ヨークシャーで初めて創設されたシングルモルトウイスキーの蒸溜所。輝くイングリッシュウイスキーの未来は、ここスピリット・オブ・ヨークシャーでもう始まっている。

文:ミリー・ミリケン

 

スコットランドのウイスキーづくりに使用される大麦の多くが、イングランドのヨークシャーで収穫されていることをご存じだろうか。ちょっと意外かもしれないが、そんな事実を知ってしまえば、最近までヨークシャーにシングルモルトウイスキーの蒸溜所がなかったことすら不思議に思えてくる。

だが2019年になって、ようやく不本意な時代も終わりを告げた。スピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所が、最初のシングルモルト製品「ファイリーベイ」を皮切りに11種類のウイスキーを発売したのだ。スピリット・オブ・ヨークシャーは、この時からイングリッシュウイスキー屈指の新星として評価を固めている。

穀倉地帯のヨークシャーでは初めてとなるシングルモルトウイスキー「ファイリーベイ」のシリーズ。スピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所は、新しいイングリッシュモルトウイスキーの世界でも特に注目される生産拠点だ。メイン写真は創業者のトム・メラーとデービッド・トムソン。

ウイスキーの名称にもなった美しいファイリー湾から、10分ほど車を走らせる。黄金色の麦穂が揺れる麦畑のただ中に、目指す蒸溜所が見えてくる。なぜこの地域でもっと早くウイスキーがつくれなかったのか、不可解に思えるほどの素晴らしい立地だ。

さらに驚くのは、今も受賞歴を重ねる素晴らしいウイスキーが、こんなに小さな工業団地のなかでひっそりとつくられていることだ。スピリット・オブ・ヨークシャー創設者のデービッド・トムソンと地元農家のトム・メラーも、かつてはヨークシャー産のシングルモルトがないことを嘆いていた。特にトムは、スピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所の関連企業であるウォルドトップ醸造所で20年もビールを造り続けてきた人物なのである。

スピリット・オブ・ヨークシャーのウイスキーは、トムの農場で収穫された大麦を原料としている。そもそもウイスキーづくりに進出したのは、それが収穫された大麦を最大限に活かす道だったからだ。2人がウイスキーづくりを始めた経緯について、デービッドが回想する。

「ビジネスを始めるときは、過去の事例を参考にするのが普通。でもスピリット・オブ・ヨークシャーは、ここにある大麦モルト、農場、水でどこまでできるのか試してみたいという欲望の産物だったんです」

 

イングランドだからこそ可能なウイスキーづくり

 
地元ヨークシャーで、誰もやったことのない蒸溜所建設に乗り出すのは難しい仕事だ。そこでデービッドとトムは、今は亡き偉大なるジム・スワン博士に相談した。フォーサイス製のポットスチルを設置し、シングルモルトづくりには珍しい4つの銅製精溜器を備えたコラムスチルも導入。この設備によって、蒸溜所のチームは独自のニューメイクスピリッツを2種類も生産できるようになった。

2人が目指したのは、スコッチの伝統を踏襲しながらも独自のアプローチでウイスキーをつくること。コラム式スチルを導入する決断も、そんな大きなビジョンから導き出された。スコットランドでは、コラムスチルで蒸溜したスピリッツがシングルモルトに分類できない。たとえ大麦モルトが原料でも、規制があるためラベルにはグレーンウイスキーと記されるのだ。だが規制のゆるいイングランドなら、そんな心配もなく独自のシングルモルトづくりが自由に模索できる。

スチルもスピリットセーフも、蒸溜所の設備はスコッチの伝統を継ぐフォーサイス製。アドバイザーのジム・スワン博士と相談しながら、イングランドならではアプローチを目指した。

先進的なビジョンを持ちながら、チームはさまざまな部分で昔ながらの伝統的な生産手法も採用している。蒸溜所では、実際にたくさんの手作業が実践されているのだとデービッドは明かす。

「他との差別化を図り、実験的なウイスキーづくりを可能にするのが手作業なんです。現代のウイスキー産業が、そういった人間味を捨ててしまったのは残念なこと。手作業のほうが微調整も効くし、毎日のように異なった判断でスピリッツをつくり分けられます。そこから生まれるのは、バッチごとに繊細な違いを見せてくれる原酒たち。自動化してしまうと、こんな贅沢はできません」

