ピート採掘と環境保全【第2回/全3回】
文:フェリーペ・シュリーバーク
ピートの採掘現場となる隆起低湿地には、大型のヒース蝶や湿地を好むコオロギなどの希少種がたくさん生息している。英国内の隆起低湿地が過去100年で94%も消失したことを考えると、この環境に生息しているさまざまな種が、今も深刻な驚異にさらされているのは間違いない。
泥炭地の生態系は、地下が水浸しであるがゆえに極めて脆弱な環境である。国際自然保護連合(IUCN)で英国泥炭地保全計画の顧問を務めているクリフトン・ベインによると、たとえほんの少量であっても、ピートの採掘は重大な結果を引き起こす可能性がある。
「泥炭地は、90%が水でできている極めて湿った生態系。その水中の泡のひとつに切り込んいくことで、隆起地の本質的な破裂を招く恐れがあります。その結果、環境破壊はさらに広い範囲へと拡大しかねません。だからほんの少量の採掘であっても、はるかに広大な範囲まで影響を受けるリスクを重く見るべきです」
地域の水循環にとっても、泥炭地は重要なはたらきをしている。ここは大地が水をたっぷり吸収し、濾過しながらゆっくり排出する場所であるからだ。そのため泥炭地が損傷を受けると、洪水の危険性が高まることになる。そして泥炭地が健全であるほど、洪水からの回復力は高い。劣化した泥炭地から流れ出す水は、水道会社が汚染物質を取り除かなければならない。水道会社各社が泥炭地の修復に投資している背景には、そんなコスト上の理由もあるのだ。
クリフトン・ベインは、ピート採掘による自然資源の喪失に大きな懸念を抱いている。隆起低湿地を開発して搾取することは、広大な熱帯雨林に残された最後のマホガニーを伐採するのに似ているというのだ。270万ヘクタールの泥炭地から、80万立方メートルばかりのピートを採掘するのは大した問題に思えないかもしれない。しかしそれがわずか5,800ヘクタールしかない隆起低湿地からの採掘であることを考えれば、間違いなく差し迫った問題である。
泥炭は広大なカーボンシンク(二酸化炭素吸収源)だ。英国内の劣化した泥炭地は、毎年2300万トンもの二酸化炭素を大気に排出している。英国政府は二酸化炭素の排出を実質ゼロにする目標を掲げており、ピート採掘の問題解決に向けた行動が必要であると認識している。設定した目標を実現するには、泥炭地の大規模な復元が必要だ。だからこそ産業界で最大量を占める園芸目的のピート採掘を2024年までに禁止しようとしている。
だが残念なことに、これは英国だけの問題ではない。英国外でも同じように園芸用のピート採掘を禁止するプロセスが採られたり、ピートに対する園芸目的のニーズが減少していかなければ、外国の泥炭地が荒らされることになる。まだ綿密な対策がとられていない国の泥炭地に、英国の問題が「輸出」されてしまう恐れがあるのだ。
スコッチウイスキー業界の取り組み
ウイスキー業界はこの問題を重く受け止め、ピート採掘によって引き起こされる問題に対処し始めている。スコッチーウイスキー協会(SWA)は、今年から動き出す「ピート・アクション・プラン」の他に、IUCNの「泥炭地戦略2040」を公式に支援している。さらにはSWAの会員であるウイスキーメーカー各社による将来のピート関連活動が、泥炭地の環境改善に資するものでなければならないと宣言した。
ウイスキー業界の計画的な取り組みは、詳細について検討しているところだ。それでもクリフトン・ベインによると、これまでのSWAとIUCNによるポリシー策定の議論は有意義なものとなっている。
「私たちは、緊密に連絡を取りながら活動を進めていきたいと考えています。初期の会合は、とても有意義なものになりました。いくつかの原則について合意できたので、これから公式な計画に組み込んでいくことになります」
SWAのサステナビリティ&イノベーション部長を務めるモラグ・ガーデンによると、SWAは泥炭地の管理に関する教育をさらに促進する予定であるという。
「会員のメーカー各社のために、現在の取り組みと将来のアイデアを理解してもらえるように報告会をおこないました」
このような最初の取り組みがサプライチェーンのあらゆる段階まで浸透し、ウイスキー業界全体の改善につながることを誰もが期待している。
意思決定者には、考慮に入れるべき要素がたくさんある。ピート採掘をおこなうのなら、採掘する場所やエリアは慎重に選ばなければならない。手つかずの新しい泥炭地ではなく、すでに破壊されて劣化が見られる泥炭地から採掘することによって、今いる野生の動植物に悪影響を与えないようにするべきだ。泥炭地によっては、あまりにも劣化が進みすぎたため、優先的に野生の動植物を守る必要がなくなった泥炭地もある。このような泥炭地から、まだ産業界の使用分を供給できる場合がある。
さらにクリフトン・ベインは、泥炭地を活用する他のインフラ計画に連携することで、相対的に悪影響を減らす効果にも期待している。
「集合型風力発電所や道路建設のような開発事業でも、膨大な量のピートが採掘されています。このような場所では、ウイスキー業界全体の必要量を超えたピートが手に入ることもあります。異業種のニーズをマッチングさせたら、理想的な環境保全策につながるのではないでしょうか」
(つづく)