日本の洋酒文化を育ててきた独自の設備と職人技。サントリー大阪工場の見学は続く。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

サントリー大阪工場は、缶入りのカクテルやRTD商品の製造においても重要な役割を果たしてきた。その第一号は、1974年に発売された日本初の缶入り低アルコール飲料「サントリー ポップカクテル」である。さらに1993年には「ザ・カクテルバー」の名で3種類の瓶入りカクテル(モスコミュール、ジントニック、シンガポールスリング)が発売された。

もっと身近なRTD商品といえば、2009年の発売で人気に火がついた「角ハイボール」がある。おなじみ「角ハイボール缶」の味わいで重要な役割を担うレモンスピリッツは、ここサントリー大阪工場で蒸溜されている。

サントリー大阪工場の生産設備は1945年の大阪空襲で焼失したものの、翌年4月から蒸溜が再開。2005年には工場内にスピリッツ・リキュール工房が開設された。現在出荷される主な製品は、スピリッツ(ジン、ウォッカ)、リキュール、ブレンデッドウイスキー、ブランデー、ワインなどである。この工場で製造されるSKUの総数は、約180品目(2023年実績)にも及ぶ。

第2号蒸溜釜を職人がかき混ぜる。ニュートラルスピリッツに浸漬された柑橘(レモンやオレンジ)の果皮が入っている。

サントリー大阪工場の機能は、主に4種類ある。第1に連続式蒸溜機によるニュートラルなベーススピリッツの製造。このベーススピリッツは、大阪工場の商品や他工場のRTD商品にも使用される。そして第2にスピリッツ・リキュール工房でのオリジナルスピリッツ製造(詳細は後述)。さらに第3がブレンドおよび濾過で、最後の機能が瓶詰めである。

ベーススピリッツ製造用の主な設備としては、浸漬タンクと蒸溜釜(ポットスチル)がある。ここでは浸漬や蒸溜などの工程でオリジナルスピリッツが製造され、そのブレンドがおこなわれている。

オリジナルスピリッツ製造で重要な工程は浸漬だ。ニュートラルスピリッツに梅を1年間浸漬してつくる「サントリー梅酒」の製造工程がその代表例である。その他にも、浸漬から減圧蒸溜へ進む工程がある。これは桜の葉やバナナなどのオイル成分が少ない原料に用いられる場合が多い。

さらには浸漬と常圧蒸溜の組み合わせもある。これはオイル成分の多いジュニパーベリーやオレンジピールなどの原料に用いられ、ジン、キュラソー、レモンスピリッツなどの製造工程として活用される。この場合、抽出と蒸溜は常圧環境で並行して進められる。

大阪工場におけるリキュール製造の職人的な技術は、サントリーが2019年に国内で発売したジャパニーズクラフトリキュール「奏 Kanade」からもうかがい知ることができる。春は桜、夏は抹茶、秋は白桃、冬は柚子と、それぞれの季節をイメージした素材で4種類の味わいを構成するシリーズだ。

鳥井和之氏によれば、日本のボタニカルはすべて季節ごとの最盛期(つまり旬)に手摘みされ、手作業で調合されるという。鳥井氏は、桜リキュールの製造工程を具体的に説明してくれた。

「桜の花や葉の摘み取り時期は、春の1~2週間と非常に限られています。開花直後に摘んだ方が香りはいいものの、開花時期は天候に左右されるため、正確な時期の予測は難しくなります」

桜の花を摘んだ後、花びらはニュートラルスピリッツに数週間浸漬され、毎日手作業で混ぜ合わされる。浸漬が終わると花びらは取り除かれ、出来上がった液体がそのまま「奏<桜>」の原料となる。これを減圧蒸溜したスピリッツは、ジャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」の成分にもなるのだという。

桜の花だけでなく、桜の葉も原料に使われる。その加工はまったく別工程だ。桜の葉はニュートラルスピリッツに数週間浸漬された後に取り出され、野菜を加熱したような特有の匂いを避けるために減圧蒸溜される。出来上がった桜の葉の蒸溜液は「奏<桜>」に使用され、やはりジャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」にも使用される。

通常なら、部外者がこのような蒸溜液を味わう機会はない。だが今回は鳥井氏の好意で特別に試飲させてもらった。桜の葉の蒸溜液は、まごうことなき「桜餅」の香りを繊細かつ上品に表現していた。
 

蒸溜釜4基で多彩なスピリッツづくり

 
サントリーのジン製造の詳細に入る前に、鳥井氏は敷地内の比較的コンパクトな建物にあるスピリッツ・リキュール工房に案内してくれた。工場内では、トラックが頻繁に出入りしている。鳥井氏によれば、敷地内の保管スペースが限られているため、瓶詰めされた製品はすぐ移動されるのだという。大阪工場は2023年時点で約500万ケース生産する能力がある。

「ヘルメス」ブランドのオールドボトルが並ぶ。サントリーは製造だけでなく洋酒文化の普及に力を入れてきた。メイン写真は、サントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」のボトルを手にする鳥井和之氏。独自のアプローチでユニークな味わいを創り出した。

工房に入ると、魅惑的な柑橘系の香りが漂ってくる。すぐに堂々たる4基のポットスチル(蒸溜釜)が目に飛び込んできた。それぞれに特徴があり、さまざまなスピリッツの製造においてユニークな役割を担っている。

第1号蒸溜釜は、大阪工場で最も古いポットスチルだ。ジョン・ドア社(ロンドン)の1957年製である。ネックの周りにウォータージャケットが取り付けられており、これが精溜器のような役割を果たす。第1号蒸溜釜では柚子の蒸溜酒がつくられる。すでにアルコール度数が高い蒸溜液なので、ゆっくり加熱するだけでよい。

第2号蒸溜釜は、4基の中で最も新しい。これも果皮用のポットスチルだが、第1号蒸溜釜に比べてネックが長い。このネックには銅板が入っており、これが精溜器の役割を果たす。第2号蒸溜釜は、レモンピールスピリッツとオレンジピールスピリッツの蒸溜に使われる。

訪問時には、ちょうど蒸溜前の準備が進められていた。凍らせたレモンを蒸溜釜内のニュートラルスピリッツに浸し、丈の長い道具で中身をかき混ぜているところだ。これを一晩寝かせて、翌日の午前中に蒸溜されるのだという。

第3号蒸溜釜は第2号と似た形状で、さらにネックが長い。第1号と同じくウォータージャケットが取り付けられており、ジン用のスピリッツづくりに使われる。蒸溜釜の中を覗き込むと、ジン用のさまざまなボタニカルがジュニパーベリーの蒸溜液に浸されて蒸溜を待っていた。

第4号蒸溜釜は、最も背が低いタイプだ。他の3基は銅製だが、第4号だけステンレス製である。このスチルでは、緑茶や桜(花びらと葉)など日本特有のボタニカルが減圧蒸溜される。
(つづく)