世界的なブランデーの産地で、急成長を続けているウイスキーづくり。フランスのシャラント県でコニャックの故郷を訪ね、ウイスキーブームの現況を追った3回シリーズ。

文:ヤーコポ・マッツェオ

 

フランスの高級蒸溜酒といえばブランデー。その代表格であるコニャックは、古くよりスコッチウイスキーと食後酒の覇権を争うライバルだ。それは世界最高級のブラウンスピリッツという名誉をかけた気高き競争でもある。

コニャックの生産地は、ヌーヴェル・アキテーヌ地方に位置するシャラント県だ。ここは生粋のウイスキー愛好家にとって、最も縁遠い場所のように思われるかもしれない。ところが驚いたことに、このコニャックの故郷こそがフランスにおけるウイスキー革命の震源地なのである。

アルクール・ヴィヴァン創設者のダビッド・ミムーン。コニャックの里で、本格的なモルトウイスキーづくりに乗り出した1人だ(メイン写真もアルクール・ヴィヴァン)。

フランスでスピリッツ業界のコンサルタントとして活躍するアレクサンドル・ヴァンティエは、現在のコニャック地方について次のように語っている。

「コニャックには、約1,300軒もの蒸溜所があります。現在、その2%以上がウイスキー製造に携わっているようです」

シャラント地方には、実に20軒を超えるウイスキー蒸溜所とウイスキーブランドがある。その多くが創業したばかりで、まだ原酒を熟成している段階だ。そのため現地のウイスキーブランドは、まだまだ増え続けることになるという。

その中にでも有名なのは、メゾン・ブリュネ、メゾン・ボワノー、メレ・エ・フィス、ゴデ。いずれもシャラントが誇る熟練の蒸溜技法を活かして、ウイスキーづくりに乗り出した古くからのコニャックメーカーだ。だがその一方で、メゾン・ドクールやムーンハーバーのように、最初からウイスキー製造を目的として設立された蒸溜所もある。

蒸溜所だけではない。この地域には新しいビール醸造所も育っている。ビール造りの専門知識を活かし、同じモルト原料のスピリッツ製品にまでポートフォリオを広げたミシャールのような例がある。

 

恵まれた環境が後押し

 
ウイスキー革命の風が吹き始めると、酒類業界の大物たちも関心を示すようになった。昨年にはアルフレッド・コアントロー(レミーコアントロー)が自身のウイスキーブランドを立ち上げ、フレンチウイスキーの世界に進出したばかりだ。このウイスキーが生産されるのはフォンタガール蒸溜所。オー・ド・ヴィー製造に19世紀後半から携わってきた老舗である。ヴァンティエはこの現状を説明する。

「フランスの愛飲家たちの間で、フレンチウイスキーへの需要がどんどん高まっています。スーパーマーケット各社はみな自社ブランドを持ちたがり、プレミアムブランドも積極的に仕入れています。ディストリビューターの多くも自社ブランドを持ちたがっている状況です」

ARスピリッツのオーガニックウイスキー。テロワールの追求において、コニャックのウイスキーはすでに最先端を走っている。

コニャックは、今でもスコッチシングルモルトウイスキーの競争相手だ。それでも地元のスピリッツ業界は、シャラント県がフランスのウイスキー革命を主導していることに好意的なのだとヴァンティエは言う。

「この地方が他の地域と違うのは、とても資本主義的な環境が整っているということ。スピリッツ製造を理解する銀行があり、保険会社があり、非常に細かく専門化されたステークホルダー、生産者、サービスなどが揃っていて、地域全体が『スピリッツバレー』と呼ばれているくらいです。中国、日本、スウェーデン、アメリカ、そしてスコットランドからも、スピリッツ事業の発展に関心のある人が続々とやってきます」

実はコニャックメーカー各社も、1990年代から越境への好奇心を見せてきた。世界的に有名なブランデー産地という枠を超えて、他の蒸溜酒へと広がっていった例がある。特に探求の対象となったのは、ウォッカの世界だった。

「その好例は、グレイグースのウォッカです。ここで蒸溜されている訳ではないのですが、グレイグースは瓶詰めなどのほとんどの工程がコニャック地方でおこなわれています。また有名なフェラン社がつくる『シタデル』のように、リキュールやジンの生産も始まりました」

そのようにしてスピリッツバレーは成長し、年間売り上げが数十億ユーロ規模の産業になった。スピリッツバレーの業界団体は、この地域で世界のスーパープレミアムスピリッツ市場の半分を担っていると主張している。

ウォッカやジンを生産するベンチャービジネスが成功したことで、いよいよスピリッツ生産者や投資家たちは次の目標を意識しはじめた。まだ未開拓だったフレンチウイスキーの製造である。実際にフランスは世界最大のウイスキー市場のひとつであり、古くからシングルモルトスコッチウイスキー業界にとっても最大の輸出先であった。スコッチウイスキーの輸出先ランキングでは、最近になってインドに抜かれたばかりである(スコッチウイスキー協会の統計より)。ヴァンティエがフランス人のスコッチ愛について語る。

「フランスでは年間2億本のウイスキーが買われていますが、その90%はスコッチウイスキーです。2000年代にはスコットランドからモルト原料のスピリッツを大量に購入し、コニャックやピノー・デ・シャラントの樽で熟成させる人も現れました。それが結局はフレンチウイスキーづくりに切り替わってきたという状況ですね」
(つづく)