集中講義 樽を知る 【その3/全3回】
シリーズ最終回の今回はウイスキーの性格を決める大きな要素の一つでもある、「フィル」について。バーボン樽とシェリー樽の比較も交えながら、これまでの講義で理解した樽の特徴を踏まえて、そのメカニズムに触れてみよう。
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第3課 フィルを科学する
カスクによって、モルトウイスキーの個性が大きく変わることはわかった。
最後はバーボンカスクとシェリーカスクの違いや、ファーストフィルとセカンドフィルの違いがもたらす影響を見極めるため、複雑な熟成のプロセスを理解しよう。
フィルを知ることで、ウイスキーの楽しみは倍増する。
文:イアン・ウイズニウスキ
モルトウイスキーはカスクの中で熟成されるが、そのカスクは一度きりではなく何度か繰り返して使用されるのが常である。初めて熟成に使われるカスクは「ファーストフィル」と呼ばれ、そのカスクが例えば12年間熟成に使用された場合、空になる前に2度目のニューメイクスピリッツを投入すると「セカンドフィル」と呼ばれる。カスクはこのようにして3度、4度と使用されることがある。出来上がったモルトウイスキーのフレーバーに対してそれぞれ異なった影響を与える「フィル」は、ウイスキーの性格を決める大切な要素ということになる。
ウイスキーの熟成に用いるカスクは、バーボンやシェリーの熟成に使用されていたものを再利用するのが一般的だ。それぞれのカスクのタイプが、熟成中のモルトウイスキーに様々なフレーバーを与える。バーボンカスクはバニラのような香りと軽い甘さ、シェリーカスクは豊かな甘味とフルーツケーキやドライフルーツのような特性をウイスキーに授けてくれる。
カスクがフィルを繰り返すごとに、熟成されたウイスキーに与えるオークの影響は薄らいでいく。例えばファーストフィルのバーボンカスクを、12年熟成のモルトウイスキーをつくるために使用したと仮定しよう。このカスクをさらに12年、セカンドフィルでモルトウイスキーの熟成に使用した場合、カスクがウイスキーの風味に及ぼす影響はファーストフィルの25〜30%程度になる。3度目のサードフィルでさらに12年間の熟成に使用すると、その効果はファーストフィルのわずか10%程度という結果になる。
バーボンカスクに比べて、シェリーカスクはセカンドフィルにおいてもファーストフィルの約50%程度の影響をウイスキーに与え、サードフィルなら15〜20%といったところである。シェリーカスクの影響力は、バーボンカスクほど急速には衰えない。それはシェリーカスクがバーボンカスクよりも高レベルの香味物質を含んでいるからである。
理由のひとつを説明しよう。シェリーカスクはもともとシェリー酒の熟成に使用されているわけだが、シェリーのアルコール度数といえば17%程度である。一方のバーボンカスクは、最高で62.5%にもなるスピリッツを入れられてきた樽だ。アルコール度数の高いスピリッツは、性質がより“活発”なので、熟成中にオークの木材から香味物質を多く引き出して奪うことになる。
生来の性格を引き出すセカンドフィル
連続的なフィルが、単純に前回のフィルよりも効果を弱めたり風味を薄めたりするわけではない。それぞれのフィルは、同じ香りであってもそれぞれ異なったバージョンで影響を与える。バーボンカスクで熟成した証であるバニラ香は、その顕著な例である。
「セカンドフィルで12年熟成した場合はバニラのレベルが低くなり、ファーストフィルの12年熟成とは異なった性格を持ちます。セカンドフィルのバニラ香はどちらかといえばキャラメルのような性格で、ファーストフィルのバニラ香ほど丸みやハチミツのニュアンスがありません」
そう説明するのは、ウィリアム・グラント&サンズの技術サポートチームを率いるジェーン・ミラー氏だ。同様に、シェリーカスクによってもたらされる果実のような香りも、フィルの違いによって性格を変えるという。バーンスチュワート蒸溜所のマスターブレンダーであるイアン・マクミラン氏はこう語る。
「ファーストフィルは、とても豊かなフルーツケーキやレーズンのような果実味をもたらします。セカンドフィルは明らかにそれとわかるフルーツケーキの香りをもたらしますが、ファーストフィルほど圧倒的ではありません。セカンドフィルの果実味はナツメヤシやスモモ、あるいは砂糖で煮た果物に近くなります」
それぞれのフィルから染み出していく個々のフレーバーの他に、全体の風味のバランスにも変化がある。例えば、セカンドフィル以降のカスクでは、カスク内で熟成されるニューメイクスピリッツが持つ本来の性格がより際立ってくる。一方のファーストフィルで熟成されたスピリッツは、カスクがもたらす強力なフレーバーの成分によって本来のスピリッツの性格がある程度までマスクされるのである。
セカンドフィルやサードフィルのカスクは香り成分の供給が少ないので、スピリッツが持つ本来の性格がより鮮明に表出される。そのためニューメイクスピリッツがもともと果実の風味を持っているような蒸溜所では、ファーストフィルよりもセカンドフィルの方が、その特徴的な果実味をよく味わえるということになる。
同様に、酸化による影響は、ファーストフィルよりもセカンドフィルやサードフィルの方にはっきりと現れる。それはカスクからもたらされる香り成分のレベルが低いことが原因である。酸化は、カスクの内部と外部で空気が行き交うことによって起こる。この過程で、酸素を主とする空気中の物質がスピリッツの中に溶け込むというメカニズムだ。この現象はいくつかの反応を呼び起こすが、その典型的なものはスピリッツがフルーティーになり、バランスがとれて複雑さを獲得することである。
カスクのバリエーションがレシピを豊かに
バーボンカスクやシェリーカスクの様々なフィルを利用して熟成することで、ひとつの蒸溜所でも多彩なレシピのモルトがつくられる。その結果、マスターブレンダーはさまざまなフィルの成果から多彩な性格の広い選択肢が得られ、ある特定のモルトウイスキーの味をレシピに従って集め、構築するのに役立つことになるのだ。
「グレンモーレンジィ・オリジナルにとって、セカンドフィルのカスクは非常に重要な存在です。なぜなら柑橘系の果物をかじったような果実のフレーバーを、ファーストフィルよりも多く得られるから。これらの果実味はニューメイクスピリッツ本来の性格と、酸化によってもたらされる効果の産物です。セカンドフィルのカスクは、酸化の成果によって、ファーストフィルで熟成をおこなうよりもスピリッツ本来の性格を引き出してくれます」
そう語るのは、グレンモーレンジィで蒸溜とウイスキー蒸溜製造部長を務めるビル・ラムズデン博士である。
オークカスクはいったい何度の詰め替えが可能なのか、それぞれのフィルがどのような結果をもたらすのか、正確なところを完全に保証することはできない。結局のところオークは自然の産物であり、カスクにもそれぞれ非常に多様な性格があるのだ。カスクが時間をかけておこなったパフォーマンスや、あるカスクが再度のフィルに耐えられるかを判断する唯一の方法は、そのカスクが熟成させたモルトウイスキーを分析することに尽きるのだ。
カスクにまつわる最悪のシナリオといえば、たった一度のフィルでカスクを倉庫から処分しなければならないような事態であろう。幸いにして、そのようなことは滅多におこらないようだ。