真新しいスコットランド製のポットスチルから、ついにニューメイクスピリッツが流れ出す。若いスタッフが支える遊佐蒸溜所は、最高品質のウイスキーを目指してフル稼働中だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

誕生したばかりの遊佐蒸溜所には、最高品質のウイスキーをつくるという究極の目標がある。佐々木雅晴社長によると、そのビジョンは「TLAS」(トラス)の頭文字で表されるのだという。

最初の「T」は、「ちっぽけな」を意味する「Tiny」だ。蒸溜所の敷地は4,550㎡あるが、そのうち蒸溜所の建物はわずか620㎡なので小さい蒸溜所であることは間違いない。佐々木社長が説明する。

「そもそも大量生産できないんですよ。1日にバレル3本分です。週のうち6日稼働して、原料1トン分のバッチを5回こなします。将来は毎週7バッチを目指していますけどね」

次の「L」は後回しにしよう。「A」は「本物」を意味する「Authentic」だ。

「日本酒の消費量は減少していますが、山形の杜氏たちは伝統的な生酛造りの製法を守っています。ウイスキーづくりの伝統にも、同様の敬意を払う必要があると考えました。本場スコットランドの伝統的な製法を用いつつ、日本らしいこだわりを大切にしています」

設備と工程は、教科書通りのスコットランド流だ。原料の大麦もスコットランドから輸入する。ハウススタイルはノンピートだが、今シーズンの最後(2019年7月)に少量のヘビリーピーテッドモルト(フェノール値50ppm)を数バッチ仕込む計画がある。

蒸溜担当の齋藤美帆さんがミドルカットの準備中。リッチかつクリーンなスピリッツを目指してチューニングが続いている。

蒸溜所に届いたモルト原料は、3基あるサイロに保存される。サイロ1基あたり約9トンが収納できるので、3基でほぼ1ヶ月分の分量になる。糖化は容量5,000Lの糖化槽でおこなわれ、お湯を投入する回数は標準的な3回だ。糖化工程を担当する岡田汐音さんが説明してくれる。

「糖化はいつも午前9時半にスタートします。最初に投入するお湯は63.5°Cで3,750L。午前10時頃には麦汁を発酵槽に移して、30分後に酵母を追加します。正午くらいには糖化槽に2回目のお湯を入れますが、今度は76°Cのお湯が1,750Lです。これも午後1時半くらいまでに発酵槽に移して、糖化槽には3回目のお湯を入れます(86°Cで3,210L)。このお湯は翌日のバッチに使用する分です。それと並行して、翌日分の粉砕もやってしまいます。1時間から1時間半くらいかかりますね。午後3時頃には、糖化槽を空にして掃除できるようになります」

発酵工程には、5槽ある木製の発酵槽が使われる。静岡県の日本木槽木管株式會社が、ベイマツ(ダグラスファー)で製造した日本製の発酵槽だ。同社は秩父蒸溜所にも同様の発酵槽を納入している。糖化は月曜、火曜、木曜、金曜、土曜におこなわれ、発酵時間が90時間(ほぼ4日間)であることから最低4槽の発酵槽が必要になる。もしものトラブルに備えて5槽が用意されているのだ。発酵工程では、5,000Lの麦汁に5kgのウイスキー用酵母が加えられる。

 

ニューメイクスピリッツを味わう

 

発酵が終わると、もろみが熱交換器を通って初溜釜(ウォッシュスチル)に入れられる。初溜釜の容量は5,000Lで、ヘッドはストレート型だ。「マッカランを参考にしたんですよ」と佐々木社長が笑顔で言う。蒸溜担当の齋藤美帆さんが詳細を説明してくれる。

「初溜は午前9時半頃から始めます。度数1.5%まで蒸溜するのに4〜5時間。再溜は次の営業日におこないます。日曜日はお休みなので、木曜日の初溜と金曜日の再溜はありません」

再溜釜の容量は3,400Lで、ヘッドにはボイルボールが付いている。佐々木社長が「こっちはグレンドロナックを参考にしたんです」と明かしてくれる。まだ試行錯誤中ということで、再溜の詳細(カットポイントなど)は公開できない。2基の蒸溜器には、どちらも下向きのラインアームと多管式のコンデンサーが取り付けられている。

遊佐蒸溜所のスピリッツは、どんなタイプを目指しているのだろうか。佐々木社長に訊ねてみると、肩をすくめながら答える。

「まだ今も模索中なんですよ。それでも、風味がリッチでありながらクリーンなスピリッツを志向するという方向性は決まっています。現在は初溜を手早くおこなって、再溜でカットの幅を狭くとるというアプローチを試しています」

