泥炭地から掘り出されるピートは、ウイスキーづくりに欠かせない原材料のひとつ。環境を保全しながら、化石燃料を利用し続ける道はあるのか。業界の取り組みを追う3回シリーズ。

文:フェリーペ・シュリーバーク

 

ウイスキー愛が高じて、アイラ島まで旅行してしまう。そんな根っからのスコッチウイスキーファンにとって、ピート(泥炭)の濃厚なアロマはロマンスと栄光の象徴だ。モルトウイスキーの聖地と呼ばれるアイラ島も、蒸溜所のキルンで燃やされるスモーキーな香りがあってこそ。ヘブリディーズ諸島の真珠は、ピートの香りとともに伝説を受け継ぐことができるのだ。

アイラ島を旅すれば、干上がった湿原のあちこちに溝が刻まれている。これはピートを採掘した痕跡だ。何世紀にもわたって、ピートは家屋の暖房に重宝されてきた。またウイスキーづくりの工程では、大麦モルトを燻す製麦の熱源として使用されるのが伝統的だ。

ラフロイグのキルンで燃やされるピート(泥炭)。ピートは製麦工程に使用することで、スモーキーな香味を加えてくれる化石燃料だ。メイン写真はハイランドの湿地帯に隣接する泥炭地。

ウイスキーのスモーキーな風味に魅せられた人の多くは、アイラ島でのピート採掘体験に憧れている。島内のウイスキー蒸溜所ツアーに参加すれば、ツアー終盤のハイライトとしてピート採掘が用意されていたりする。この体験の後で、フェノール値にまつわるさまざまな薀蓄を聞きながら、ウイスキーの香味をじっくり探るのだ。生産地ごとのテロワールが表現されていて、堆積した古代の植物が醸し出すフレーバーに思いを馳せる。ウイスキーファンとしては至福のひとときだ。

だが残念なことに、このような喜びは相応のコストの上に成り立っている。泥炭地は繊細で、一度採掘したら大きなダメージを受ける再生不能な生態系。またピートの湿原は巨大なカーボンシンク(二酸化炭素吸収源)でもあり、英国だけで30億トンの炭素を閉じ込めている。つまり泥炭地からピートを採掘することで、大量の二酸化炭素が環境に排出されることになる。採掘は希少な生物たちが棲む生息地の環境も破壊する。

ロマンチックなイメージは、ひとまず脇に置いておこう。埋蔵されているピートを掘り起こす行為は、重大な環境の劣化を引き起こしてしまうのが現実だ。幸いなことに、ウイスキー業界はピート採掘の伝統について再検討を始めている。メーカー各社は、環境保護活動を推進するNGOと提携して泥炭地の修復プロジェクトに着手した。これはピート採掘が環境にもたらす有害な影響を軽減するため、採掘の方法を変えていこうという取り組みだ。

スコッチーウイスキー協会(SWA)も、新しい「ピート・アクション・プラン」の策定に取り組んでいる最中だ。この計画は今年中に発表される予定で、ウイスキーメーカー各社が環境への責任を考慮しながら遵守すべきサスティナブルな指針となる。しかし化石燃料の採掘自体が、サスティナブルと呼べるものであるかどうかは意見の分かれるところだろう。

SWAと提携するNGO諸団体は、具体的な方針について議論している。この内容を首尾よくまとめることができたら、スコッチウイスキー業界は泥炭地(ピートランド)の保全において世界を主導する立場になるかもしれない。

 

希少な自然環境を保護するために

 

ウイスキーファンなら、ピートに関する基礎知識は持っているかもしれない。簡単に説明すると、ピートは水浸しの酸性環境におかれた苔類や植物が、何万年もかけて無酸素状態でゆっくり分解されてできた物質だ。これを掘り出して乾燥させると、燃料に使用できる。ウイスキーづくりにおいては、この乾燥ピートを燃やした煙が製麦に使用される。煙の中に含まれるフェノールがモルトに付着してスピリッツのなかに溶け込み、樽熟成を済ませたウイスキーにスモーキーな香りを授けてくれる。


英国の泥炭地は約270万ヘクタールに及び、その面積において世界有数の国だ。そして泥炭地の半分以上はスコットランドにある。しかしながら泥炭地にはさまざまなタイプがあり、産業用として採掘されているピートの割合はほんのわずかだ。年間のピート採掘量のなかで、大半を占めるのが園芸用のピートである。

氷河期の生き残りとされるアカライチョウ。この鳥を狩りたいハンターたちが、ヒースの低木地を造成するために泥炭地を野焼きしている。

さまざまな業界のニーズに応えるため、ピートの多くは隆起低湿地と呼ばれる泥炭地から掘り起こされる。このような泥炭地は、ピートの堆積によってドーム状に盛り上がっていることが多い。そのため湿地帯の水面は地下水位よりも高い位置にあり、水深が15メートル以上に及ぶこともある。他の地域の泥炭地はスコットランドよりも水深が浅く、ブランケット湿原などの湿地帯にあることが多い。

国際自然保護連合(IUCN)で英国泥炭地保全計画の顧問を務めているクリフトン・ベインは、このような英国特有の湿地帯が希少な存在であることを訴えている。

「隆起低湿地は、ブランケット湿原とは大きく異なり、動植物にとっても希少な生息地となっています。ヨーロッパ全土の中でも極めて珍しい環境で、ここブリテン島にある沼地は最良の例に数えられているのです。沼地の生物多様性にも特別なものがあります」

隆起低湿地は英国内でもわずか5,800ヘクタールを占めるに留まり、そのうち2,500ヘクタールがスコットランドにある。クリフトン・ベインによると、ウイスキー業界のピート採掘量は年間約3万立法メートルで、全採掘量(80万立法メートル)の4%程度に過ぎない。だが採掘の大半は、この希少な隆起低湿地でおこなわれている。なお上記の数値は、英国が2014年におこなった採鉱調査によるものだ。

いかに少量であっても、ピート採掘が醜い環境破壊を引き起こすことに変わりはない。そして長年にわたる採掘によって、英国の泥炭地は深刻なダメージを受けている。 泥炭地全体の80%が、IUCNによって「劣化」状態にあると認定されているのだ。劣化の原因のひとつは泥炭の採掘だが、それだけではない。

このような泥炭地の変質は、主に水分の喪失からもたらされる。だが時には、人為的な野焼きによって泥炭地の機能が失われることもある。野焼きをする理由は、農業や植樹、そして低木地の造成など。わざわざヒースの低木地を造成したがるのは、熱心な狩猟クラブの人びとだ。低木地はライチョウの生育を早めるので、湿原でライチョウ狩りがしやすくなると考えているのである。採掘にしても、野焼きにしても、その先には深刻な未来が待っている。
(つづく)