温度調節の重要性
文:イアン・ウィズニウスキ
何かを一定にコントロールする仕事にはやりがいを感じるし、その対象が温度ならばいっそう面白いテストケースとなるだろう。環境温度をそのまま利用するのか、あるいは温度調節によって環境温度に変化を加えるのかという問題で意見が分かれてくる。
例えば発酵を成功させるには、麦汁に含まれるすべての糖分を一定時間内に酵母でアルコールに変質させる必要がある。麦汁の温度は発酵中に上昇するが、この高温は酵母が使い果たされてしまう原因のひとつになる。そのため酵母を投入する際の麦汁の温度を環境温度によって調整することで、発酵の成果を一定に保つことができる。
気温の高い夏は酵母が早く働き出すので、比較的低い温度の麦汁に投入したほうがゆっくりと発酵できて具合がいい。同様に、寒い冬には麦汁の温度を少し上げることで、発酵の速度を比較的速くすることができる。与えられた環境温度に工夫を施し、発酵の成果を一定にするのだ。フェッターケアン蒸溜所の蒸溜所長を務めるスチュワート・ウォーカー氏が語る。
「フェッターケアン蒸溜所はケアンゴームズ山脈の麓で、ケアン・オ・マウント峠の近くにあります。そのため1日のなかで環境温度の変化はさほどでもありません。でも年間を通じて品質を一定にするためには細心の注意が必要になります。具体的にいえば酵母投入時の麦汁は夏なら19℃、冬なら21℃という設定にして、発酵中も最高で34℃までに留めます。一貫性の維持には、発酵室の換気も重要です。室内に置いた11槽の伝統的な木製発酵槽をいつも同じに保つ必要があります。特に暑い日には、窓を開け放って空気をまるごと入れ替えるときもありますよ」
一方、スコットランド以外の土地では、温度調整機能が付いた発酵槽が当たり前だ。その用途も土地の環境によってさまざまである。ラックス・ロウ・ディスティラーズのヘッドディスティラーとマスターブレンダーを兼任するジョン・レンピ氏は語る。
「ミズーリ州セントルイスは冬に−12℃を下回ることもあり、夏は38℃を超えることもあります。そのため麦汁の温度を調整して一定に保つのは不可能です。だから温度調整機能付きの発酵槽を使用して、年間の発酵温度が変わらないようにしているんです」
ステンレス製の発酵槽は、内側にステンレス製のコイルが巻かれている。このコイルの中に冷水を通すことで、麦汁の温度を一定に保つ仕組みである。この温度が何度なのかは明らかにされていない。 その代わりに、ジョン・レンピ氏は発酵の細部について教えてくれた。
「発酵は96時間続きますが、発酵開始12時間で麦汁が設定温度に達するようにしています。これが酵母が効率よく仕事をする最適な設定温度で、発酵終了まで同じ温度を維持するようになっています」
温度調節の目的は、酵母の働きを最大化するためだけではない。なぜなら酵母が麦汁の温度変化に従ってそのふるまいを変えていくからだとジョン・レンピ氏は説明する。
「冷却用コイルに設定された温度は、たった1℃や2℃の違いでフレーバー成分に影響を与えます。例えば少しだけ温度を上げることで、バナナなどのフルーツ香が増してくるんです」
蒸溜時の温度調整
水を冷却用に使用するのは発酵時だけではない。スコットランドでは珍しいが、蒸溜でも冷水による温度調節はおこなわれている。
ダルモアには、ネック部分に冷水を通す銅管ジャケットを被せたスピリットスチル(再溜器)がある。このジャケットには約40本のパイプがあり、このパイプ内にネック上部からアルコール蒸気が誘導されるのだ。重いフレーバーが気体のままでいられるには高温状態を維持しなければならないので、ウォータージャケット内の水でパイプの外壁が冷やされるとポットスチルに戻されて再び蒸溜される。だが比較的低い温度でも気体のままでいられる軽やかなフレーバー成分は、そのままコンデンサーへと進めるのだ。
この還流と呼ばれるプロセスによって、最終的なスピリッツに含まれる軽やかなフレーバー成分とリッチなフレーバー成分の割合が決まってくる。温度を下げて還流を増やすことで、軽やかなフレーバー成分の割合も大きくなってくるのだとダルモア蒸溜所長のスチュアート・ロバートソン氏は語る。
「このウォータージャケットは、ビクトリア朝時代にダルモアの創設者が取り入れた仕組みで、非常にたくさんの還流をスチル内で起こします。何度も実験してみましたが、ウォータージャケットなしでスピリッツをつくると、硫黄成分の含有レベルが高くなるのです。独特の刺激と主張がある硫黄成分のレベルが高いと、軽やかなフルーツ香が隠されてしまいます。だから再溜には常にウォータージャケットを使用しなければなりません。硫黄がスピリッツの品質に与える影響は甚大ですから」
フェッターケアン蒸溜所では、スピリットスチルの外壁に冷水をかけることで還流を増やしている。スチルの最上部に取り付けられているのは、ちょうどシャワーヘッドのようなスプレー状の機器だ。均等に穿たれたスプレーの穴から、スチルが一定の条件で冷やされるようになっている。水は約5秒でスチルの底にある容器に到達し、そこから漏れるようにスチルを濡らす仕組みなのだとスチュワート・ウォーカー氏が語る。
「スチルの外壁に水をスプレーすることで、ニューメイクスピリッツはフローラルでフルーティな風味にあり、背後に感じるナッツ風味が甘味の複雑さを授けてくれます。このクーリング用リングを使わずに実験しましたが、できあがったスピリッツはナッツ香が全面に出ていて、甘みやフローラルな香りも減少していたのです」
貯蔵庫での温度調整で変わること
スコットランドの気候の変化は緩やかなので、穏やかでゆっくり原酒を熟成する。だが夏に暑くなる地域では、蒸発を含む樽内の化学反応が増えてくる。この違いは単に熟成期間の長さを変えるだけでなく、できあがったウイスキーの特性にも違いをもたらす。
例えばテンプルトン蒸溜所がある米国のアイオワ州では、樽内の温度が冬季には7℃まで下がり、夏季には27℃まで上がることもある。このような違いでウイスキーの味わいが変化するのをよしとするのか、環境を管理して品質を一定にするのか、方針を定めることが大切になってくる。
テンプルトン・ライ・ウイスキーでエグゼクティブバイスプレジデントとしてグローバルセールスを統括するシェイン・フィッツハリス氏がこの問題に答える。
「テンプルトンの場合、外気温は貯蔵庫内の熟成にまったく影響を及ぼすことがありません。伝統的な貯蔵庫と違い、最新式の温度管理技術で内部の気温が18〜21℃に保たれているからです。この温度管理によって、同時に湿度も管理できます。さらにバレルを6段積みにして、この貯蔵庫内で同じ条件を享受できるようにしているのです」