ウイスキーづくりと冷却水
文:イアン・ウィズニウスキ
水を適切に管理することは、すべての蒸溜所の死活問題につながる重大事である。必要な量を確保することはもちろん、水温を適切に保つことも重要だ。気化したアルコールを再び液化する蒸溜行程では、コンデンサーを通過させる冷水(自然から供給されるときの温度)をコンスタントに供給する必要があるからだ。
だが気化アルコールを冷却する過程で、冷却水の温度は大きく上昇してしまう。そのため、コンデンサーを出た温水は、再び適切な温度まで冷却される必要がある。この再冷却は水源である川などの自然環境に戻す際にも重要なことで、コンデンサーの冷却水として再利用する際にも必要になる。水の冷却方法にはタワー(冷却塔)とポンド(冷却プール)の2種類があり、両者の仕組みは互いに大きく異なっている。
冷却塔は、金属製の「タワー」のなかにプロペラ型のファンを備えている。このファンを回転させることで、冷気を送って温水を冷ますのだ。一方の冷却プールはいわば「ノーテク」な構造で、自然環境に放置しておくことで温水の温度が下がるのを待つ。
両者は一体どのようにして使い分けられているのだろうか。2017年に操業を開始したばかりのトラベイグ蒸溜所で、蒸溜所長を務めるヘイミッシュ・フレイザー氏が説明する。
「冷却プールは冷却塔よりも見栄えがよく、運用コストも安く上がります。一度プールを作れば、ずっとそこで仕事をしてくれるわけですから」
しかし冷却プールで迅速に温水を冷却するには、水面が一定の広さで空気に晒されていなければならない。どれだけ短時間で冷却が必要になるかは、天候や生産スケジュールによっても異なってくる。冷却プールが、冷却塔よりも圧倒的に広いスペースが必要になるのは言うまでもない。その点、冷却塔は驚くほど省スペースだ。例えばアラン蒸溜所の冷却塔は、高さがわずか3.7mで幅が2.4mである。冷却プール派のヘイミッシュ・フレイザー氏が語る。
「我々の蒸溜所は敷地が28,000平米もあるので、冷却プールを設ける余裕は十分にありました。何千トンもの土を掘り起こして、直径60mの円形スペースを作りました。深さは最大で3〜4mです。出来上がったプールは表面積だけで約3,000㎡あり、180万Lの水を蓄えることができます」
原始的な冷却プールとハイテクな冷却塔
蒸溜工程で温まった水は、トラベイグ蒸溜所のコンデンサーから20〜25℃で排出される。水は地下のパイプを通ってプールの端から溢れ出し、水面に向かって誘導されるのだとフレイザー氏が説明する。
「温度の高い水は、まずプールの表面近くに留まります。これは冷水よりも単位体積当たりの重さが軽いため。そして表面で冷却された水は、プールの底へと沈んでいきます。プールの中央には排水口があり、パイプで水源の川に再び返されるのです」
トラベイグ蒸溜所が自然環境へ返す際の水は、もともとの温度から3℃以上になってはいけないという法律の規定がある。川の水温は冬なら約4〜5℃、夏は最高で12〜15℃であるとフレイザー氏は語る。
「採水地に設置した温度計で、現在の川の水温をいつも確認しています。さらにプールから水を川へ戻す排出口でも水温を計測していており、2つの温度をコンピューターのスクリーン上に表示しています。規制に間違いなく従うため、管理システムに組み込んだ仕様です」
トラベイグ蒸溜所で、水を十分に冷まして川に戻すまでに必要な時間はおよそ3日間だ。一方、冷却塔を使用するアラン蒸溜所では、この行程が数分で済んでしまうという。蒸溜所長を務めるジェームズ・マクタガート氏が説明する。
「コンデンサーから排出されるときの水温は24.7℃くらいです。これが冷却塔を通過する2分間で13.9℃にまで冷まされます」
この冷却性能は、冷却塔の設計によっても異なってくる。冷却技術は進歩を続けており、設計の種類もさまざまだ。2012年に設立されたグラスゴー・ディスティラリー・カンパニーにもその一例がある。ヘッドディスティラーを務めるラックラン・マッキンタイア氏が仕組みを教えてくれた。
「コンデンサーから排出された水は、ポンプで冷却塔の最上部に送られて、ドリフトエリミネーターを通るように誘導されます。これはプラスチックでできた大型のトレイのような装置で、そこに穿たれた無数の穴から小さな水滴が流れ落ちてくるようになっています。高さ3mの冷却塔の中を落下する水滴が、電気で回転するプロペラの風で冷やされるという訳です。冷却が済んだ水は、再びコンデンサーの冷却に使用されます。これは水の無駄遣いを極限まで防ぐ方法です」
ゴミや菌とも戦う
冷却プールは、原則としてメンテナンス費用がかからない。だがプールに水を運び、排出するためのポンプには注意が必要だ。プール内の植物によって目詰まりが起きたりするからである。トラベイグでは、羊を放牧して冷却プールの縁に生えてくる草を除去するようにしている。
また冷却塔には、他にも考慮すべき条件がある。グレンモーレンジィ蒸溜所で原酒熟成の責任者を務めるブレンダン・マキャロン氏が語る。
「通常のモニタリングで問題が発見されることはほとんどありませんが、冷却塔は外気から密封されている訳ではないので、葉っぱや砂粒などのゴミが侵入してしまう可能性もあります。水だけでなく葉っぱを冷却するのはエネルギーの無駄になるし、ポンプが詰まったりしたら厄介ですね」
コンデンサー用の冷却塔には、さらに厳重なモニタリングが必要となるとジェームズ・マクタガート氏が語る。
「水温が継続的に変化する環境では、レジオネラ症のリスクが生まれます。これを予防するため、水には然るべき処置が施されて毎日監視されています。毎年、生産を一時中断してメンテナンスをおこなう時期には冷却塔を掃除して、専門業者が殺菌処理を施しています」