昨年惜しくも世を去った名優ショーン・コネリー。代表作の007シリーズで活躍するボンドカーが、シングルモルトスコッチウイスキーとコラボした。その驚くべき全貌に迫る2回シリーズ。

文:クリス・ホワイト

 

いま思い起こしてみても、1964年はあらゆる意味で節目の年だった。米国では人種差別を禁じる公民権法が制定され、英国では英国放送協会がTVチャンネル「BBC 2」の放送を開始。スコットランドでは、女王陛下がエディンバラ近郊のフォース湾にフォース道路橋を開通させた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師がノーベル賞を受賞したのも、ビートルズがアメリカで大旋風を巻き起こしたのも1964年だ。(日本では東京オリンピックが開催されている。)

ボウモアとアストンマーチンによる驚きのコラボ。最高級カーフスキンをあしらったケースの中には、危険なほどの魅力をたたえた液体が入っている。

この年の英国には、大戦後の停滞から一気に目覚めるような活力があった。カウンターカルチャーを含む大衆文化が隆盛し、革命的な気分にあふれた「スウィンギング・シックスティーズ」が最高潮に。市民の政治参加が活発になり、性の革命と呼ばれるムーブメントが巻き起こった。英国バンドが活躍した「ブリティッシュ・インヴェイジョン」や、ミニスカートの流行も社会現象になっている。若々しいオプティミズムやモダニズムに後押しされ、西洋世界を快楽主義が席巻した。

この1964年に、英国を代表する2つのブランドが誕生している。そのひとつは、英国映画でもっともアイコニックな自動車だ。『007 ゴールドフィンガー』では、名優ショーン・コネリーが「アストンマーティンDB5」に乗って銀幕を駆け抜けた。このボンドカーはナンバープレートが回転し、フロントは2機のマシンガンを格納する特別仕様。座席には、シフトレバーの脱出用ボタンが付いている。

同じ頃、ショーン・コネリーの故郷から遠くないアイラ島南岸のキルダルトンでも、静かに歴史が動いていた。ボウモア蒸溜所が用意した、ウイスキー熟成用の樽一式。これらの樽で熟成されたウイスキーは、その後1993~2016年の23年間にわたって、5種類の特別なボトルで発売されることになる。現在でも多くのファンが渇望する「ブラックボウモア」のシリーズだ。

そして両ブランドのコンセプト成立から半世紀以上が経った今、自動車業界とウイスキー業界の巨人が手を携えることになった。特別限定ウイスキー「ブラックボウモア DB5 1964」の発売である。
 

ハイクラスなウイスキーと自動車のコラボレーション

 

伝統あるアイラモルトと高級車を並列で扱うのは、奇妙な試みのように感じてしまう人もいるかもしれない。しかしウイスキーブランドがありきたりのビジネスパートナーを離れて、意外なブランドと手を組むはこれが初めてではない。グレンモーレンジィの「Beyond The Cask」(樽を超えて)というプロジェクトでは、テインの蒸溜所チームがデザイナーや工芸家とタッグを組んだ。 同ブランドの看板商品である「グレンモーレンジィ オリジナル 10年」を熟成した樽材を原料に、サングラス、自転車、サーフボードまでを製作したのである。

ジェームズ・ボンドが持ち歩きそうなケースを開けると、度肝を抜くようなボトルデザインが登場。精巧なガラスの上に、本物のDB5のピストンが被せてある。

また牡鹿がシンボルのダルモアは、革製品ブランドのルティーチェと一緒に豪華な鹿革の靴を造ったことがある。ジョニーウォーカーが、ウイスキーの香りがするハリスツイードのブレザーをあつらえたのも画期的だった。最近では、ディアジオがテレビの人気ファンタジードラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」とコラボしている。9種類の家と9軒の蒸溜所を結びつけた高額の商品は、セカンダリー市場も賑わせている最中だ。

自動車メーカーとコラボしたウイスキーブランドも、ボウモアが初めてではない。バルヴェニーは2014年にモーガンとコラボして「バルヴェニー・モーガン」を発表した。この車は3.7LのV6エンジンを搭載した4人乗りのロードスターで、わすか4.5秒で時速100kmに達する。ウィリアム・グラント&サンズは、この車を2020年7月の「Whisky.Auction」に出品して31,500英ポンドで落札された(この金額は後述の「ブラックボウモア DB5 1964」1本よりもお買い得な価格だったといえるだろう)。収益は「ザ・ベン&ザ・ドリンクス・トラスト」を通して、医療機関やエッセンシャルワーカーたちへ届けられている。

だがこのような前例に比べても、ボウモアとアストンマーティンのコラボにはまったく異なったイメージがある。アストンマーティンは、英国の自動車メーカーのなかでも古き良きクラシックな高級車として有名なブランドだ。しかもDB5は特にハリウッド黄金時代へのノスタルジーを象徴している。完全無欠のラグジュアリーブランドであり、ブランド哲学を貫くのは流麗な高級感だ。そして007シリーズとの親和性から、危険なほどの魅力を醸し出している。シリーズ第25作目となる公開間近の『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』には、伝説の名車DB5も含む4台以上のアストンマーティンモデルが登場するという。

ウイスキーマガジンの読者にとって、ボウモアはおなじみのブランドである。しかし世間一般でいえば、アストンマーティンのほうがはるかに知名度は高い。Instagramのフォロワー数を比較してみれば、ボウモアが47,000人であるのに対してアストンマーティンは1,000万人にも上る(原稿執筆時の調査)。アストンマーティンのようなラグジュアリーブランドは、間違いなくボウモアのグローバルな知名度向上にも恩恵をもたらすことになるだろう。
(つづく)