シェリー樽熟成がモルトウイスキーに与える影響

August 31, 2017

モルトウイスキーに、魅力的なフルーツ香を授けてくれるシェリー樽熟成。実際にはどんな条件下で、どんな効果がもたらされるのだろうか。理論派ジャーナリストのイアン・ウィズニウスキがメカニズムを解説。

文・イアン・ウィズニウスキ

 

ウイスキーにリッチなフレーバーを授けることで知られているシェリー樽。レーズンやアンズなどのフルーツ風味(生の果実もドライフルーツも)が、明瞭な甘味を伴って表現されるのが特徴だ。しかし特定のシェリー樽が提供できるフレーバーの種類や強さは、さまざまな要素の組み合わせによっても異なる。使用しているオークのタイプ、樽のサイズ、そこで熟成していたシェリー酒のスタイルや熟成期間などの要素が関連してくるからだ。

シェリー樽は、自由市場のブローカーや樽工房などからも入手できる。だが一般的には、各蒸溜所がシェリーを生産するヘレスのボデガ(醸造所)と事前に契約を結び、望みのタイプの樽を必要なだけ入手できるようにしている場合が多い。

まず第一の選択は、ヨーロピアンオークとアメリカンオークのどちらを使用するのかという問題だ。ヨーロピアンオークは、主にスペイン北部のガリシア地方などで伐採されるスパニッシュオークである。アメリカンオークはアメリカで製材したものを輸入して、ヘレスの樽工房で樽に組み上げる。どちらの種類のオーク材を使用しても、樽のサイズはホグスヘッド(容量250L)か、それよりも大きなバットまたはパンチョン(共に容量500L)である。パンチョンはバットより丈が短くて丸みがある。このサイズの違いについて、ザ・マッカランのマスター・オブ・ウッド、スチュアート・マクファーソン氏が説明する。

「効率を最大化するため、樽板の長さによってどの樽に使用するかを決めています。長さ1.3〜1.4mの樽板はバット用。もし樽板にひび割れなどの問題があって短く切らなければならない場合には、パンチョン用の1.2m材にします。そしてさらに切る必要があればホグスヘッド用に回すという具合です」

 

ボデガのトーストとソレラシステム

 

樽に組み上がったら、トーストという火入れ作業が待っている(木に着火はしない)。樽の内部に熱を加え、トーストを施した深さ2〜3mmの層を作る。オークには糖分を含むさまざまな構成物質が含まれており、それらがトースト時の熱で分解されて一連の風味要素(例えばバニラ風味など)を生成するのである。

次の段階で、樽はシェリーで満たされる。オークの新樽につきものの過剰なスパイスと木の特性を抜き出すためだ。この段階には2つのオプションがある。ひとつは、いったんシーズニングされた樽に特定の種類のシェリーを入れて一定期間熟成すること。もうひとつは「ソレラ」システムを経由することで「ボデガ仕様の樽」にすることだ。

ソレラは、樽を積み重ねてシェリーを熟成する伝統的なシステムである。地面に接した第1列の樽がソレラと呼ばれ、いちばん古いシェリーが入っている。その上にある樽(第1クリアデラ)は、ソレラよりも1段階若いシェリー。その上にある樽(第2クリアデラ)には第1クリアデラよりも1段階若いシェリーを入れ、最上段の樽にもっとも若いシェリーが入れている。

時期が来ると、一定量のシェリーがボトリングのためにソレラ樽から抜かれる。抜かれるのは、通常樽内の3分の1程度もしくはそれより少ない程度の量だ。シェリーを抜かれたソレラ樽には、ちょうど同じ量のシェリーを第1クリアデラから補充し、第1クリアデラには第2クリアデラのシェリーを順送りに補充する。そしていちばん上にある最終クリアデラの樽に、新しいシェリーが追加されるのである。

モルトウイスキーの熟成にシェリー樽を使用するようになったのは、もともと実用的な理由からだった。かつてシェリーは樽に入れられたままヘレスから船で英国に送られ、主にブリストルやリースなどの港から陸揚げされて英国内でボトリングされていた。英国はシェリー業界にとっても一大市場であったため、モルトウイスキーの蒸溜所が購入できるたくさんの空樽がすでに英国内にあったのである。

しかし1980年代から、樽の供給は減りはじめた。 シェリーのボデガが、生産地であるヘレスにボトリング設備を移動し始めたのだ。英国に樽ではなく瓶入りのシェリーが到着するようになると、蒸溜所関係者たちは長期間にわたる樽の売買契約を結ぶためにヘレスへと向かった。エドリントンでマスターウイスキーメーカーを務めるゴードン・モーション氏が振り返る。

