますね。

スチュワート・ボウマン
一貫性を保つのは、本当に大事なことです。ブリュードッグでビールを製造しいていた頃から、バランスの追求は最大の目標でした。日々点検するパラメーターは12種類くらいありますが、特に重要なのは蒸溜器から取り出すスピリッツの流量です。毎分6リッターという速度がぶれると、他のさまざまな努力が無駄になってしまいます。

 

本土産とアラン産のモルトを飲み比べ

 
スチュワート・ボウマン
今日はロックランザ蒸溜所から2種類のニューメイクスピリッツをお持ちしました。ひとつは「アランモルト10年」などに使用する本土産大麦が原料で、もうひとつはアラン島産の大麦だけを使用した「アラン バーレイ10年」用のニューメイクスピリッツです。ロックランザでは軽やかでフルーティな酒質を心がけていますので、ニューメイクの時点でさまざまなフルーツ香が感じられると思います。

スチュワート・ボウマン氏はクラフトビールの先駆者として知られるブリュードッグのヘッドブルワーからディアジオ社を経て、2021年にロックランザ蒸溜所(旧アラン蒸溜所)の蒸溜所長となった。品質の一貫性を実証的に追求しながら、成長する蒸溜所での製品開発にも力を入れている。

中村信之
青リンゴなどのフルーツ香が印象的で、とてもきれいな香りですね。そしてやはりバランスがいい。バランスがいいウイスキーは、コメントが難しいんです(笑)。グラスに注いだら、すぐに虫が飛んできましたね。冗談ではなく、この虫は本当に良いウイスキーだけに飛んでくるんです。

スチュワート・ボウマン
スコットランドでも、フルーツフライ(ショウジョウバエ)がウイスキーやスピリッツに寄ってきます。発酵工程で生成される酢酸イソアミルが、バナナのような芳香で虫を引き寄せると言われています。今度は地元産モルトのニューメイクを味わってみてください。同時期に同じ条件で蒸溜しましたが、本土産との違いがはっきりわかるはずです。

中村信之
本土産モルトの方が、豊かで甘い香りですね。地元産モルトはどちらかといえばすっきりとした香りですが、本土産よりも深みを感じさせます。飲んでみると、どちらも素晴らしいバランスです。本土産は地元産のような深みの代わりに、とてもスムーズな飲み心地が印象的です。

スチュワート・ボウマン
地元産モルトにはオイリーな特性があるんです。ニューメイクを手のひらに取って温めると、手のひらから立ち上がるアロマには夏の芝生を刈ったような青っぽい匂いも感じられます。

中村信之
本土産モルトはフルーティな印象が前面に出てきますが、地元産モルトはスパイシーな香りがしますね。口に含んでも本土産は甘味が強く、地元産モルトは少しドライです。もちろんどちらも甘味は強いのですが、違いを表現すると「アラン バーレイ」にはスパイシーでドライな要素があります。この地元産モルトのスピリッツは、定期的につくっていらっしゃいますか?

収穫量やアルコール収率にも劣り、製造工程も大変なアラン産モルト。それでも「アラン バーレイ」をつくる意味はあるとスチュワート・ボウマン氏は語る。

スチュワート・ボウマン
最初につくったのは2015年で、それ以降は毎年2〜3週間ほどを「アラン バーレイ」の蒸溜にあてています。ちょうど最初期のスピリッツが熟成10年に達し、ようやく製品化ができたところです。

中村信之
他の蒸溜所で、地元産の大麦は大変だという話を聞いたこともあります。粘度が高すぎて扱いにくいという理由でした。

スチュワート・ボウマン
アラン島南部のラグ蒸溜所の周辺で栽培された大麦を使用していますが、生産量が少ないので品質の均一化で苦労します。香味が年ごとに少し異なっていたりしますが、自然な差異として受け入れています。アラン島は日照が少なくて降雨量も多いので、穀物が小ぶりです。製粉に苦労したり、アルコール収率などで本土産の大麦に劣ったりします。昨年は、通常なら7時間で済む糖化工程に18時間もかかりました。それでも特有のフローラルさが旺盛で、樽熟成を経て変化していく香味がとてもおもしろいので地元産大麦のプロジェクトを続けています。
(つづく)