インヴァネスの新しい目的地として、注目を集めるウーラヴェイシュト蒸溜所。変わりゆくハイランドの首都を訪ねる2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

ハイランドの首都とも称されるインヴァネスは、スコットランド屈指の美しい景観で名高い。観光客に人気の目的地でもあるが、もともとは無骨な砦に守られた戦略上の要衝であった。

要塞があるインヴァネスの町は、12世紀までに住民の数を増やして発展を遂げた。記録によると、1158年にはスコットランド王デイビッドが町にロイヤルバーグ憲章を与えている。そして1307年には、スコットランド王ロバート1世がイングランド軍から城を奪取した。インヴァネスにはイングランド王国の城が5つあったが、ロバート1世はイングランドからの独立を戦った英雄として知られている。

それから4世紀後に起こったカロデンの戦いも、インヴァネス近郊のカロデン湿原が舞台となった。「ボニー・プリンス・チャーリー」(愛しのチャールズ王子)とも呼ばれたチャールズ若僭王ことチャールズ・エドワード・ステュアートが、フランスの後押しを受けて王位簒奪を計画。スコットランドに上陸し、ジャコバイト軍を率いてイングランド王に挑んだ戦いである。

チャールズ若僭王は、ハイランドの氏族やカトリック教徒たちを集めて挙兵したが、最後はカンバーランド公率いる政府軍に敗北する。これは英国内で起こった最後の戦闘としても歴史に刻まれている。

そんな波乱の歴史も乗り越えてきたインヴァネスには、古くから製麦の伝統が根付いている。製麦が盛んな理由のひとつは、大麦栽培に適した土地に隣接して囲いることだ。

老舗製麦メーカーのベアーズモルト社は1969年に設立され、今でもロングマンロード沿いに広大な施設を構えている。ピーテッドモルトとノンピーテッドモルトの両方を製造し、スコットランドはもちろん世界中のウイスキーメーカーに原料の大麦モルトを供給する重要企業だ。

そのような好条件にも恵まれたインヴァネスは、ウイスキー製造の中心地としても名高かった。しかし1980年代には、ウイスキー不況の波に押されてすべてのスピリッツ蒸溜が中止されてしまう。

だが長い沈黙を破って、インヴァネスにおけるウイスキー製造の伝統は2023年に復活した。蒸溜所名の「ウーラヴェイシュト」は、ゲール語で「怪物」を意味する。もちろんインヴァネス近郊のネス湖に棲むとされる怪獣ネッシーにちなんだ命名だ。

伝説によると、ネス湖のネッシーが初めて目撃されたのは西暦565年にまで遡る。聖コロンブスの弟子が水棲の怪物に襲われ、それを目撃した聖コロンブスが怪物を川に追い返したという記録が残っているのである。
 

ビールとウイスキーの二刀流

 
南アフリカ生まれの共同創設者でホテル経営者のジョン・エラスムスは、ウーラヴェイシュトをスコットランド初の「ブリュスティラリー」と位置づけている。「ブリュスティラリー」とは、ブリュワリー(ビール醸造所)とディスティラリー(スピリッツ蒸溜所)を組み合わせた造語だ。

ジョンが経営する「グレンモールホテル」とレストラン「ウォーターサイド」は、インヴァネス市の中心部を流れるネス川沿いにある。このホテルやレストランに隣接した新しい建物の中で、ウイスキーづくりとビール造りが並行しておこなわれているのだ。

ジョンと妻のビクトリアは、かねてより自分たちの醸造所と蒸溜所を創設しようという夢を抱いてきた。グレンモールホテルに隣接する現在の蒸溜所は、その夢を実現させるのに完璧な立地だった。

ビールとウイスキーを同じ屋根の下で製造するため、ビール製造機器で定評の高いドイツのカスパー・シュルツ社に設備を依頼した。環境への負荷を抑えたエコな生産体制でも注目されている。メイン写真は、創業者のジョン・エラスムス(右)とヘッドディスティラーのドリュー・シアラー(左)。

ジョンがウーラヴェイシュトを創設した目的の一つに、市の経済を活性化させることがある。インヴァネスに到着する多くの観光客は、まっすぐネス湖や国道NC500に向かう。だがインヴァネス市としては、少しでも長く市内に滞在してもらいたいのだ。

今年中には、ウーラヴェイシュトのすぐ近くにはインヴァネス城がある。かつては裁判所として使用されていたが、3000万ポンド(約57億円)の巨費を投じて最先端の国際的な観光施設へと改装中である。今年中には一般公開が再開され、多くの観光客を呼び込むことになるだろう。

これはジョン・エラスムスが蒸溜所を建設した狙いのひとつでもある。インヴァネス城の公開が再開されれば、ハイランドの首都で誰もが滞在時間を延ばし、お金を使ってくれるように促せるはずだ。

ウーラヴェイシュトには、ネス川から汲み上げた水の熱を利用する革新的な水熱源ヒートポンプがある。さらには発電用のソーラーパネルも併用され、 蒸溜所だけでなくホテル、アパートメント、レストランにも暖房と温水サービスを提供している。このような設備によって、年間250トンもの二酸化炭素削減が見込まれるエコな生産体制だ。

ウーラヴェイシュトの理念は、地元に伝わる神話や伝説を再解釈すること。その象徴がメルボルンのイラストレーター兼デザイナーであるケン・テイラーだ。ケンはメタリカ、パール・ジャム、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズなどのロックバンドの印象的なポスターで知られ、ポップカルチャーのイメージを押し出したアートワークでウーラヴェイシュトのブランドに生命を吹き込んでいる。

ウーラヴェイシュトのビール醸造とスピリッツ蒸溜は、2023年5月から本格的に始まった。すべての生産設備は、醸造所設計を専門とするドイツのカスパー・シュルツ社が納入している。カスパー・シュルツ社がウイスキー蒸溜器を製造するのは初めてのことで、つまり新しい分野への進出をウーラヴェイシュトが促したことにもなる。

ビールとスピリッツの製造設備は、すべて高度に自動化されている。糖化工程は醸造キットの中で週に2回おこなわれる。残りの5日間は発酵に費やされるが、この重要工程を管轄するのはバイエルン出身のビール醸造家ルーカス・プレッツァーだ。

ビール醸造所としてのウーラヴェイシュトでは、「インヴァネス・ラガー」「フォレスト・ドウェラー」「インヴァネス・ペールエール」「ダークホース・ハイランド・スタウト」そして無濾過の「ホワイト・ウィッチIPA」が製造されている。
(つづく)