「私たちのウイスキーの最終的なフレーバーをつくるのに、ボデガが果たす役割は計り知れないほど多大です。樽に正しくシーズニングが施されていないと、私たちが望んでいる特徴をモルトウイスキーに授けることができないのですから」

 

アメリカンオークとヨーロピアンオークの違い

 

さてモルトウイスキーに対するシェリー樽の影響は、オークの出自によって異なってくる。ゴードン&マクファイルでウイスキー供給のアソシエイトディレクターを務めるスチュアート・アークハート氏が説明する。

「アメリカンオークは、ヨーロピアンオークほど濃厚ではないものの、ほぼ似たようなレンジのフレーバーをもたらしてくれます。ただしアメリカンオークのほうがバニラ風味のレベルが高く、対するヨーロピアンオークはよりリッチな風味をもたらします。またアメリカンオークはスピリッツとの相互作用がヨーロピアンオークよりもゆっくり進むため、熟成にも時間がかかります。どちらの種類のオークを使うかは、ニューメイクスピリッツの特性次第。アメリカンオークは、より軽やかなスタイルのニューメイクスピリッツを熟成するのに向いています。これは樽の効果がスピリッツを圧倒しにくいためで、十分に熟成した後でも蒸溜所が本来持つ個性(ニューメイクスピリッツの個性)をヨーロピアンオークよりも表現してくれます。ヨーロピアンオークは、よりリッチなスタイルなニューメイクスピリッツを熟成するのに向いています」

さらに考慮に入れなければならないのは樽のサイズだ。ホグスヘッドは、バットやパンチョンに比べて短期間でスピリッツに影響を与えることができる。これは樽のサイズが小さいほど、熟成中のスピリッツが体積あたりでオーク材に触れる面積が大きくなるため。それでは容量がほぼ同等のバットとパンチョンには何か重大な違いがあるのだろうか。ゴードン・モーション氏が語る。

「パンチョンとバットにはわずかながら違いが生じる場合があります。しかしながら樽自体にさまざまな特性があるので、どのような違いであるかを説明するのは難しいですね」

さらにいうと、ファーストフィルの樽(ニューメイクスピリッツを初めて入れた樽)は、セカンドフィルやサードフィルよりも明確な影響をもたらす。これは新しいスピリッツを熟成するたびに樽の影響力が減少していくからだ。考え方を変えると、古いフィルの方がオリジナルな「蒸溜所の個性」をよりはっきりと残してくれるという意味でもある。インバーハウスでマスターブレンダーを務めるスチュアート・ハーヴェイ氏が説明する。

「例えばファーストフィルのスパニッシュオーク樽は、スピリッツに最初から大きな影響を与えます。6〜18カ月の間に大きな風味の増加が見られ、スパイスやチョコレートのような感触と豊かな加色が得られます。一方、セカンドフィルにはファーストフィル同様のフレーバー要素があるものの、同じ期間での影響を比べるとファーストフィルよりも風味と色の獲得は穏やかです」

樽にもともと含まれているシェリー(ヘレスから出荷される前に樽出しされたシェリーの残滓)の存在も無視できない。ただしスコットランドに到着した樽材には、シェリーとは別のいわゆる『木材抽出液』がまだ10~20Lほど含まれている場合がある。現代ではヨーロピアンオークとアメリカンオークの違いのほうが重要であると考えられているものの、この木材抽出液も古くから重大な影響因子と見なされてきた。スチュアート・ハーヴェイ氏が説明を付け加える。

「樽板内の残液がモルトウイスキーの熟成に与える影響は、無視できるほどわずかなものです。大切なのは、やはりオークの種類や状態ですね」

多くのモルトウイスキーは、バーボン樽熟成の原酒とシェリー樽熟成の原酒をブレンドしてできている。だがなかには、100%シェリー樽熟成という商品もある。ゴードン・モーション氏がその一端を紹介してくれた。

「私たちの保有する樽は90%がシェリー樽で、それがハウススタイルとなっています。ザ・マッカランのニューメイクスピリッツはノンピート。かすかにオイリーなシリアルやフルーツの風味を表現したいと考えているため、特定のシェリー樽から明確なインパクトを引き出すことで相応の力強さを加える必要があるのです。ザ・マッカランのシェリーカスクシリーズは、ヨーロピアンオークとアメリカンオークで作られたシェリー樽だけで熟成されています。ヨーロピアンオークのシェリー樽からはドライフルーツ風味が、アメリカンオークのシェリー樽はクリーミーなバランスのよいバニラ風味がもたらされるのです」

 

 

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