スコットランドにも波及する米国のクラフトウイスキーブーム【前半/全2回】
アメリカで生まれたクラフト蒸溜所のムーブメントが、スコッチの本場でも成長を続けている。その代表格ともいえる蒸溜所が「ローンウルフ」と「ツインリバー」だ。伝統を塗り替える2つの新進メーカーをガヴィン・スミスが訪問する2回シリーズ。
文:ガヴィン・スミス
スコットランドで実験的な未来志向のウイスキーをつくっている若い蒸溜所といえば、真っ先に2つの名前が頭に浮かぶ。「ローンウルフ」(www.lonewolfspirits.com)と「ツインリバー」(www.deesidebrewery.co.uk)だ。2つの蒸溜所は共にスコットランド北東部のアバディーンシャー州にあり、互いから50km以内と立地も近い。どちらもビール醸造会社から派生した事業だが、既存のスコッチウイスキーの概念を変えてしまいそうなインパクトをもたらしている。
2回シリーズの前半は、まずローンウルフを訪ねてみよう。ローンウルフは、規制王国スコットランドでパンクなビールづくりを創始した「ブリュードッグ」のスピリッツ部門である。ブリュードッグは「パンクIPA」や「デッドポニークラブ」などのビールで国際的な名声を獲得したブランド。ここ10年ほど数々の物議を醸しながら賞賛され、スコットランド最大の独立系ビールメーカーに成長した。
ブリュードッグの醸造棟(2軒)、蒸溜棟、本社事務所は、アバディーンから25km北にあるエロンの工業団地にある。現場を子細に観察すると、心配になってくる人も多いはずだ。業界のルールや規制を管轄するスコッチウイスキーアソシエーション(SWA)にとって、この会社が実に厄介な存在であることがうかがえるからだ。
ローンウルフの代表は、スティーブン・カースリー氏。グラスゴー大学で化学を学び、エディンバラのヘリオットワット大学で醸造学と蒸溜学を修めた。卒業後はディアジオ傘下の蒸溜所で4年間マネージャー職を務めたが、独創的で実験的なお酒づくりの夢を追ってローンウルフへとやってきた。
「ローンウルフ(一匹狼)という名前は、独自の道を歩むという事業目標から生まれました。ルールや規制に縛られながら窮屈に働くのではなく、進歩的、革新的、実験的なものづくりを実践したい。ビールの世界で築いてきた成功を、スピリッツの世界でも生み出すことが目標です」
スピリッツの蒸溜を始めようと思ったのは、「それが自然な進化のかたちだったから」なのだとカースリー氏は説明する。
「ビール醸造所があれば、道は半ばまで切り開かれているも同然です。ブリュードッグ創設者のマーティン・ディッキーとジェームズ・ワットも、自分たちだけのウイスキーをつくりたいという情熱を持っていました。そんなこともあって、蒸溜所はかなり柔軟な運用を想定してデザインされているんです」
蒸溜設備は、驚くほど幅広い調整が可能な設計だ。ドイツの蒸溜器メーカー、アーノルド・ホルスタインから多彩な実験を可能にする容量50Lのパイロットスチルを購入。さらには容量3,000Lのポットスチルが1組(2基)ある。そのうちひとつは、カースリー氏が「トリプルバブル」と誇らしげに呼んでいるもの。銅との接触を増やして、活発な還流が起こる設計なのだという。もうひとつのポットスチルは従来型に近いタイプで、複雑な液化システムに接続されている。他にも8プレートの精溜装置がついたコラムスチルがある。
「醸造所から発酵液が調達できるように、毎週スケジュールを組みます。蒸溜業務の拡大に伴って、蒸溜所専用の醸造設備も欲しくなってきました。現在はライ、小麦、大麦のマッシュビルを使用しています。モルトはクリスタル種、チョコレート種、ロースト済みのモルトなどを併用。さまざまなモルト原料を使用して、ビール造りの知見を最大限に活かしたいと考えています。発酵でもラガー酵母やエール酵母などの酵母菌株を途中で加えたりしながら、さまざまなパターンを試行錯誤中です。生産工程のあらゆるステージで、フレーバーが加えられるように工夫しています」
ファンが喜ぶ新しいウイスキーを
「マリスオッター(大麦麦芽)100%、ライ麦麦芽70%+マリスオッター30%、小麦麦芽60%+マリスオッター40%という3種類のレシピを組みました。バッチひとつごとに順番でつくり、蒸溜したスピリッツは容量50Lのアメリカンオークの新樽に詰めます。これまでに20樽ほどの量を仕込みましたが、他にも戦略はあります。グレーンウイスキーにも注力して、『トリプルバブル』のスチルを精溜コラムと併用しながら新しい風味を生み出していく予定です」
これからしばらくは、上記の3つのスタイルで蒸溜されたスピリッツにあれこれと工夫を施す期間になるとカースリー氏は予告する。
「気温と湿度を調整できる貯蔵庫があるので、やろうと思えばケンタッキーのような気候も再現できるんです。このような設備は熟成の自由度を大きく広げ、さまざまな熟成プロセスを比較することで学びも得られます。異なった品種のオーク材を使用したり、最適なチャーレベルやトーストレベルも模索したい。オーク材については、世界中の品種を検討しながら、スピリッツに与える影響を検証するつもりです」
ウイスキーだけではなく、スピリッツ全般に興味があると語るカースリー氏。ウイスキーに限ってみても、スコッチスタイルのウイスキーだけでなく、さまざまなスタイルのウイスキーを模索しようとしている。
「この仕事は、新しくて面白い実験的な試みをおこなうチャンスに満ち溢れています。スコットランドの蒸溜所という旧来の枠組みに収まるつもりはありません。幅広いスピリッツの世界で、クリエイティブな仕事をしたいと願っています」
このような方針は、スコッチウイスキーアソシエーションと相容れない部分も予想されるだろう。だがカースリー氏のビジョンには迷いがない。
「SWAは、彼らの考える『伝統』が品質を保証すると考えています。でも実際には、そんな保証はありません。これまでも『伝統』の手法で生産されたひどいウイスキーをたくさん味わってきました。私自身もたくさんウイスキーを飲みますが、スコッチウイスキーに驚かされることは滅多にありません。既存のルールではなく、つくり手の直観に従ってつくられたスピリッツが、数年以内に世界中で登場してくるはず。ウイスキーファンが楽しみにしているのは、そのようなウイスキーなのです」
新しい消費者層は、ウイスキーの原料や生産プロセスに関して透明性を求めている。ローンウルフは、この点についてもよく理解しているようだ。v
「私たちは透明性を重視します。樽の調達先である樽工房はもちろん、チャーレベルやトーストレベル、使用している大麦品種、酵母の種類などの詳細情報はすべて公開します」
蒸溜所でつくられた最初の「ウイスキー」は、あと12〜18カ月ほどで発売できるのではないかとカースリー氏は見込んでいる。
「ひょっとしたら個別のカスクをいくつかヴァッティングして、シングルカスク製品としてボトリングするかも。さまざまなグレーン品種のスピリッツを使用し、さまざまな品種のオーク樽で熟成させ、蒸溜も複数の方式でおこないながら、可能なすべてのオプションを試してみたいと思っています」
(つづく)