貯蔵庫担当の佐藤紘治さんが、樽詰めスペースに空き樽を運ぶ。バーボンバレルが中心だが、シェリー樽も購入している。

生産棟1階にある研究室に移動して、待望のニューメイクを味わう。フルボディだがクリーンな味わいで、大麦糖、天ぷらの衣、未熟なフルーツなどの素晴らしい風味。甘味のレベルもちょうどよく、かすかな塩気もある。この素晴らしい出来栄えが、ビギナーズラックだとは思わない。

熟成の方針は徹底して古典的だ。樽詰め時のアルコール度数は63.5%。スペイサイド・クーパレッジから仕入れるバーボン樽が主体で、ダンネージ式の貯蔵庫が2棟ある。第1貯蔵庫の片隅を占拠している樽詰め用の装置もレトロだ。最新式のポンプはなく、樽詰め前後に樽の重さを計測する台秤が古風だ。50年前のスコットランドとほぼ変わらない光景である。佐々木社長が語る。

「1号樽に樽詰めしたのが11月6日なので、ちょうど1週間前のこと。現在は11本まで樽詰めが完了しています。最新の樽に少しだけ漏れがあるのですが、今日の午後は14本の樽に詰める予定です」

2棟ある蒸溜棟には、まだ数えるほどの樽しかない(訪問時)。すべてがバーボンバレルで、見覚えのある名前が並んでいる。ウッドフォードリザーブ、ワイルドターキー、バートン、フォアローゼズなどの高品質な樽だ。

「バーボン樽が優先ですが、いくつかシェリー樽も注文しました。樽を簡単に買えないことが初めてわかりましたよ。コンテナ1個分のシェリー樽を注文しようとしたら笑われちゃいました。ともあれシェリー樽は5本確保しています。これからが楽しみですね」

 

愚直なまでに品質を優先

 

遊佐の季候はスコットランドとまったく異なるが、佐々木社長は利点もあると感じている。

「ここでは年間の温度差が40°Cもあるんです。最低が-5℃ で、最高が36℃。だから熟成の進み方も速いのではないかと期待しています。遊佐の5年ものが、スコッチの8年ものに相当するような」

2棟のダンネージ式貯蔵庫では、2,000〜3,000本の樽が熟成できる。この2棟がいっぱいになったらどうするのだろうか。佐々木社長が微笑む。

「問題ありませんよ。安い土地ならいくらでもありますから。森の中でも、山の方でも土地は探せます。実は蒸溜所も森の中に建てたかったのですが、物流が大変なので諦めたんです」

ニューメイクはフルボディだがクリーンな風味で、甘味と塩気のバランスもいい。グラスに刻印されたロゴは、遊佐町から見える鳥海山の双峰を描いたもの。

金龍はウイスキーの発売を急いでいる訳ではない。これがビジョンの頭文字「S」で、「最高」を意味する「Supreme」を現している。

「生産するのはシングルモルトだけ。他の会社のように、ブレンデッドの市場で競争できるような生産力もノウハウもありませんから。品質第一なので、熟成が完了していないウイスキーを販売することもありません。山形県の酒造メーカーは、国内外の品評会で最高賞を何度も受賞しています。山形の名に恥じない品質を保ってくれるのなら、協力を惜しまないとも言ってくれました。まさにそんな最高品質こそが目標なんです」

新しいウイスキー蒸溜所は、どこも地元色を打ち出そうと躍起になっている。だが金龍では、まず何よりもウイスキーの品質が第一だ。この付近にミズナラの木はあるのかと尋ねると、佐々木社長は答えて言った。

「たくさんありますよ。でもそっちの方向は考えていないんです。町長は地元産の大麦という話もしていましたが、まだ視野にはありません」

注目を浴びるための策略には、あまり興味がない。なぜなら、他にもっと大事なことがあるから。そんな潔い蒸溜所の方針を聞くのは新鮮な思いだ。

最後に残ったビジョンの頭文字は「L」。これが「かわいい」を意味する「Lovely」なのだと佐々木社長が説明する。

「この地域は、冬の間とても暗い日が続きます。みんな服装の色も暗いし、風に飛ばされないように体を縮めてうつむき加減で歩いています。遊佐蒸溜所には、そんな風景を明るく照らす光になってほしい。蒸溜所の真っ白な壁と真っ赤なドアや窓枠を見て、ここで何か特別なことが始まっているんだと感じてもらえたら嬉しいですね」