エリザベス・マッコールとウッドフォードリザーブ【後半/全2回】
クラフトディスティラリーの品質を守りながら、ビッグブランドとしての成長を目指すウッドフォードリザーブ。エリザベス・マッコールは、バーボン新時代を象徴するリーダーだ。
文:ベサニー・ワイマーク
マスターディスティラーという重責を担って以来、マッコールはウッドフォードリザーブの戦略と計画を改善するために力を注いできた。
「私たちは長い間、ウッドフォードリザーブを小さなクラフトウイスキーのブランドだと考えて活動してきました。でも実際には規模も知名度も大きくなったので、そろそろビッグブランドとしての自覚を持つべき時。なるべく早期から計画を立てて、ボトリングまでの過程をスムーズにしようと努めています」
ウイスキーの生産計画は、最近もさらにギアを上げている。創業25周年にあたる2021年、ウッドフォードリザーブは銅製ポットスチル3基とウォッシュバック8槽を新たに導入した。穀物や樽の荷受けスペースも広げ、樽熟成のために貯蔵庫も新設している。生産力を倍増させる一連の設備投資は、2022年9月に完了したばかりだ。
ウッドフォードリザーブ蒸溜所の売り上げは、2019年の時点で年間100万ケースを突破していた。だがマッコールは、2021年10月に地元紙のレキシントン・ヘラルド・リーダーでさらなる増産の計画を明かしている。目標の目安は、年間約250万ケースの売り上げだ。マッコールによると、現在のウッドフォードリザーブは熟成樽で約50万本の原酒を保管中。貯蔵庫の増設も検討している。
またウッドフォードリザーブは、マスターディスティラーがラベルに署名した特別ボトルのリリースの計画も進めている。マッコールのサインが入った初めての製品だ。発売は産休中になる予定だが、マッコールも張り切っている。自分のサインを熱心に練習して友人たちに見せ、どのサインが一番いいか意見を求めたそうである。
そして2023年にはマスターズコレクションのリリースもある。マッコールは2014年のマスターズコレクションの表現からヒントを得たと明かしている。
「私は赤ワインが大好きなので、ソノマ=カトラーのピノノワール樽で後熟したコレクションがお気に入りのひとつでした」
さらにはウッドフォードリザーブのダブルオーク原酒をふんだんにブレンドしたディスティラリーシリーズも発売される予定だ。
スタッフ全員の特性を熟知したリーダー
昇格前の数年間にわたってクリス・モリスと働いたことで、マッコールは師匠と自分の仕事の進め方に違いがあることも認識した。もちろん仕事の進め方には個性があり、正しいやり方も間違ったやり方もない。
マッコールはブラウン・フォーマン入社前に心理学の学位を取得している。その影響かもしれないが、仕事でも人とのつながりを重視するスタイルのようだ。
「私は一人ひとりとの協力関係をとても大事にします。誰かと一緒に仕事をするのが大好きで、それが自分の得意分野だと自覚しています。マスターディスティラーとして学ばなければならなかったのは、技術的な解決策を決断すること。例えばエンジニアリングの観点から、スチルの圧力開放弁の重要度は理解しています。でもどのように機能するのか正確にわからないときは、最適な人を呼べる自信があります。チームの全員をよく知り、それぞれのスキルに精通することが大切です」
前任者のクリス・モリスは、ウッドフォードリザーブで20年近くマスターディスティラーを務めた。高級ブランドを育て、後熟プログラムなどの革新的な生産工程を確立させたバーボンの名匠である。
そんなモリスのもとで10年近く修業を積んできたとはいえ、偉大な師匠の後を継ぐことは恐れ多くもあった。クリス・モリスがウイスキーの問題を解決する能力について、マッコールは「ピンチをチャンスに変える力」だと評している。
「クリスのやり方には、みんなの注目を集めようとする派手さがありません。でもアメリカンウイスキーやバーボン業界のために成し遂げてきた業績は驚くべきものです。それまでの常識を打ち破るほどの挑戦をいくつかやってのけました」
