すべてを蒸溜所の敷地内で賄う「シングルエステート」のウイスキーづくり。デンマークのチューウイスキー蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文:ティス・クラバースティン

「最後まで農家の立場でウイスキーをつくるのが目標です。この場所、この農場を大切にし、伝統や有機農業の歴史を踏まえ、栽培する穀物についても考え抜きます。正しい品種を選び、正しい方法で栽培し、正しい方法で収穫して、それが最終的に素晴らしい品質につながれば成功です」

これがヤコブ・ステルンホルムの哲学だ。チューウイスキー蒸溜所の創設者で、共同経営者。ブランド名の「Thy」はデンマーク北西部の地名で、デンマーク語の発音では「チュー」に近い。蒸溜所はチュー国立公園の端にあり、周囲には一族で管理する麦畑が広がっている。

先祖から受け継いだ土地で、伝統的な有機農法を実践する。姉妹の夫婦2組による家族経営のシングルエステート蒸溜所だ。

そもそもチュー周辺は観光客にも人気のエリアだが、蒸溜所が観光客で溢れかえるほどではない。肩の高さまで伸びたライ麦に囲まれながら、ヤコブはチューのウイスキーづくりについて熱く語る。

なだらかな丘は、大麦、ライ麦、小麦などの畑で覆われている。国立公園で最も標高が高い地点はイスビャウと呼ばれる場所で、デンマーク語で氷山を意味する。だが周囲にはまったく氷はなく、標高もわずか海抜56メートルほどだ。

チューに住むのは、農作物を育てる農民や、クリットムラーの海岸で波と戯れるサーファーたちだ。クリットムラーは、「コールド・ハワイ」の異名を持つサーフィンのメッカである。すべての人々が地に足の付いた暮らしを送り、周囲の環境にすっかり溶け込んでいるように見える。

チューウイスキー蒸溜所に到着するなり、ヤコブは散歩に行こうと言い出した。私は以前にも蒸溜所を尋ねたことがあり、敷地内にあるドラム式製麦所や倉庫はもう見学している。そこでヤコブは、今こそチューの真の心臓部である畑を案内しようと考えたのだ。

家族で運営する畑の真ん中に辿り着き、ヤコブの説明は始まった。

「これはライ麦です。土壌の栄養が少なくても耐えられる丈夫な作物なので、同じ土壌で3年目の穀物として収穫されます」

ヤコブいわく、畑にはまず2年間クローバーを植えて土壌を作る。その後から植える最初の作物は、たいてい小麦かオート麦だ。クローバーなどの草によって土壌に蓄えられた栄養が、小麦やオート麦には届きやすいのだという。

「そして2年目の作物は大麦になりがちです。この大麦栽培によって土壌の窒素が枯渇してきます。それでも3年目に植えるライ麦は、窒素が少ない土壌でも問題なく育ってくれるからありがたいのです」
 

シングルエステートでテロワールを追求

 
ここジュルップ村の畑は、8世代にわたってステルンホルム家が所有してきた500ヘクタールのエステート(地所)内にある。この畑こそが、農場をそのままシングルエステートの蒸溜所に造り替えたチューウイスキーの生命線だ。ライ麦、大麦、スペルト小麦、オート麦、小麦など、ありとあらゆる穀物がここで栽培され、ついでに牛も飼っている。

これらの穀物は、まさに働く家族の糧となる。妻のマリー、マリーの妹のエレン、エレンの夫のアンドレアスが、ヤコブと一緒に農場蒸溜所を経営している。

そもそもこの地を受け継いできたのは、マリーとエレンの父にあたるニコライだ。数年前に亡くなったが、生涯農業を営んで1990年代半ばから有機農法を実践していた。ヤコブによれば、そのニコライが「うちの農場で採れた穀物でウイスキーを造ってみたら面白いのではないか」と思いついた。今から15年ほど前のことだという。

地所内の畑で、自分のやり方で育てた穀物だけを原料jにする。チューウイスキー蒸溜所の4人にとって、ウイスキーはどこまで行っても農産物である。

有機農場から本格的なファームディスティラリー(農場蒸溜所)への変身は徐々に進んだ。創業時のチューウイスキー蒸溜所は、自前の製麦場はおろかポットスチルさえない状態から酒造りを始めた。そのため当初は地元のビール醸造所に協力を仰いだという。

蒸溜所を始めて最初の5年間に生産されたのは、わずか樽16本分の実験的なスピリッツだけ。新境地を開拓しようと、手探りで学んでいた頃だ。この時期の試行錯誤は、独自の手法を切り開く旅の一部だった。チューウイスキーは、徐々に業界の標準から離れて、ユニークなアプローチを確立していく。

ヤコブの説明によれば、製麦して大麦モルトにするための大麦を育てること自体が難しい。農家は酒類業界が求める一定の規格を満たす必要があり、ビール醸造業者、製麦業者、スピリッツ蒸溜業者たちが納得できる品質を提供できなければ買取価格も下がる一方だ。最悪のシナリオでは、丹精込めて栽培した穀物が家畜の飼料になることさえ考えられる。

だがそんな外れ値の大麦でも、その価値を見出す人がいればそれでいいのだとヤコブは言う。

「業界の規格に合わない大麦でも、ウイスキーはつくれるんです。もしこれがコストを低く抑えるべき機械的な大量生産なら、効率が10%落ちるのは大変な損失でしょう。でも独自の風味や経験を追求し、真にユニークなものをつくろうとするのであれば、収率は必ずしも問題にならないのです。効率が落ちた代わりに、素晴らしい風味が手に入ればいいのですから」

蒸溜所敷地内で育てた有機栽培の原料のみを使用する。オーガニックなシングルエステート蒸溜所という特徴を前面に打ち出したのは、2015年のことだったとヤコブは振り返る。クリスマスに家族がギュルップ村で集まり、先祖伝来のエステートの将来について話し合った結果、家族の総意として決断したのだ。

エレン、アンドレアス、マリー、ヤコブは、住んでいた首都コペンハーゲンを離れて故郷のチューに戻った。生産はノルディスク・ブレンデリ社との提携ですぐに開始。チューウイスキー専用の蒸溜所と貯蔵庫を建設する計画も立てられた。

先に完成した貯蔵庫は、穴のあいたファサードから塩気を含んだ海風が屋内に流れ込む構造だ。そして2019年春には、新しいミュラー・アロマット社のポットスチルが届く。念願の農場蒸溜所は、ついに完成した。
(つづく)