ジャパニーズウイスキーの表示基準によって、複雑化するジャパニーズウイスキーのカテゴリーが明確化される。この新しい規制の影響について、世界の関係者に意見を聞いた。

文:ジェイソン・トムソン

 

ジャパニーズウイスキーの表示基準が発表されると、ウイスキー業界からは概ね好意的な反応が示された。だが一部には、もっと踏み込んだ内容を期待していた人たちもいる。スペシャリティ・ドリンクス・グループのヘッドバイヤーを務めるドーン・デイビーズ氏は、ウイスキー・エクスチェンジなどの小売部門も担当している人物。彼女はジャパニーズウイスキーに何らかの法的な規制が必要であることを2年以上前から訴えていたという。

デイビーズ氏の説明によると、消費者は自分たちが手に取るウイスキーブランドについて、かつてないほどの透明性を求めている。

「この現代という時代において、消費者が商品のトレーサビリティを求めているのは間違いありません。いま自分が飲んでいるものについて深く知りたい。ボトルの中身について知りたい。そして嘘やごまかしを聞かされたくないのです」

ジャパニーズウイスキー業界が新しい表示基準を打ち出したことで、この基準をバイヤーもしっかり理解しなければならない。消費者に提供する前に、その飲み物がどこからやってきたのかを間違いなく伝えられる必要があるのだとデイビーズ氏は語る。

「消費者を守るためのルールであることは評価できます。でもこの基準の遵守を義務付けられているのが、日本洋酒酒造組合のメンバー企業だけだという点には課題があります。組合外の企業は、守りたければ守ればいいという強制力の不足があるからです」

そういうデイビーズ氏も、最低でも守るべき基準を設定することが、カテゴリーにはっきりとポジティブな結果をもたらすだろうと予測している。

「例えば、シャンパンは世界屈指の飲料ブランドです。そのブランド価値は、すべて法規制に基づいたものですからね」

 

海外市場への影響

 

ベルリンとザルツブルクにある「ピンカーネルズ・ウイスキー・マーケット」のオーナーを務めるクラウス・ピンカーネル氏も、日本国内での規制が必要だと感じていた一人だ。

「今回の新しい表示基準が、当店のお客様に影響を及ぼすことはほとんどないでしょう。当店でお客様が求めるのは手頃な値段で買えるジャパニーズウイスキーが中心なので、日本国外でつくられたモルト原酒が入っていても大して気にしない人がほとんどだからです。いわゆる『本物』のジャパニーズウイスキーを積極的に探しているのは、ほとんどがハイエンドのウイスキーマニアや投資家だと思っています」

ニッカウヰスキーの商品を英国に輸入している「スペシャリティ・ブランズ」で、社長のクリス・スィール氏にも話を聞いてみた。

「顧客に商品の内容を細かく説明し、商品知識を教育するためにはまだやるべきことがあると思っていました。そんな立場から、日本洋酒酒造組合の新しい第一歩を歓迎します」

かくいうスィール氏も、消費者が十分な情報を与えられた上で選択できるようにするには、さらなる法制化が必要だという意見だ。

「消費者は、いまだに情報がない暗闇の状態で商品を探しているようなものでした。ラベルに書かれている内容を解読するにも専門家の手助けが要るし、そもそも必要な情報が書かれていない場合もある。そんな意味において、新しい表示基準はジャパニーズウイスキーというカテゴリーを定義するのに役立つでしょう。でもこれで終わりではありません。現在では、消費者の知識レベルが、必要以上に高くなっているのではないかと感じています」

消費者の知識レベルが、売り手を上回っている。このような状況を変える努力も、業界側の仕事ではないかとスィール氏は問いかける。新しい表示基準のニュースが流れて以来、「スペシャリティ・ブランズ」ではジャパニーズウイスキーの売り上げが急増している。

 

メーカー側から見た見解

 

英国でサントリーのアンバサダーを務めるジェームズ・ボウカー氏も、新しい表示基準が設定されてからジャパニーズウイスキーの売り上げが増していることを認めている。

富士御殿場蒸留所のマスターブレンダー、田中城太氏。表示基準の明確化を喜びながら、「ワールドブレンド」の伝統も守りたいという立場だ。

「個人的にも、今回の表示基準はジャパニーズウイスキーにとって素晴らしい第一歩になったと感じています。品質、産地、製法に関わる規制が、これからもさらに前進できることを期待しています。またジャパニーズウイスキーというカテゴリーを守るための規制は、日本国内だけで完結する訳ではありません。消費者の権利を守るためには、輸出先となる国々でも一貫した規制を実行していく必要があります」

ジャパニーズウイスキーが将来にわたって成功するためには、透明性の確保が鍵となる。そう語ったのは、富士御殿場蒸留所のマスターブレンダーを務める田中城太氏だ。だが同時に「ワールドブレンド」と呼ばれる分野にも存続を望んでいる。

「偽物のジャパニーズウイスキーは、完全に市場から締め出されるべきです。でも海外産の原酒を用いたワールドブレンドの存在意義は、ラベルに原料の出自を明記する限り存続が守られたほうがいいでしょう。海外産の原酒を使うのは、日本産にはないスタイルの原酒も加えることで風味を豊かにできるからです。輸入した原酒と国産の原酒をブレンドするのは、歴史的に日本のウイスキーメーカーの伝統であり、ジャパニーズウイスキーのカルチャーを形作ってきました。近年は『イノベーション』の名のもとに、日本以外での国でも同様のアプローチでつくられた商品が発売されています」

田中氏によると、日本の「ワールドブレンド」が生まれた原因は、原酒のストック不足ではない。むしろ日本国内の消費者に、より幅広いフレーバーのプロフィールを提供しようと考えた企業努力の成果なのだという。世界中の消費者に、成分の原産地を知らせる必要性が増してきたことは理解している。しかしそのような透明性が確保される限り、「ワールドブレンド」のコンセプトも受け入れられることを田中氏は望んでいるのだ。

「表示基準を明確にしたことで、私たちは正しい方向に動き出しました。この第一歩が、ジャパニーズウイスキー業界を将来にわたって発展させるきっかけになるだろうと期待しています」

新しい表示基準は、2021年4月1日から遵守が義務付けられている。また3月31日以前に販売されたウイスキーについては、2024年3月31日まで販売できる猶予も与えられている。この新しい基準が、日本国外も含めた世界のウイスキー業界にどのような影響を与えるのかはまだ未知数の部分も多い。

スコットランドの蒸溜所は、すでに欧州連合から英国が離脱したことによる圧迫を受けており、スコッチ原酒をブレンドした日本のウイスキーが消費者に忌避される事態を警戒している。また米国のような輸出市場でも、日本国内の表示基準に合致しないスピリッツをジャパニーズウイスキーとして取り扱っている現在の慣習について是正が求められるようになるだろう。

ジャパニーズウイスキーの定義をめぐる曖昧さは、これまでウイスキーに投資する消費者や販売者に混乱をもたらしてきた。今回の新しい表示基準が、短期的には定義上の明確化をもたらしてくれることは間違いない。