コニャック地方のウイスキーづくり【第2回/全3回】
文:ヤーコポ・マッツェオ
スピリッツ蒸溜所やステークホルダーの努力に、蓄積されたブランデー蒸溜の専門知識などが組み合わさる。フランスのシャラント県で、ウイスキーづくりが新たな蒸溜酒産業として発展しているのは自然な流れだ。そしてコニャックの里であるシャラント県には、もうひとつの重要なアドバンテージがある。他地域では見られないほどウイスキーづくりに好都合な要件だ。
スコットランドなどの生産地で、ウイスキーはほぼ年間を通して生産される。だが対照的に、コニャックの蒸溜工程はブドウの収穫から翌年3月末までの比較的短い期間に限定されている。これはコニャック業界全体で最高級の品質を守るための自主規制である。
つまり4月1日からブドウ収穫までの間、コニャック蒸溜所の蒸溜器は稼働していない。この期間にウイスキーを生産することで、蒸溜所は年間を通じて設備を効率よく使用し、資源をより効率的に活用する余地があるというわけだ。
それに加えて、原料の問題もある。近年ウイスキーづくりに参入してきた他のウイスキー新興国とは異なり、フランスという国は穀物に事欠かない。実際にフランスは世界第2位の大麦生産国でもあり、ウイスキーメーカーは地元で多様で豊富な原料を調達できるのだ。メルレ蒸留所のリュック・メルレは次のように語っている。
「シングルモルトウイスキーの『コペリー』は2年前に発売された銘柄ですが、大麦から樽に至るまで100%フランス産です。フランス人として、さらにはシャラント人としてのアイデンティティに寄り添ったウイスキーです。私たちの大麦はフランスで栽培され、フランスで製麦され、ウォッシュは地元のビール醸造所で造られます」
ARスピリッツやアルクール・ヴィヴァンなどの生産者は、原材料の調達先を地元の生産者に限定している。テロワールの厳格性についていえば、フランスのなかでもさらに一歩進んだウイスキーといえる。
コニャックづくりで培った独自の製法
コニャック地方で生産されるウイスキーに、まだ明確な固有のスタイルはまだ存在しない。だがこの地域で100年以上にわたって続けられてきた蒸溜技術の伝統が、ウイスキーづくりへのアプローチにも大きな影響を与えている。
「コニャックには明らかに蒸溜のスタイルがあります。だからこの地域で蒸溜されたスピリッツは、一種のコニャック化プロセスを経ていく可能性があるでしょう」
スピリッツ業界のコンサルタント、アレクサンドル・ヴァンティエはそう語る。たとえばARスピリッツでは、シャラント伝統の2回蒸溜を採用している。これはシングルモルトスコッチウイスキーにも似た工程だ。ARスピリッツの共同設立者であるティエリ・アーノルドが説明する。
「最初の蒸溜でアロマを濃縮し、アルコール度数はビール(もろみ)の8~9%から30~35%程度にまで引き上げられます。この液体を私たちは ブルイと呼んでいます。ブルイは蒸溜釜に戻されて2回目の蒸溜がおこなわれますが、ここでヘッドとテールを除外してハートの部分だけを使うのはウイスキーと同じ。使用されなかった液体は、すべて次のブルイのバッチで再蒸溜されます。ハートだけのニューメイクはボンヌショフと呼ばれ、アルコール度数は約72%に上ります」
コニャックの伝統的な熟成技術をウイスキーに取り入れている蒸溜所もある。既存のウイスキーメーカーは、ウイスキーを販売用のアルコール度数にするため水を加える。この加水のタイミングは、瓶詰めの直前であるおとが多い。だがコニャックメーカーは、時間をかけて少しずつ水を加えるのが普通だ。
アルフレッド・ジローのガエタン・マリオール(マスターディスティラー)が次のように説明する。
「フレンチモルトウイスキーの『アルフレッド・ジロー』は、コニャック業界では典型的な方法でゆっくりとアルコール度数を減らしていきます。樽内で起こる液体の蒸発を補うために、毎年少量の水を加えるという方法です。水を加えるたび、アルコール度数はわずかに下がります。ゆっくりとした加水プロセスを採用することで、瓶詰め直前の急激な加水がウイスキーにもたらす分子レベルのショックを軽減しているのです」
シャラント県の蒸溜酒メーカーは、このゆっくりとした希釈技術を重視している。より調和のとれた、まろやかで一体感のあるウイスキーに仕上げながら、最終的に望ましいアルコール度数まで下げる。そのための慎重なアプローチなのだ。
ウイスキーの香味特性を形成する上で、地元の水も重要な役割を果たしているとヴァンティエは言う。
「私たちのコニャックには、石灰質を多く含む非常に特殊な水が使用されています。今ではウイスキーの仕込みにも、瓶詰め前の加水にも同じ水を使用しています」
(つづく)