地球の環境を将来にわたって保全するため、ウイスキー業界はどのような取り組みを進めているのだろうか。クリストファー・コーツが、持続可能なウイスキーづくりの現状に迫る全4回シリーズ。

文:クリストファー・コーツ

 

ブリテッシュペトロリウム(BP)で最高経営責任者を務めていたジョン・ブラウン(現在はマディングリー男爵ブラウン卿)が、深刻な環境問題への対応を表明して22年以上が経つ。スタンフォード大学で「人類が環境に与えている明らかな影響を認め、世界的な二酸化炭素排出量の増大に対処するのがエネルギー部門の役割」と語った歴史的な演説のことだ。

ベルギーに本社のある大手製麦会社ボールトモルト。サステナブルな製麦の分野では、ウイスキー業界をリードする存在だ。

この表明は激しい議論を巻き起こし、環境問題における大きな転換点になった。環境保護主義者、巨大ビジネス、人間社会のあり方は、このときから目に見えて変わったように思える。自社が抱える最大の問題に向き合うことで、BPは企業の責任を明らかにした。地球温暖化に見て見ぬ振りを続ける他の企業が、社会的に容認されにくい空気を作ったのだ。

だがあれから20年以上が経った現在でも、地球環境の危機は相変わらず新聞の1面を飾っている。エクスティンクション・リベリオンの活動家たちは、環境問題に対応する立法を強く促すために「非暴力による破壊的な不服従行動」を推奨してきた。この渦中にいるのもBPだ。スコットランド国立肖像画美術館は、世界的に有名なナショナルギャラリー・ポートレートアワードとの10年にわたる提携関係を解消。これは過去30年にわたってBPがナショナルギャラリー・ポートレートアワードを後援している状況に異を唱えるためである。

溶け出す極地の氷河。上昇する海水面。記録づくめの高温。アマゾン熱帯雨林、オーストラリア、米国での大規模な山火事。水に沈むベネチアの人類遺産。巨大な「太平洋ゴミベルト」に浮かぶマイクロプラスチック。問題は限りなく続き、解決の糸口が見えないほど大きく立ちはだかっている。私たちは地球環境の未来を悲観せずにいられない。

道のりはとても厳しい。政治家たちが、さまざまな解決策を無力化している。気候変動はフェイクだと主張する団体が、グーグルから支援を受けていた。気候変動の原因は人間だという考えを、有力団体が否定し続けている。活動家のグレタ・トゥーンベリに対して、トランプはネットいじめを繰り広げた。環境汚染を引き起こしている主要企業の多くが、環境問題に立ち向かう変革を無視して目先の利益を追い続けている。

 

企業も個人も責任を引き受けよう

 

人々がいわゆる「エコ疲れ」に屈して、環境問題への関心を失ったり、環境問題に反感を持ったりしてくれることを密かに期待している企業もある。だがそんな態度も、いずれ裏目に出るだろう。環境破壊を不安に感じる慢性恐怖について、アメリカ心理学会(APA)が「環境不安症」という概念で説明し始めたのは2000年代半ばのこと。それがようやく数年前から、西洋世界における時代精神として明言されるようになった。

ドーノック湾で牡蠣床の再生を進めるグレンモーレンジィのプロジェクト。グレンモーレンジィはアフリカのキリンを保全する取り組みにも参画している。

昨年末の「タイム」誌では、環境問題を原因とするストレス、罪悪感、憂鬱(精神医学上の鬱病や不安症とは異なる)が増加しているという現象が報道された。気候変動の影響を激しく受けている発展途上国でも、将来への不安が増大している先進国でも、同じような現象が確認されている。

自分の周囲や広い社会の中で、環境問題に対して有効な変革がなかなか起こせない。世界のどこであっても、そんな鬱屈や無力感に苛まれている人々がたくさんいる。残念ながら、環境問題を悪化させている厄介な原因のひとつがこの無力感だ。マクロレベルでもマイクロレベルでも、責任の所在が捻じ曲げられて回避されているのである。

既得権者たちが語る責任論によると、環境を守る責任は私たち一人ひとりや、その総体である社会にある。これは企業や政府の責任を巧みに回避する語り口だ。温室ガスの71%は、わずか100社の企業によって排出されているという実態も明らかにされているのに。

このような状況を変えるため、個人の消費行動がかつてないほど重要になってきている。購入する商品を慎重に選んだり、支援するブランドを環境問題への取り組みによって決める必要がある。そんな個人レベルでの努力は、もちろん重要なものとして推奨されるべきである。だが業界レベルでの進歩や政府の方針転換などがなければ、大きな違いを生み出すことはできない。これからも地球上で長期にわたって生き続けるであろう人類全体の問題である。
(つづく)