ビールとウイスキーを分けるもの【前半/全2回】
麦芽に温水を加えて糖分を引き出した「ワート」に、酵母を投入することで始まるアルコール発酵。できあがった「ウォッシュ」(もろみ)は、ビールの原型でもある。このビールを蒸溜すれば、ウイスキーになるのか? 素朴な疑問から、ウイスキーの歴史が解明されていく。
文:テッド・ブラニング
1495年、スコットランド王から賜った8ボウル分の大麦麦芽で「アクアヴィータ」をつくったフライアー・ジョン・コア。王室に献上されたこの蒸溜酒が、スコッチウイスキーの始祖であると伝えられている。
これは多くのファンが知っているウイスキー誕生の逸話だが、疑問は次々に浮かんでくる。この原始ウイスキーは一体どんな味がしたのか? 現代の基準に照らしてウイスキーと呼べるものだったのか? そもそも真っ当な飲み物として成立していたのか? 本当にただの植物性アルカロイドの水溶液だったのか? 当時はすでにワインが飲まれていたはずだが、どれくらい昔から麦芽原料の酒をつくっていたのか?
どれも興味深い疑問である。ここで私たちがいつも見逃してしまう事実を指摘しよう。ウイスキーを蒸溜する前には、必ずエールが醸造されていなければならない。そしてフライアー・ジョンが賜った8ボウル分(48ブッシェル分)の大麦麦芽の重量は740kgもあり、かなり大量のエールがつくれる分量である。もし製麦とマッシュが効率的におこなわれていれば、度数7~8%のエールが1,300〜1,500Lほど醸造できたことだろう。
フライアー・ジョンは、リンドーズ修道院の修道士だった。彼がウイスキーの原料にすべく醸造したエールは、当時から修道士、修道院の客人、召使いたちが日々親しんでいたエールビールと同じものだったのか。はるか昔のことで知る由もないが、そうでなかったと想像する理由は何もない。
21世紀の現代、ウイスキー用のウォッシュをビールのようにパイントグラスで飲んでも美味しいと感じる人はいないだろう。極上のコニャックでさえ、度数が低く酸味の強すぎるワインから蒸溜されている。酔狂なコニャックファンでも、そんなワインを飲みたがる者はいない。同様にモルトウイスキーの原料となるエールのテイスティングも(誰かが日常業務として義務的におこなっているのだが)、決して羨ましい仕事だとは思えない。
<ウイスキーの原料はビールなのか
ビール醸造とウイスキー蒸溜の両方を手掛けるメーカーのひとつが、セントアンドリューズのエデンミル蒸溜所だ。同社のスコット・ファーガソン氏がこの点を説明してくれる。
「ニューメイクの原料になるウォッシュの味ですか? 薄っぺらで雑草みたいな味ですよ。マッシュではできるかぎり多くのアルコール変化を起こしたいので、発酵効率が極めて高いディスティラーズイーストを使用しています。これで度数9~10%以上のウォッシュ(ビール)ができるのですが、そのまま飲めるような代物ではありません。あくまで最終的なニューメイクスピリッツの品質に最適化されているので、ウォッシュ自体はとても薄っぺらで酸っぱい味がします」
スコッチウイスキーなどのモルト蒸溜所で使用されている高効率のディスティラーズイーストは、50年ほど前に導入された品種だ。素早く発酵をおこない、穀物の糖分を最後の一滴までアルコールに変えて、なおかつイースト発酵時に発生する高温や高アルコール濃度といった環境に耐えられる性質に改良されている。
ウイスキーブームだった50年前、各所で蒸溜所が新設されていたが、スコッチウイスキー業界の規制によって生産過程のあらゆる添加物が禁じられていた。だから発酵の効率を上げるには、イーストの性質を強化する以外の工夫ができなかったのである。さらに最近のディスティラーズイーストは、原料の無駄を減らしてくれるし、水やエネルギーも少なくて済む。このような好ましい発酵環境がさらなる研究開発を促進したおかげで、昔のようにビール用のブリュワーズイーストを使用する蒸溜所は数えるほどになった。
それでも一部のモルトウイスキー蒸溜所は、最新の生化学だけでなくかなり古風な技術も採用している。中世のビールづくりと同様に、大半の蒸溜所はモルトを3回マッシュする。2回め、3回めと糖度が薄まっていくワートは発酵前に混合して使うことになるが、その方法は蒸溜所によって異なっている。
例えばグレンファークラス蒸溜所では、3回めのマッシュで得られたワートが、次のバッチの第1マッシュに使用される。この「先送り」は、1回めのマッシュのあとで最後の1滴まで糖分を引き出すために湯中の穀物を噴射する「散布」を目的にしたものだ。スコットランドのビール醸造家たちが発明した技法だが、ウイスキーの蒸溜所は最近まで関心を示していなかった。
(つづく)
1. グリストのチェック
グリストとは、糖化のために粉砕されたモルト(大麦麦芽)のこと。粒の大きさは3種類あり、ハスク(粗挽き)が15%、グリッツ(中挽き)が80%、フラワー(細挽き)が5%という比率で混ぜる。マッシングの間に発酵可能な糖分をもっとも効率よく引き出せるよう、この比率が重要視されている。
グレンファークラス蒸溜所のマッシュタン(糖化槽)は、直径10mとスコッチウイスキー業界でも最大級のもの。ここに16.5tのモルトが入れられ、64℃に温めた仕込み水64,000Lが注ぎ込まれて、58,000Lのワート(麦芽汁)が得られる。さらに2回目の仕込み水は78℃で28,000Lを投入し、25,000Lのワートを絞り出す。3回めのワートは80℃の仕込み水で62,000Lも得られるが、発酵に回せるほどの糖度がない。そこで次回の第1回マッシュに投入される仕込み水に使用され、「スパージ」(散布の意)と呼ばれている。
マッシュタン内のワートは、20℃まで冷やされてポンプで45,000Lのウォッシュバック(発酵槽)2槽に送られる。ワートには即効性の高いディスティラーズイースト(ウイスキー酵母)が投入され、48~60時間にわたって発酵する。表面には真っ白な泡が浮かび、炭酸ガスが発生し、糖分が高速でアルコールに変化する際には熱を発する。このようにしてアルコール度数8%のウォッシュ(もろみ)が出来上がるのである。