こんな話を聞いて、早とちりしてはいけない。ウイスキー界では新参のスピリット・オブ・ヨークシャーだが、その生産力はかなりのレベルに達している。現在こそ純アルコール換算の年間生産量が80,000リッターほどに過ぎないが、その気になれば292,000リッターもの生産能力がある。ちなみにデービッドはクラフトという言葉を好まず、「手づくりによる量産」を志向している。

貯蔵に使われている樽も多彩だ。ファーストフィルのバーボン樽、スワン博士の肝いりであるワインバリックのSTR樽、ピート香の強いウイスキーを貯蔵したピート樽、シェリーバットなどだ。

注目すべきウイスキーのひとつは、「ファイリーベイ ピーテッドフィニッシュ #1」。これは少量のバーボン樽で熟成した2種類のスピリッツをピート樽で後熟したウイスキーである。その結果、蒸溜所のトレードマークである軽やかでフルーティな香味がほんのりとしたスモーク香に包まれた。

他にも人気の「ファイリーベイ モスカテルフィニッシュ」(現在2バッチ目が販売中)は、まずバーボン樽で3年熟成したスピリッツをモスカテル樽(ホグスヘッド)に入れ替えている。こちらはフルーティな香味が全面に出たフィニッシュを楽しめる。

そして最新作は「ファイリーベイ IPAフィニッシュ」だ。ウイスキーの後熟に用いるのは、あらかじめ姉妹会社の醸造所で「スカボローフェアIPA」を熟成した樽。つまりこのウイスキーを生産する工程には、樽熟成を施したIPA(ビール)の生産も組み込まれているということだ。デービッドいわく、ウォルドトップ醸造所のビール「マーマレードポーター」でも同様のプロセスを経たウイスキーが準備されている。

 

大麦栽培の手法でサステナビリティを追求

 

醸造所と蒸溜所で樽を再利用するのは、サステナビリティへの取り組みを進める一環だ。スピリット・オブ・ヨークシャーは「畑からボトルへ」という理想を掲げている。製麦こそ専門業者に頼っているものの、それ以外の全行程は蒸溜所内。糖化、蒸溜、瓶詰めまで、手作業が中心のスタイルだ。大麦畑に目を移せば、デービッドは継続播種栽培の普及にも力を入れている。刈り取り後の株を残したまま種を蒔く不耕起栽培だ。

少量生産の「クラフト」というイメージではなく、「手づくりによる量産」を目指すスピリット・オブ・ヨークシャー。趣向を凝らした樽熟成の戦略も評価が高い。

近年の農業研究によると、この継続播種栽培によって温室効果ガスが従来の3分の1も削減できるという。土地の耕起などに使用する機械の使用が減らせるためだ。不耕起栽培は、機械で耕起した土地よりも土壌のエアポケットが少なくなる。そのため、酸素が炭素に触れて二酸化炭素が生成されにくい。つまり機械だけでなく、畑の土壌から出る二酸化炭素の排出も減らせるのだとデービッドが説明する。

「長年にわたって、過剰な耕起が競い合うようにおこなわれていました。それが未来に向けて持続可能ではないと気づいたんです。ただ苗床に種を戻すだけで、炭素放出を抑えられる。間作物として被覆作物も植えやすくなるので、土壌の窒素を回復させることにもつながります」

このコンセプトは興味深く、さらなる研究が待たれる分野だ。グラスゴーで開催されたCOP26を受け、たくさんの蒸溜所がサステナビリティへの取り組みを強化し始めた。デービッドと同僚たちは、環境への望ましい影響を量的に増やそうと知恵を絞っている。

ヨークシャーより地盤が固い土地では、不耕起栽培ができない場合もあるだろう。デービッドはそう認めながらも、大麦の栽培とスピリッツの蒸溜は本質的に結びついていなければならないと信念を語る。ウイスキーの未来がサステナブルであるために、今から強化していくべきことなのだ。

「スピリッツ業界と農業界の間には、分断も見られます。でもその分断を正して、つないでいくのも私たちの仕事だと信じています」