アメリカ西海岸北部のクラフト旋風(1)ドライフライ・ディスティリング

September 8, 2017


昨年のケンタッキーに続くアメリカ探訪。今回は西海岸北部の革新的な蒸溜所に注目してみたい。この地域では、数年前よりクラフト蒸溜所のブームが巻き起こっている。旅の始まりは、ワシントン州スポケーンにある「ドライフライ・ディスティリング」から。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

アメリカ西海岸北部のクラフト蒸溜所と聞いて、州間高速道路5号線(シアトルとポートランドを結び、サンディエゴまで南下するハイウェイ)沿いに点在する何十軒もの蒸溜所を思い浮かべる人は多いだろう。だが今回まず訪ねたいのは、もっと内陸部にある蒸溜所だ。シアトルから車で4時間、アイダホとの州境にも近いワシントン州スポケーンに「ドライフライ・ディスティリング」はある。

ジン、ウォツカ、ウイスキーと多彩な蒸溜酒を生産するドライフライ・ディスティリングの蒸溜棟。カール社製のポットスチルと精溜器が導入されている。

今回の旅をドライフライ・ディスティリングから始めた理由がある。ここは禁酒法以来のワシントン州で、初めて合法的に運営されている蒸溜所なのだ。アメリカ西海岸北部では1970年代よりクラフトビール造りが盛んだが、クラフト蒸溜所の隆盛はごく最近のこと。実際のところ、ワシントン州におけるクラフト蒸溜所ブームの礎を築いたのがドライフライ・ディスティリングのメンバーたちだ。クラフトビールやワイナリーと張り合うのではなく、農業との結びつきを重視するのが彼らの流儀である。ドライフライの人々が成立に向けて尽力した「クラフトディスティラー法」によると、蒸溜所がクラフトディスティラーを名乗るには、少なくとも使用する原料の51%が州内の農場で栽培されたものでなければならない。他州とは異なり、この条件をみたすことでメーカーが顧客に直接サンプルを提供して商品を販売できるようになる。

ドライフライという名称は、フライフィッシングの疑似餌からとっている。その名の通り、蒸溜所の設立は川釣りをこよなく愛する2人の男によって構想された。ケント・フライシュマンとドン・ポッフェンロスは、ともに食品のマーケティングに携わっていた仲間同士。大企業に支配されるアメリカのシステムから抜け出そうと、小規模な蒸溜所建設のアイデアにたどり着き、スポケーン周辺の豊かな農業の伝統と密接な関係が築けるビジネスを始めた。「手づくりのスピリッツと、アメリカ北西部の純粋な自然の美しさへの愛着をみんなと共有したかったんだ」と2人は声を揃える。

蒸溜所が設立された2007年以来、ドライフライは「決して近道はしない」という原則を厳守している。「真のファーム・トゥ・ボトルを謳っているから、原料の99.9%はワシントン州で栽培されたもの。そのうち70%は蒸溜所から30マイル以内の場所で育てているんだ」とケントは語る。

ケントとドンが、最初に手を付けたのはウォツカだった。なぜなら大企業が販売する味気のないウォツカに不満で、ウォツカというお酒を進化させたかったから。現在、ここで生産する蒸溜酒の半分はジンとウォツカで、もう半分がウイスキーなのだとケントが説明する。

「季節によって変わるんだ。夏はジンの生産量が増えて、冬はウイスキーが増える」

蒸溜所の設備は、マッシュタンが1つとスチール製の発酵槽が8つ。スチルはドイツのカール社製だ。容量450Lの銅製ポットスチル2基に、コラムスチル2基が連結されている。発酵は室温で6〜7日ほどというのも、事を急がないドライフライらしい。熟成においても近道は好まない。「ここでは小型のバレルがいくらでも手に入る。使っているのは容量200Lのアメリカンオーク新樽だけ。チャーレベルは3で、一度使用した樽は使いまわさない」とケントは言う。

ドライフライは近隣のコミュニティとも結びつきが強く、使用済みの樽を地域のビール醸造所やコーヒー焙煎所に提供している。

「最近は地域のマリファナ業者からも依頼があった。ワシントン州では合法だからね。ジョイントを巻いて、古樽のなかに保管するそうだよ。僕らはラベルに名前を小さく記載してもらうことだけで満足している」

貯蔵庫は蒸溜所の敷地内に1ヶ所あり、もう1ヶ所が近所にある。この記事を書いている現在、ドライフライの貯蔵庫では650本のバレルが熟成中だ。

 

多彩でユニークなラインナップ

 

テイスティングルームの背後には貯蔵庫があり、バラエティ豊かな原酒を熟成中。来年は10年熟成のシングルモルトを発売予定だ。

小麦からつくるウォツカとジンに加えて、ドライフライではかなり珍しいタイプのウイスキーも生産している。蒸溜チームを率いるのは、ヘッドディスティラーのパトリック・ドノバンだ。

ドライフライは、100%小麦ウイスキーの先駆者である。3〜4年の熟成でボトリングされることが多いが、貯蔵庫には6〜7年もののバレルも眠っている。「熟成するほど品質が良くなるんだよ」と請け合うケント。現在、スタンダードの90プルーフ(45%)とカスクストレングス(120プルーフ、60%)の2種類がある。

