伝統的なジン製造を踏まえ、日本ならではの原料や素材で新境地を開拓するサントリー。その工程には、想像を超えた匠の技が活かされている。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

サントリー大阪工場のスピリッツ・リキュール工房では、4基の蒸溜器を駆使してジンをはじめ様々な製品用のオリジナルスピリッツをつくっている。製造工程を説明する前に、サントリーのジンづくりが約90年の歳月をかけて完成された特別な技法であることを抑えておこう。

サントリーが最初に発売したジンは「ヘルメスドライジン」(1936年)だった。そして後発のさまざまなリキュールで「ヘルメス」銘柄のポートフォリオを拡大し、1964年には新しい「サントリージン」を発売した。

サントリー大阪工場では、浸漬、蒸溜、ブレンド、瓶詰めの工程から約180品目に及ぶ商品がつくられている。

その後1980年には、現在も販売されている「ドライジン エクストラ」をリリース。翌年には日本初のプレミアムジン「ドライジン プロフェッショナル」も市場に投入した。やがて90年代半ばには、ジンを氷点下で濾過した「アイスジン」も発売。これは主にソフトドリンクとのミックス用として人気を博した。

そして2017年、サントリーは80年にわたるジンづくりの経験を生かしたサントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」を発売する。

鳥井和之氏はこの「ROKU〈六〉」の開発者の一人である(2019年に発売されたクラフトウオツカ「HAKU〈白〉」も同様)。直々に詳細な職人技を説明してもらうのは、この上なく贅沢な体験だ。

ドライジンの一般的な製造工程では、スピリッツにすべてのボタニカルを浸漬して一度に単式蒸溜する。だがサントリーのジンの製造工程は、それよりもはるかに複雑だ。日本料理の食材がしばしば個別に調理されるように、サントリー大阪工場でもジンの原酒を別々につくって後からブレンドしているのだ。

ジュニパーベリーと一般的な7種類のボタニカルは、伝統的な西洋の製法を踏襲して蒸溜される。まずジュニパーベリーをベーススピリッツに浸してから6時間蒸溜する。次に他の7種類のボタニカルをそのジュニパーベリー蒸溜液原酒に一晩浸し、再び6時間ほど油っぽくて金属的な香味成分を除去するために蒸溜する。その結果できるのが、「ベースジンスピリッツ」である。

これに加えて、日本特有のボタニカルも使用する。クラフトジン「ROKU〈六〉」の場合、その名の通り、桜の花と葉(春)、煎茶と玉露(夏)、山椒(秋)、柚子(冬)という6種類の原料で四季を表現している。これらのボタニカルは、前述のように工房で別々に浸漬または浸漬蒸溜される。こうして生まれた「日本のボタニカルベーススピリッツ」が「ベースジンスピリッツ」とブレンドされてクラフトジン「ROKU〈六〉」となるのだ。
 

日本ならではのジンづくりを目指して

 

クラフトジン「ROKU〈六〉」は、「東洋と西洋の出会い」をさまざまな形で体現している。鳥井氏によれば、サントリーグローバルスピリッツから得られた海外スピリッツ市場の知識に、サントリーが積み重ねた匠の技が融合し、日米欧の共同開発チームによって生み出された同社初のグローバルブランドなのだという。共同開発チームによる3,000時間超の社内議論と1,000名以上の消費者調査も踏まえて結実したプロジェクトだった。

クラフトジン「ROKU〈六〉」のボトルは六角形で、ガラスに日本画スタイルでボタニカル柄が浮き彫りされている。ラベルには越前和紙と荻野丹雪氏の書跡。雲龍紙と呼ばれる独特の紙は雲を浮かべたような繊維が特徴で、この模様が不規則なため同じラベルは二つとない。まさにジャパニーズクラフトを体現したデザインだ。

サントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」は、80年にわたるジンづくりの経験の結晶だ。食中酒としての新しい提案によって、サントリーは世界に先駆けてジンカテゴリーの革新を担っている。

そして最も重要なのは、もちろんボトルの中味である。鳥井氏によれば、クラフトジン「ROKU〈六〉」の狙いは華やかさ、果実味、ほろ苦さなどをバランスよく持つこと。アロマやフレーバーが時間とともに変化するダイナミックな味わいのジンを目指したのだという。

「最初に感じるトップノートでは、柚子や桜が際立っています。しばらくすると、煎茶と玉露のミドルノートが出てきます。そして最後にはスパイシーの山椒が感じられるように処方しています」

飲み方のアレンジによって、異なる特徴が引き出される汎用性も重視したと鳥井氏は語る。

「水を数滴垂らすと、柚子と桜の風味が増します。冷凍庫で冷やしたボトルから『ROKU〈六〉』をグラスに注いだり、ロックで飲んだりするとまた違った味わいになります。国内向けのボトルは度数47%なので、ウイスキーのような水割りや、冬場ならジンを混ぜないでフロートさせたお湯割りでもいい。『ROKU〈六〉』ベースのホワイトレディにクラフトリキュール『奏<桜>』を入れても絶品ですよ」

サントリー大阪工場を去る前に、話題のサントリージン「翠(SUI)」も味わった。この新しいジンのコンセプトは、居酒屋で食事と一緒に楽しめること。ジンソーダで美味しく飲めるように最適化したのだと鳥井氏は言う。伝統的なジンのボタニカル8種類に加え、日本の居酒屋料理とも相性の良い3つの素材(柚子、緑茶、生姜)を統合したレシピが考案された。

「それぞれの素材の個性を生かし、ソーダで割った食中酒としてのバランスを追求しました。もちろんトニックウォーターとの相性も抜群です」

サントリージン「翠(SUI)」は2020年3月に発売され、その2年後には缶入りの「翠ジンソーダ」も登場して大好評を博している。ジンソーダをオンザロックで味わってみると、人気の理由がよくわかる。考え抜かれた繊細な風味は、どこまでも爽やかだ。

ウイスキーやワインの製造について、さまざまな工夫や職人技が駆使されているのはご存じのことだろう。だが高品質のホワイトスピリッツやリキュールをつくる技術については、さほど学ぶ機会がない。サントリーが今後2年間でおこなう大阪工場への設備投資は、生産力の増強とリキュールやスピリッツの品質向上を目的としたものだ。

百聞は一見に如かず。サントリー大阪工場のさまざまな創意工夫を見れば、ホワイトスピリッツやリキュールが工業的な大量生産でつくられているという先入観は即座に払拭されるだろう。駆け足の工場見学であっても、この場所で日々魔法が生み出されているのは明らかだった。