テロワールの実践【第3回/全3回】

文:ハリー・ブレナン
木樽による熟成は、ウイスキーの風味を決定する最終的な鍵となる。しかしこの工程には、地域独自のテロワールを保存しようとする人々にとって最も多くの疑問を投げかける要素もある。なぜなら熟成に使用される樽のほとんどが「地元産」と呼べるものではなく、テロワールの表明に地元産のオークを必須条件とするのは現実的ではないからだ。
このような条件を課すことは、無駄な伐採にもつながって自然環境的にもサステナブルとはいえない。スコッチウイスキーは、熟成に使用されるオーク材がスペイン産や米国産だ。それでも「輸入樽だからスコットランドの製品じゃない」と考える人はいないだろう。これは直感的に受け入れられる現実だ。
それでもウイスキーの個性を各地域ならではのアプローチで強調し、テロワールを主張できる熟成方法はまだたくさんある。まず一部の地域では、地元産のオークを樽材に指定することが合理的な場合もあるだろう。アメリカ東部の蒸溜所なら、近隣の森からアメリカンホワイトークを入手できるかもしれない。
ヨーロッパの大部分では、地元産のヨーロッパナラやフユナラを入手可能だ。たとえばブルターニュのメンヒル蒸溜所が製造するウイスキー「エデュー」の一部は、まずフランス産オークで熟成させた後で、アーサー王伝説にゆかりのある魔法の森「ブロセリアンド」のフレンチオーク材で追熟されている。ジャパニーズウイスキーやチャイニーズウイスキーなら、国産のミズナラ樽で熟成するのもテロワールの有効な主張になりうる。
さらにはチェスナット材(栗)、スプルース材(トウヒ)、アカシア材など他の樹種を樽材に使用することも可能だ。これらの樽は地域特有の個性を主張しながらサステナビリティにも貢献できるだろう。ただしベースとなるスピリッツの風味を完全に覆い隠さないことが条件となる。
同様の考え方は、地元産のビール、ワイン、スピリッツでシーズニングされた樽にも適用できる。適切に使用することで、その地域ならではの風味を重層的に加えられるだろう。
遠方から調達した樽でも、蒸溜所はスピリッツの特性を補強する香味が得られる。たとえばオロロソシェリー樽と重厚なハイランド産のスコッチウイスキーは見事な組み合わせだ。シェリー樽を地元産と呼ぶことはできないが、ベースのスピリッツの特性を損なうこともない。
古いリフィル樽は、長期にわたるスピリッツの熟成を助けてくれる。このリフィル樽の活用は、フレンチアルプスの麓でウイスキーを製造するドメーヌ・デ・オート・グラスでも効果的に実践されている。
そして最後に、樽熟成の環境にも考慮する必要があるだろう。木製の樽は常に呼吸しているので、周囲の空気の温度、湿度、塩度などがウイスキーの熟成に大きな影響を与える。そのためテロワールを表現するためには、ウイスキーを生産された地域内で熟成させなければならない。
各国のウイスキーには最低熟成期間が定められており、一部のテロワールでは特に寒冷地においてより長期の熟成が求められる場合もある。地域の歴史を反映する一例が、フェロー諸島のフェア・アイルズ蒸溜所だ。フェロー諸島で乾燥肉などを作る伝統的な「リマヒャルール」という小屋でウイスキーを熟成している。
ジャーマンウイスキーが多種多様な理由
ここまで説明してきた各工程での適用手段まとめると、テロワールは特定地域の個性をさまざまな方法で表現する概念だ。
テロワールを主張する蒸溜所は、その地域から穀物と酵母を調達する必要がある。現地のルールに定められた穀物と樽を使用し、指定された時間で発酵させ、連続蒸溜ではなく単式蒸溜で蒸溜する。
神も悪魔も、細部に宿るものだ。地元の生産者と業界団体は、その地域と関連の高い伝統的な穀物や特定樹種の木樽などを使用できる適切な基準を選択する必要がある。
このようなアプローチによって、テロワールという概念が具体的かつ明確になる。大まかな「地域」という言葉(たとえば「スコットランド」など)は、特定の風味を保証しない。スペイサイドにもスモーキーなウイスキーはあるし、アイラにもノンピートのウイスキーはある。だが「テロワール」という言葉なら、その曖昧な「地域」に代わる重要な概念になり得るのだ。
スコットランドのウイスキーに、テロワールの基礎が存在するのは確かだ。しかし気候や土壌の種類も多様で、穀物の風味にも顕著な違いがある。バリンダロッホのように、単一の農園と連結された生産者がある。スコットランドの北西部は、南部や東部に比べて約 5 倍もの降雨量があって年間日照時間も半分ほどだ。このような「テロワール」をより一貫性と信頼性の高い香味で表現できるようにすれば、これまでの「地域」を超えた新しいアピールポイントになるだろう。
このようなテロワールの表現を採用しないメーカーは、米国で既に実践されているような「ナショナルスタイル」を引き続き使用できる。米国ではそれぞれの規則に従っていれば「バーボン」や「アメリカンシングルモルト」などを名乗れる。規則の範囲外でも自由に実験はできるが、その場合はラベルに特定の言葉が使用できなくなる。
テロワールは、国名より下層の地理的記述を統合できる概念である。そして同時に、これらの地域名称に確固たる客観的根拠を与えることにもなる。そこまでいけば、あとは各地域の特性を定義して固定するだけだ。
スコットランドは、これから既存の地域区分を見直していく可能性が高いと見られている。その一方で、フランスやオーストラリアなどの国々は地域区分についてまだ合意の見通しがない。逆にいえば、これらの新興国は、テロワール地図を一から構築できるというメリットもある。