だがある同僚が「クリスもずっとマスターディスティラーだった訳ではない。あなたみたいに、駆け出しの時代だってあったんだよ」と言ってくれた。
「そんなことは考えたことがなかったのでハッとしました。そこからマスターディスティラーの仕事について考え直す機会があったんです」
マッコールには、自分を必要以上に過小評価するインポスター症候群の傾向もある。そんな自信のなさを克服する過程で、自分自身の創意工夫と決断力に驚くこともあるのだという。
「上級職の人たちの前で自分の不安を口にすると『それはあなたが決めるべきことだから、あなたが自信を持って決断しなさい』と言われます。こういう影響力を持つことに怖気づいたりしますが、同時にやりがいを感じることもありますね」
だが大きな権限には大きな責任が伴う。最近もマッコールは、蒸溜所チームに余分な仕事をさせることになるのを承知で、製品の品質を上げるために大きな決断をしたばかりだ。
「ウッドフォードリザーブの品質には明確な基準がありますが、ルールに例外を設けることもできます。でもその線引きが難しい。品質に妥協ができないから、やむを得ず仕事を増やす決断をすることもあります。スタッフ全員を笑顔にしたい私としては、苦渋の決断になります。でも一貫したブランド価値を守る立場で、品質を犠牲にすることなどできません」
出産で途絶えた母の夢を追う
エリザベス・マッコールの母親も、かつてウイスキー業界のキャリアを歩んだ人だったという。母は1970年代後半から1980年代前半にかけて、シーグラム社で瓶詰めと品質管理の仕事をしていた。品質チェックに合格しなかったウイスキーのケースを持ち帰ることもあった。娘も同じようなジレンマは経験済みだ。
だが母娘の大きな違いは、職場における妊娠の扱いだった。母親が1980年代に仕事を辞めたのは、妊娠したせいだ。少なくとも部分的には、会社に出産休暇制度がなかったからだったという。
「当時の母は、管理職で唯一の女性でした。でも管理職の規定に、妊娠を想定した配慮がまったくなかったのです。職場復帰に必要なサポートが得られないと感じた母は、退職を余儀なくされました。そんな母の時代に比べると、私はとても幸運だと思っています」
マッコールが妊娠中もずっとウイスキーに囲まれて仕事をしていることに、いささかの問題を感じる人がいるかもしれない。だがマスターディスティラーの仕事にはほとんど影響はなかったという。アルコールを体内に入れなくても、必要な業務はこなせるからだ。
「仕事の90%はノージングです。テイスティングしたウイスキーは吐き出しました。ウイスキーに囲まれて妊娠していることが気になる人もいるでしょうけど、結局はまったくアルコールを飲まずに仕事ができるとわかりました」
マスターディスティラーへの昇格も妊娠も、マッコール個人にとって重要な人生の節目だ。落ち着いて現実的なアプローチを可能にしてくれたブラウン・フォーマンのことをマッコールは誇りに思っている。
「ブラウン・フォーマンにとって、出産は問題ですらありませんでした。子供ができるくらい、大したことはないんです。出産したからといって、仕事ができなくなるわけではありませんから」
知ってか知らずか、ブラウン・フォーマンはウイスキー業界にとっても重要な前例を作ってしまったようだ。マッコールが妊娠中も仕事を続けることを許可しただけでなく、重大な人事が大騒ぎもなく淡々と遂行された。それは完全に当たり前のようなマスターディスティラーの交代だった。
そしてこの当たり前のような人事こそが、ウイスキー業界におけるジェンダーバランスの改善に大きな影響を与えるかもしれない。出産を決めたからといって、ウイスキー業界での仕事を諦める必要はない。マスターディスティラーになるからといって、出産を諦める必要もない。そんな当たり前な事実を女性たちに証明する前例になったからだ。