さらにドライフライは、100%ライ小麦ウイスキーの先駆者でもある。もともとはライウイスキーをつくりたかったが、ワシントン州では誰もライ麦を栽培したがらないという事実が間もなくわかった。ここではライ麦が有害な雑草のように見なされており、小麦畑がライ麦に侵食されるのを農家の人々が嫌うのである。

そんな折に、ケントとドンは小麦とライ麦の交配種であるライ小麦の存在を知った。付き合いのある小麦農家が教えてくれたのである。さっそく蒸溜所でライ小麦を試してみたが、結果は今ひとつ。その後、地域に代々伝わるというライ小麦の種をたまたま入手して、最後にもう一度だけ試してみた。この粘り強さが功を奏し、今ではドライフライで屈指の品質とされるウイスキーが生まれることになった。ケントは語る。

「ライウイスキーをこれから再発見したい人には素晴らしい品種だよ。ライを思わせるコショウのようなニュアンスを持ちながら、フィニッシュはやわらかなウィートウイスキー(小麦ウイスキー)を感じさせてくれる」

そしてドライフライには「バーボン101」もある(101はプルーフ数で、度数50.5%の意味)。これぞワシントン州で合法的につくられた初めてのバーボンなのである。ワシントン州で栽培されるコーンは大半が家畜の餌用で、ドライフライが求める高品質な原料ではない。だが幸運なことに、スポケーンに住むフッター派のコミュニティが高品質のコーンを栽培していることを突き止めた。もうトップクラスのバーボンを生産するための障壁は何もない。現在販売されている「バーボン101」のマッシュビルは、コーン60%、小麦20%、大麦20%という比率。2年前よりコーン60%、ライ小麦40%に変更しているが、まだ熟成期間が3年未満なので新しいバーボンのボトリングはこれからである。ドライフライの「バーボン101」はコーンの甘味を前面に出しながらも穏やかな麦畑の匂いを感じさせ、新しい畳のような印象すらある。この味わいは日本のウイスキー愛好家にもアピールできるだろう。

以上のコアなラインナップの他に、ドライフライ・ディスティリングは面白い限定エディションも生産している。例えばポートフィニッシュのウィートウイスキーは、スタンダードなウィートウイスキー(アメリカンオーク新樽で3年以上熟成)をさらに1年間バレルサイズのポート樽で後熟したものである。このポート樽もただのポート樽ではなく、スポケーンにある「タウンゼント・セラー」で造られるハックルベリーポートを貯蔵した樽。ワイン造りにおいて、ハックルベリーはフルーツのキャビアと目されており、この地域で自生しているものも非常に高価だ。カベルネソーヴィニヨンが1トンあたり約千ドルだとすれば、ハックルベリー1トンは約1万ドル。さらに最近はトーニーポート樽でフィニッシュしたライ小麦ウイスキーもリリースしている。

 

スコッチ、アイリッシュ、シングルモルト

 

左からケント・フライシュマン、ドン・ポッフェンロスケント、パトリック・ドノバン。ワシントン州の法整備も働きかけ、クラフト蒸溜の隆盛を基盤から支えている。

ここで終わらないのが、ドライフライ・ディスティリングの面白いところだ。彼らはアイルランドとスコットランドに縁の深い地元農家のティム・ダナハーと協働して、スコッチやアイリッシュのようなウイスキーもつくってきた。「スコッチ」や「アイリッシュ」という呼称は使えないので、「オダナハー」というブランド傘下でスコッチスタイルの「カレドニアン」とアイリッシュスタイルの「ハイバーニアン」をリリースしている。「カレドニアン」は大麦モルトと未製麦の大麦を原料とした2回蒸溜。「ハイバーニアン」は大麦モルト、未製麦の大麦、小麦、オート麦を原料とした3回蒸溜だ。「ティムは原料の穀物を栽培して蒸溜も監督する。ウイスキーは最低5年間の熟成を経てから彼のシングルバレルコレクションとしてボトリングされるんだ」と語るケント。ティムと協働でつくるウイスキーは年間わずか15バレルで、入手可能地域は限られる。それでもワシントン州に滞在中なら、多少の回り道をしてでも手に入れる価値はあるだろう。

注目すべきもうひとつの製品は、樽熟成を施したジンだ。ケントとドンは、いわゆる「ジンスキー」(ウイスキーになりたかったジン)に興味がないため、ジンと樽のちょうどいいバランスを見出すまでに長い時間を要した。ドライフライでは、約1年間にわたってジンを古樽とアメリカンオーク新樽で熟成し、この2種類の原酒を絶妙なバランスにブレンドするという手法をとっている。

今年の10月、ドライフライは創立10周年を迎える。記念に限定品のウォツカを発売予定だが、近い将来にはウイスキーでも面白い製品を企画中だという。ケントは貯蔵庫で熟成中の原酒について多くを語りたがらないが、それでもうまくいけば来年には初めてのシングルモルトが発売できる見込みだ。使用される原酒はボトリングの時点で10年以上の熟成を経たものである。創立以来、辛抱強く見守ってきた原酒がいよいよ熟成のピークに近づいている。

ドライフライは、現在アメリカ国内の31州と26カ国で販売中。日本ではまだ紹介されていないが、舌の肥えた日本の愛酒家たちを魅了しそうな製品はもう揃っている。ビジネスの行く末を見つめるケントがこうつぶやいた。

「クラフト蒸溜所の水準を、僕らが高い地点に留めておきたいんだ。釣りに出かける時間もなくなったけど、お酒ならタダで手に入るようになったよ」

 

 

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