一族の名を記したウイスキーには、家族とアイリッシュの伝統に対する責任が宿る。世界に認められた品質で、ティーリングはすでに未来を歩んでいる。

文:マーク・ジェニングス

 

ジャック・ティーリングとスティーブン・ティーリングの兄弟には、本当の革新精神があった。その精神こそが、これまでティーリングを成功に導いたといってもいい。

主力商品の「スモールバッチ」でも、ウイスキーアワードで受賞した「シングルポットスティル」や「シングルモルト」でも、ティーリングは一貫してアイリッシュウイスキーの可能性の限界を押し広げてきた。樽熟成においては、ラム樽、ポート樽、カベルネソーヴィニヨンの赤ワイン樽などで幅広い実験が続けられている。

ジャックが蒸溜所の創設期を振り返って、この実験精神の意図を語る。

「アイリッシュウイスキー業界の有名ブランドになりたいわけではありませんでした。過去を尊重しながらも、革新を恐れずに、何か本当に新しいものを提示したかったのです」

熟成樽での実験精神も、次代のウイスキーファンを意識しているからこそ。ティーリングは常に不確かな未来に向かって歩んでいる。

グランドオープンの2015年に至るまで、いくつかの困難があった。建築許可の取得からポットスチルの発注まで、すべてのプロセスが兄弟の決意を試す試練になったという。スティーブンは、今でも当時のさまざまな混乱を思い出す。

「イタリアから蒸溜器が届くのを待っていた日を覚えています。リバプールからの輸送が遅れ、取材に来たジャーナリストたちも港でじっと到着を待つしかありませんでした。イライラしましたが、いま振り返ればあんな瞬間もいい思い出です」

最初のスピリッツ製造は、建物や設備の完成と同様に思い出深いものとなった。だがそれも当初の予定通りにはいかなかったのだとスティーブンは言う。

「できれば2015年のセントパトリックデーに最初のスピリッツを製造したいと思っていました。ジャーナリスト14人をダブリンに呼んで待機していたのですが、いろんなことが計画を邪魔しました。考えられる不運が、すべて重なったような日でした。そんなこともありながら、あたたかい眼差しのファンたちに支えられてここまで来ました。みんな本当に大事な私たちの魅力に気づいてくれたんです」

蒸溜所の開業は、兄弟にとって人生の節目とも時期が重なっていた。ジャックは笑いながら語る。

「蒸溜所を建て、新しい家を建て、幼い子供を2人育てていました。まさにカオスでしたが、いま思えば最高のカオスだったと思います」

ティーリング蒸溜所が10周年を迎えるにあたって、兄弟はこれまでの道のりを振り返る機会も多くなっているようだ。ジャックが語る。

「この10年という節目は、これまでの道のりを振り返る機会です。でもさらに重要なのは、これから起こる出来事の基礎を築く時期でもあるということです」

創業10周年を記念して、ティーリング蒸溜所で最も古いストックの一部からつくられた特別な記念ボトルが発売される。地域社会とのつながりを重視するティーリングの理念を示すため、販売利益は地元の慈善団体に寄付されるのだとスティーブンは言う。

「単に過去を祝うだけでなく、未来への布石を打つためのアクションです。私たちはこの10年間で多くのことを達成しましたが、まだまだやるべきことはたくさんあります」
 

偉業を達成してなお謙虚な理由

 
開業以降の10年間で、兄弟は世界中の人々から尊敬される存在となった。そのハイライトのひとつは、2019年のワールド・ウイスキー・アワードで「ワールドベスト・シングルモルト」に輝いたことだろう。ティーリングのウイスキーは、アイルランドのメーカーでも他地域の最高級品と肩を並べられることが証明されたのだ。

そんな成功を収めたにもかかわらず、ジャックとスティーブンは謙虚さを失わない。

「ティーリングという私たちの名字をラベルに記すのは、いつも簡単な決断ではありませんでした。それはブランドとしての責任です。すべてのボトルが、高い基準を満たしていなければならないということ。自分たちだけでなく、家族のレガシーのためにも凡庸な商品を世に送り出すわけにはいきません」

そんな謙虚さは、ウイスキーの製造工程と顧客への深い敬意に根ざしている。スティーブンは次のように語った。

ワールドベスト・シングルモルトをはじめ、創業10年以内に達成した業績には輝かしいものがある。だがティーリングの歴史はまだ始まったばかりだ。

「ウイスキー業界やファンのみなさんから、支援を受けられたのは幸運でした。でも私たちは、いつでも愚直に素晴らしいウイスキーをつくろうと努力を重ねてきました。これは単なるビジネスではなく、自分たちの存在表明でもあるのです」

ジャックとスティーブンにとって、蒸溜所の運営はウイスキーを超えた目標に向かっている。つまり過去と未来をつなぐ伝統や物語をここで築き上げること。ウイスキー界で独自の道を切り開くため、忍耐力、革新性、揺るぎない決意などを総動員するのだとジャックが語る。

「始めた当初は、わからないことばかりでした。将来の理想像みたいなものはありましたが、思い描いたように進む保証はありません。アイルランド国内だけでなく、世界中の人々の共感を呼ぶようなウイスキーをつくり上げられたという事実は、私たちを今までよりもさらに謙虚な気持ちにさせてくれます」

スティーブンの気持ちも同様だ。

「自分たちが成し遂げたことは誇りに思っています。でもウイスキー業界では、学ぶことを決して止めないのが大切。新しいプロジェクトや新しい市場への進出は、いつもそんな学びの宝庫です。この学びこそがウイスキーづくりの醍醐味であり、決して同じことの繰り返しはありません。簡単な仕事なんて、ひとつもないんです」

アイルランドのウイスキー業界全体を支援するため、ティーリング蒸溜所はに精力的に活動しながら後進の人々のために道を切り開いてきた。ジャックは次世代への思いを次のように語る。

「ティーリングはダブリンで最初の新しい蒸溜所でしたが、自分たちさえ良ければとは考えていません。素晴らしいアイリッシュウイスキーをつくる人が増えれば、それはみんなにとって良いことなのです。後進の勢力が増してくるほど、私たちはみんなでさらに上を目指し、新しい試みに乗り出し、カテゴリー全体を成長させようと努力するようになるでしょう」

将来へのビジョンは野心的でありながらも、ティーリングらしい基本理念に基づいているのだとスティーブンは言う。

「目標はわかっていますが、正しい方法で達成することが大切。素晴らしいウイスキーをつくるだけでなく、永続的な信頼を得られるような価値を築くのが本当の目的ですから」

ティーリング蒸溜所が10周年を迎えるにあたり、ジャックとスティーブンは創業当初と変わらない意欲と先見の明を持ち続けている。ジャックもあらためて決意を口にする。

「まだまだ旅は始まったばかり。多くの達成もありましたが、自分たちのため、顧客のため、アイリッシュウイスキー全体のために、まだまだやりたいことはたくさんあります」